山賊王女と楽園の涯(はて)

紺乃 安

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ジュニエスの戦い

89 鎮魂

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 バックマンやアウロラから、ノアはいくつもの、リースベットの逸話いつわを聞いた。
 出会った頃の、今よりもすさんだ様子だったリースベットのこと。
 ティーサンリード山賊団に敷かれた、無闇むやみな略奪や虐殺ぎゃくさつの禁止という、無法者らしからぬ規律。
 アニタやアルに接する際の、これまで山賊団の誰も見たことのなかった表情や口調――その中には、山賊団の者たちさえ新鮮に感じる話もあった。
 よく知っていたはずのリースベットという人が、接した者によってずいぶん印象の違う多面的な性質を内包していたことに、それぞれが気付かされた。
「……こういうことは、故人をしのぶ者たちが集まらない限り、話されることはないのだろうな……」
 アウロラは逸話をひとつ聞きひとつ話すたびに、悲しみと悔しさに涙をにじませる。だがその一つ一つが、死者を忘れないことを確認するとうかたちで、共同で別れの儀式を行っているように感じられた。
 ときどきは控えめな笑いもこぼれる。
 ノアから王宮にいた頃のリースベットの話を聞き、バックマンはしばらく腕組みをして黙り込んでいた。
「……いつか、こんな日が来るんじゃねえかとは思ってた」
「バックマンさん……?」
 アウロラとノアが、怪訝けげんな視線をバックマンに向ける。
「……昔、俺が冗談半分でな、山賊らしく刺青いれずみでも入れようかって話をしたんだ」
「刺青……?」
「リースベットは即答で拒否したよ。……裏稼業うらかぎょうなんてやってる奴は、だいたい身体のどっかにりモンを入れてるもんだ。これは多い少ねえって話じゃねえ。世の中から弾かれて、もうの人間じゃねえ、って自分に言い聞かせるしるしなんだよ、刺青ってやつはな」
「リースベットは、そういうのに興味がなかったと思う」
「あいつはたぶん、自分を変える気がなかったんだ。そんときゃ、めずらしい奴だなって程度にしか思ってなかったが……」
 バックマンはノアに向き直った。
「はっきりと確信したのは、リースベットがあんたの持ちモンを部屋に残してたのを知ったときだ」
「私の……?」
「あんたが退治に出た時の剣だよ」
 ――リースベットに、剣を部屋に飾るような趣味なんてあった……? アウロラはリースベットの部屋を見たあと、何の気もなくバックマンに聞いた時のことを思い出していた。
「リラ川のほとりで渡した、あの剣を……」
 今年の春頃、交易を妨害する山賊討伐のためノアはブリクストを率いて出陣し、そこでリースベットと再会したのだった。それから九ヶ月で、この部屋にいる者たちの関係性は驚くほど変容した。
「あいつは健気けなげに山賊の頭領カシラをこなしてたが、本心じゃたぶん、あんたと暮らしてた頃を忘れたくなかったんだろう。だから、過去の自分と決別するような刺青なんかは嫌ったんだ」
「そんな……」
 アウロラは驚きにふるえていた。リースベットは、アウロラには気丈な面しか見せていなかった。
 ――そればかりか自分はリースベットに、強く理性的な指導者として振る舞うことを強いてさえいたかも知れない。
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