山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

86 雪の帳 2

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 リースベットはゆっくり瞳を閉じた。ノアは体を揺すって幾度いくども呼びかけるが、返答はない。
 リースベットの身体に降り積もった雪が、赤と白のアネモネの花びらのようにただ降り落ちる。
「……なんてことだ……私がこんな、戦いに巻き込まなければ……」
 フリークルンドは鬼神の形相ぎょうそうで、無言のままその様子を見つめていた。ふいに斧槍ハルバードを振り上げ、凄まじい勢いで地面に叩きつける。ジュニエス河谷かこく全体を揺るがすほどの地鳴りとともに、砂利と降り積もった雪が空高く噴き上げられた。
 ロードストレームが部下を制するように、左手をゆっくりと肩の高さまで上げると、ファールクランツはようやく構えていた弓を下ろした。
 ロードストレームに背を向け、フリークルンドはノアの方へゆっくりと歩いてゆく。
 そのすぐそばでは、エーマンがノアを指差して笑っている。状況を理解して嘲笑ちょうしょうしているのではなく、理解不能であることが可笑おかしいとでもいうように。
 腕が届くほどの距離でようやく、エーマンはフリークルンドに気がついたようだ。
「隊長、隊長! あんたの代わりにやってやったぞ。前に討伐するはずだった逆賊ぎゃくぞく……」
 エーマンが言い終えるのを待たず、フリークルンドはエーマンを斬り捨てた。そのさまは斧槍で斬ったというより、力任せに殴りつけたかのようだ。エーマンの身体が嵐の中の枯れ木のように吹き飛んでゆく。
 フリークルンドは忌々いまいましげに舌打ちをした。
「どいつもこいつも、この俺を……」
 フリークルンドの表情からは、怒りが収まった様子は微塵みじんも感じられない。
 怒りをぶつける相手を探すように振り向くと、ロードストレームはすでに武器を収めている。彼は険しい顔で腕組みをし、うつむいて首を左右に振った。

 膝をついてリースベットを抱きかかえたまま動かないノアに、リードホルム兵士とは違った風体の、数名の男女が駆け寄ってきた。彼らは全員、リースベットと同じ翼竜の腕章をつけている。
「そんな、まさか……」
 先頭に立っていた小柄な少女は、ティーサンリード山賊団のアウロラ・シェルヴェンだった。その後には副長のテオドル・バックマン、隻眼せきがんの山賊ヨンソンが続き、彼らの背後にはラルフ・フェルディンとクリスティアン・カールソンの姿もある。
「一体どうなってんだ……こいつは……」
「リースベット……?」
 アウロラが口にしたリースベットの名に、ノアが顔を上げた。
「君たちは……リースの仲間の……」
「あんたが、こいつを送りつけてきたんだな」
 バックマンが腕章を示す。
 なにか叫びながら駆け寄ってきたメシュヴィツを、ノアが右手を上げて制した。
「リースベット……ねえ、起きて……?」
 呼びかけるアウロラに、応える者はいない。
 雪を染めるおびただしい血の量を見て、バックマンは目を閉じて首を横に振る。
 アウロラが膝を落とし、リースベットの手を握った。
「お願い、だから……」
 アウロラの震えた声が、慟哭どうこくに変わった。
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