山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

9 新たな道

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 ティーサンリードにとって岐路きろとなる仕事を受諾すると決めた日の夜、バックマンとアウロラ、解錠かいじょう密偵みっていの達人ドグラス・リューブラントがリースベットの声がけで会議室に集まっていた。
 ドグラスが壁に背中を預けて立ち、他の三人はテーブルを囲んで座っている。テーブルの上には、ノルドグレーンの首都ベステルオースの地図が広げられ、その上にチェスの駒がいくつか立てられている。
 レンナルト・エーベルゴード公爵経由で依頼された、ノルデンフェルト侯爵家の令嬢ダニエラをベステルオース中心部に建つ大聖堂から救出する仕事のための、計画会議だ。
「使者は息せき切って帰ったよ。手段も人員も問わねえ、準備が整い次第すぐに始めて構わねえそうだ」
「よほど切羽せっぱ詰まってるな。使者にそこまで言い含めてあるとは」
 リースベットとバックマンが仕事の受諾を伝えると、エーベルゴード公爵の使者は日が落ちているのも構わず帰途きとについた。公爵にか侯爵にか、よほど急かされているらしい。
「さあそいつを受けて、だ。悠長ゆうちょうに構えてると、仕事そのものがなくなる可能性がある」
「仕事がなくなるって……?」
「つまり、そのノルデンフェルトのお嬢さんが処刑でもされるってことか?」
「当たりだ」
 ドグラスの予測にリースベットとバックマンは頷き、アウロラは緊張した面持ちでドグラスを見やった。
「今はまだ開戦前だ。ダニエラの存在は裏工作やら人質やら、それなりに利用価値がある」
「けど一旦おっぱじまったら話は別だ。おそらく奴らは、兵士の見てる前でダニエラを血祭りに上げるくらいのことはやるだろう」
「そんな……そんなことして何になるのよ!」
「兵士の士気を上げるためだ。実際に戦場に出たら、何千何万って数のリードホルム人を殺さなきゃならねえんだからな」
「同じ人間なのに……」
「敵国の人間が、自分たちと同じ人間、ってことじゃまずいんだよ。戦争ってやつはな」
 ノルドグレーンの首都ベステルオースで暮らしていた期間の短いアウロラは、同国の人々のあいだに伏流ふくりゅうする、リードホルムへの憎悪と劣等意識を知らなかった。
 ノルドグレーン公国は歴史上ほとんどの期間を、リードホルムの属国という地位のうちに過ごしている。公国の最高位である大公は、リードホルム王が任ずる臣下という立場だ。
 八十七年前、後にターラナ戦争と呼ばれる反乱が起こるまで、リードホルム人のノルドグレーン人に対するあらゆる犯罪が公正に裁かれたことはない。ターラナ戦争はノルドグレーンの勝利に終わり、同国民の人権は大きな改善を見たが、王と大公の関係性は未だに維持されている。
 時は流れ、戦争による劇的な転換を経験した世代も世を去り、多くの者達にとって憎悪の歴史は過去のものとなった。だが不思議なことに、この二十年ほどのあいだに、葬られたはずの思潮しちょうがノルドグレーンで復興しつつあったのだ。
 まるで、戦いの果てに封じられた悪魔を、誰かが呼び覚ましたように――
「ヘルストランドから流れてくる話を聞く限り、状況は日増しに悪化していってる。俺の読みじゃ開戦まで一月ひとつきはかからねえ」
「つまり、ダニエラの命も長くて一月。仕事がなくなるってのはそういうことだ」
「この仕事、失敗したら報酬はビタイチなしか?」
「だそうだ」
 ドグラスの疑問に答えたリースベットは、アウロラに向き直る。
「さて、そこでだ。アウロラ、この仕事、お前が行ってくれねえか」
「え……私が?」
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