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ジュニエスの戦い
88 雪の帳 4
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「リースベットは自分の意志で一人で出ていって、俺たちはそこに居合わせることができなかった。あの時ああしていれば、が成立しなかった場所に俺たちは立ってる。この事態は、誰か個人に責任があるわけじゃねえんだ」
アウロラが泣き出しそうな顔でうつむき、燃えるような赤毛の頭をバックマンの胸に押しつけた。
「……ねえ、聞いてたでしょ? いいかげん顔を上げてよ」
石のように動かないノアに、アウロラが声をかけた。
「アウロラ、その人とリースベットは実の兄妹だ」
「わかってるわ。だからこそ、リースベットが私達を待たずに戦いに出た、その思いを受け止めてほしいのよ」
ノアが少しだけ顔を上げる。
「……リースベットは、君たちには黙って出てきた、としか言っていなかったが……」
バックマンはわずかに険のある目つきで、ノアを見やった。バックマンはノア個人を非難する言葉を吐いてはいない。それは、集団を率いる立場からくる、倫理観による自制の結果だ。内心には異なる感情を秘めている。
「……俺たちはリースベットに別の仕事を頼まれて、ノルドグレーンに向かってたんだ。あんたも知ってんだろ、ベステルオースに幽閉されてる、ダニエラ・ノルデンフェルトのことだ」
「現在の守護斎姫か……任期が終わっても、ノルドグレーンが身柄を渡そうとしなかったのだ」
「ああ。だから、さる筋から、俺達みたいな裏稼業に救出の依頼が来たんだ。だが俺たちが到着する前に、フランシス・エーベルゴードってカッセルの貴族が勝手に救出しちまってたよ」
「フランシスが……?」
「その人にベステルオースに行く途中で会って、引き返してきたんです」
「そして戻ってみればリースベットがいねえ。おまけに、事情を知ってる奴もほとんどいなかった」
リースベット出奔の真意を唯一知っていたのは、エステル・マルムストレムだけだった。彼女だけが、ジュニエス河谷へ向かう前日にそわそわしていたリースベットを問い質し、直接話を聞いていたのだ。
「水くせえじゃねえか、そんなの」
「カールソン、僕らは静かにしていよう」
リースベットと共に過ごした時間という点でカールソンは部外者に等しいが、無遠慮なほど悲しみを顕にするその姿は、不思議な穏やかさをノアの心にもたらした。
そしてそれは、カールソンの存在だけに限ったことではない。ともにリースベットを偲ぶ者がいることが、今のノアにとって救いでもあった。
メシュヴィツはブリクストに目配せし、ともに部屋を出ていった。
「だからって俺たちは別に、リースベットを連れ戻しに来たわけじゃねえ」
「さんざん世話になったからな。別れるなら別れるで、最後くれえは礼の一つも言ってやろうと思っただけさ。……それすら叶わなかったがよ」
「私は……リースベットのことは姉みたいに思ってた。それが突然、別れも言わずに遠くに行っちゃうから……本人の口から、どうしてか聞きたかったの」
「……実の兄妹のあんたに比べたら、一緒に過ごした時間は短いが……俺たちもそれぞれに、追っかけてきた理由があるんだ。迷惑かもしれねえがな」
伏し目がちにリースベットを見てばかりだった顔を、ノアはようやくバックマンたちに向けた。
「いいんだ。……聞かせてくれないか。私の知らないリースのことを」
アウロラが泣き出しそうな顔でうつむき、燃えるような赤毛の頭をバックマンの胸に押しつけた。
「……ねえ、聞いてたでしょ? いいかげん顔を上げてよ」
石のように動かないノアに、アウロラが声をかけた。
「アウロラ、その人とリースベットは実の兄妹だ」
「わかってるわ。だからこそ、リースベットが私達を待たずに戦いに出た、その思いを受け止めてほしいのよ」
ノアが少しだけ顔を上げる。
「……リースベットは、君たちには黙って出てきた、としか言っていなかったが……」
バックマンはわずかに険のある目つきで、ノアを見やった。バックマンはノア個人を非難する言葉を吐いてはいない。それは、集団を率いる立場からくる、倫理観による自制の結果だ。内心には異なる感情を秘めている。
「……俺たちはリースベットに別の仕事を頼まれて、ノルドグレーンに向かってたんだ。あんたも知ってんだろ、ベステルオースに幽閉されてる、ダニエラ・ノルデンフェルトのことだ」
「現在の守護斎姫か……任期が終わっても、ノルドグレーンが身柄を渡そうとしなかったのだ」
「ああ。だから、さる筋から、俺達みたいな裏稼業に救出の依頼が来たんだ。だが俺たちが到着する前に、フランシス・エーベルゴードってカッセルの貴族が勝手に救出しちまってたよ」
「フランシスが……?」
「その人にベステルオースに行く途中で会って、引き返してきたんです」
「そして戻ってみればリースベットがいねえ。おまけに、事情を知ってる奴もほとんどいなかった」
リースベット出奔の真意を唯一知っていたのは、エステル・マルムストレムだけだった。彼女だけが、ジュニエス河谷へ向かう前日にそわそわしていたリースベットを問い質し、直接話を聞いていたのだ。
「水くせえじゃねえか、そんなの」
「カールソン、僕らは静かにしていよう」
リースベットと共に過ごした時間という点でカールソンは部外者に等しいが、無遠慮なほど悲しみを顕にするその姿は、不思議な穏やかさをノアの心にもたらした。
そしてそれは、カールソンの存在だけに限ったことではない。ともにリースベットを偲ぶ者がいることが、今のノアにとって救いでもあった。
メシュヴィツはブリクストに目配せし、ともに部屋を出ていった。
「だからって俺たちは別に、リースベットを連れ戻しに来たわけじゃねえ」
「さんざん世話になったからな。別れるなら別れるで、最後くれえは礼の一つも言ってやろうと思っただけさ。……それすら叶わなかったがよ」
「私は……リースベットのことは姉みたいに思ってた。それが突然、別れも言わずに遠くに行っちゃうから……本人の口から、どうしてか聞きたかったの」
「……実の兄妹のあんたに比べたら、一緒に過ごした時間は短いが……俺たちもそれぞれに、追っかけてきた理由があるんだ。迷惑かもしれねえがな」
伏し目がちにリースベットを見てばかりだった顔を、ノアはようやくバックマンたちに向けた。
「いいんだ。……聞かせてくれないか。私の知らないリースのことを」
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