143 / 247
ジュニエスの戦い
16 軍議 4
しおりを挟む
戦いに挑むというのに、室内の雰囲気はどこか消極的で陰鬱だった。ノルドグレーンの仕掛けてくる圧倒的な戦略に対して後手に回る対策しか出せないのだから、陽気になど振る舞えようもない。
「……布告はどのように?」
フォッシェルが自分の管轄業務に話頭を向けた。
「……数はそのまま伝えてもよいだろう。なにしろ我が国には、寡兵で大兵を打ち破った実例が幾度もある」
「近衛兵さえ戦場に引き出せれば、此度もそれを再現する戦いとなるだろう」
「では、その方針で文面を作成しましょう」
「人は不安なときほど、己に都合の良い情報ばかりを拾い集めるもの。信じたいものを信じさせればよい。住民にヘルストランドから脱出などされては面倒だ」
ステーンハンマルが嘲弄するように言った。
しばしの沈黙の後、ミュルダールが会議をまとめにかかる。
「では典礼省長官、以上の内容で陛下に上奏を」
「うむ。了解した」
「頼んだぞ、近衛兵の件も含めてな」
「数は半数以下になったとは言え、残った近衛兵は精鋭揃いと聞く。戦場に引き出せれば大きな力となろう」
常備軍への軽視とも取れる長官たちの発言に、ラインフェルトは一言も口を挟まない。とくに気分を害している様子もなく、ときどき静かにうなずくのみだった。
リードホルムの軍政は、六長官会議によって意思決定される合議制で、上奏された議決内容を国王が事後的に裁可すると規定されている。
だが実情はやや異なり、上奏文がヴィルヘルム三世のもとに届く前に、決定事項はすみやかに実行に移されていた。これは、ミュルダールをはじめとする会議が王を蔑ろにしているということではなく、国政への関与を面倒臭がったヴィルヘルム自身が推奨したことだ。だがこの慣例により、結果としてリードホルムの軍務手続きはより迅速化されていた。
その唯一の例外は、近衛兵の動員についてであり、これは国王の専権事項である。
今回の会議には、一人の重要人物が欠席していた。
本来は宰相の立場にある者が会議を主導し、議論を取りまとめる役割を担っている。近衛兵アムレアン隊がリースベットたちに敗北したという報告以後、シーグムンド・エイデシュテットは忽然とその姿をくらましていた。
この事実を知った多くのリードホルム高官が舌打ちしたが、差し迫った事態への対応に追われ、捜索は後回しとなっている。
会議が解散したあと、より具体的な準備に取り掛かろうとしていたミュルダール、レイグラーフ、ラインフェルトのもとに、ノルドグレーン軍の総指揮官に関する情報が届けられた。
「ノルドグレーン軍の指揮官は、ベアトリス・ローセンダールとのことだ」
ノルドグレーンの人員体制に一定の知識があるミュルダールのほかは、その人選に驚きを隠せないでいる。軍務省長官室は驚きと戸惑い、軽侮、不安などさまざまな感情にざわついていた。
「ベアトリス……? なんと、女が総大将だというのか? 一万の大軍団の」
驚きのほどは最古参のレイグラーフが最も大きい。
「いくつかの噂は聞き及んでいる。参加したあらゆる戦いでは必ず陣頭に立ち、これまで無敗であると」
「無敗とな……」
「ローセンダール家の者が戦いに出ている、という話は私も聞いておりましたが、よもやそれが女であったとは」
「此度ほどの大規模な戦いは、まだ経験が無いはずだがな」
三人の軍事関係者は揃って腕組みをし、低くうめいて息を吐いた。
「ローセンダール家といえばノルドグレーン屈指の名家。戦場でも多数の衛兵に囲まれておった、ということであろうが……」
「よもや、自らが先陣を切り、敵を次々と斬り伏せる女傑ということもあるまい」
レイグラーフの臆断を聞いたミュルダールは、屈強な傭兵やブリクストを破ったという女山賊のことを思い出していた。
「数は少ないが、いくつか報告資料はあったはずだ。ラインフェルトよ、ローセンダール家の令嬢がいかなる者か、開戦までに見定めておいてくれ」
「……布告はどのように?」
フォッシェルが自分の管轄業務に話頭を向けた。
「……数はそのまま伝えてもよいだろう。なにしろ我が国には、寡兵で大兵を打ち破った実例が幾度もある」
「近衛兵さえ戦場に引き出せれば、此度もそれを再現する戦いとなるだろう」
「では、その方針で文面を作成しましょう」
「人は不安なときほど、己に都合の良い情報ばかりを拾い集めるもの。信じたいものを信じさせればよい。住民にヘルストランドから脱出などされては面倒だ」
ステーンハンマルが嘲弄するように言った。
しばしの沈黙の後、ミュルダールが会議をまとめにかかる。
「では典礼省長官、以上の内容で陛下に上奏を」
「うむ。了解した」
「頼んだぞ、近衛兵の件も含めてな」
「数は半数以下になったとは言え、残った近衛兵は精鋭揃いと聞く。戦場に引き出せれば大きな力となろう」
常備軍への軽視とも取れる長官たちの発言に、ラインフェルトは一言も口を挟まない。とくに気分を害している様子もなく、ときどき静かにうなずくのみだった。
リードホルムの軍政は、六長官会議によって意思決定される合議制で、上奏された議決内容を国王が事後的に裁可すると規定されている。
だが実情はやや異なり、上奏文がヴィルヘルム三世のもとに届く前に、決定事項はすみやかに実行に移されていた。これは、ミュルダールをはじめとする会議が王を蔑ろにしているということではなく、国政への関与を面倒臭がったヴィルヘルム自身が推奨したことだ。だがこの慣例により、結果としてリードホルムの軍務手続きはより迅速化されていた。
その唯一の例外は、近衛兵の動員についてであり、これは国王の専権事項である。
今回の会議には、一人の重要人物が欠席していた。
本来は宰相の立場にある者が会議を主導し、議論を取りまとめる役割を担っている。近衛兵アムレアン隊がリースベットたちに敗北したという報告以後、シーグムンド・エイデシュテットは忽然とその姿をくらましていた。
この事実を知った多くのリードホルム高官が舌打ちしたが、差し迫った事態への対応に追われ、捜索は後回しとなっている。
会議が解散したあと、より具体的な準備に取り掛かろうとしていたミュルダール、レイグラーフ、ラインフェルトのもとに、ノルドグレーン軍の総指揮官に関する情報が届けられた。
「ノルドグレーン軍の指揮官は、ベアトリス・ローセンダールとのことだ」
ノルドグレーンの人員体制に一定の知識があるミュルダールのほかは、その人選に驚きを隠せないでいる。軍務省長官室は驚きと戸惑い、軽侮、不安などさまざまな感情にざわついていた。
「ベアトリス……? なんと、女が総大将だというのか? 一万の大軍団の」
驚きのほどは最古参のレイグラーフが最も大きい。
「いくつかの噂は聞き及んでいる。参加したあらゆる戦いでは必ず陣頭に立ち、これまで無敗であると」
「無敗とな……」
「ローセンダール家の者が戦いに出ている、という話は私も聞いておりましたが、よもやそれが女であったとは」
「此度ほどの大規模な戦いは、まだ経験が無いはずだがな」
三人の軍事関係者は揃って腕組みをし、低くうめいて息を吐いた。
「ローセンダール家といえばノルドグレーン屈指の名家。戦場でも多数の衛兵に囲まれておった、ということであろうが……」
「よもや、自らが先陣を切り、敵を次々と斬り伏せる女傑ということもあるまい」
レイグラーフの臆断を聞いたミュルダールは、屈強な傭兵やブリクストを破ったという女山賊のことを思い出していた。
「数は少ないが、いくつか報告資料はあったはずだ。ラインフェルトよ、ローセンダール家の令嬢がいかなる者か、開戦までに見定めておいてくれ」
0
あなたにおすすめの小説
愛しているなら拘束してほしい
守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。
屈辱と愛情
守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる