4 / 38
4話
しおりを挟む
家具の運搬が終わった部屋の中で、黙々と段ボールを開けて中身を並べる作業を続ける。
莉乃とたぬ子や、屋敷の使用人たちは何やら忙しいため手伝えないとのことで、今は完全に一人だ。
おそらく、私にどうやって秘密を暴露するか考えているところなのだろう。
……尻尾を隠せていなかった女の子、あんまり怒られていないと良いな。
幼い顔立ちだった事からも、化ける能力が弱かったのだろうと、色々察しながら箱を開けて、ぬいぐるみをベッドの上にひょいひょい並べる。
使用人の人たちがある程度の家具は組み立てておいてくれたおかげで、とても楽ちんだ。夕食の時にお礼を言っておかねばならない。
「夏月様、入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞー」
たぬ子の声だと分かってすぐに返事をすれば、外からドアが開かれて、彼女と共に料理の良い香りが入り込んで来る。
「そろそろお夕飯が出来ますので、下へお越しください」
「はい、行きます」
手に持っていたぬいぐるみをベッドに置いて立ち上がり、たぬ子と共に部屋を出る。
先導するように歩く彼女の後を追いつつ、無言なのがちょっと嫌で、話題を振ってみることにした。
「どこの高校通ってるんですか?」
「どこにも通って無いですよ。お勉強はここで出来ますし、ずっとここで食べていけますから」
「そ、そうなんですね」
「そういう夏月さんはどちらの高校に通ってるんですか? ここから近いところだと室沢高校くらいしか無さそうですが……」
「あの……社会人です」
「あれ?」
ちょっと驚いた様子でこちらを振り返ったたぬ子は、マジマジと私の顔を見つめる。
人に見つめられる経験があまり無いこともあって思わず目を逸らしていると、彼女は私の眼鏡をひょいと取った。
たぬ子の顔がぼんやりとしか見えなくなる中、彼女は私に眼鏡を返しながら。
「眼鏡掛けてない方が大人っぽくて素敵ですよ?」
「コンタクトとかってお金掛かっちゃうから良いの。それに、私ってモテ無いから」
「うーん……美人だと思うんですが……」
「褒めたって何も出ないよ?」
お世辞でも嬉しいことを言ってくれるたぬ子にそう言うと、彼女はなんとも言い難い笑みを浮かべながら前を向き、一階の食堂へ向けて歩き出す。
階段を降りてしばらく進んでいくと焼き魚や煮物の香りが漂い始め、お腹がぎゅるると間抜けな音を鳴らす。
間違い無くたぬ子に聞こえる程度の音量だったこともあって目を逸らしていると、彼女のお腹も似たような鳴き声を上げた。
「に、似た者同士ですね」
「えへへ」
笑って誤魔化すたぬ子は年相応に見えて、妹が出来たような気分になりながら歩いて行き、目的の部屋の前に到着した。
たぬ子が襖を開けると料理の匂いがむわりと漂い、続けて料理の準備をする女の子たちの姿があった。
しかし、そんな彼女たちのお尻には、見るからにもふもふな尻尾が生えていて、何人かの頭には丸くて黒い獣耳まである。
「……やっぱり、みんなの正体ってたぬき?」
「はい、たぬきです。嫌いな動物だったりしますか?」
「もふもふで可愛いから大好きだよ」
知らぬ間に耳と尻尾を生やしていたたぬ子を見て、不思議と緊張感が抜け落ちた私は、何故だかにやけてしまう。
「尻尾、触っても良い?」
「どうぞ」
こちらにお尻を向けて尻尾を揺らして見せたたぬ子にお礼を言いながら、黒と茶色の入り混じる尻尾を優しく撫でてみる。
よくお手入れされているようで毛並みが良く、ふさふさで心地良い手触りに感動してしまう。
「化けるたぬきって怖くないんですか?」
「うん、みんな優しそうだし、怖いとは思えないな。たぬ子は妹みたいに思えて来たし」
私の返答に嬉しそうな笑みを浮かべたたぬ子を見てこちらも自然と笑みを浮かべてしまう。
と、上座に座ってお茶を啜る莉乃の姿が見えて、手を振ってみればすぐにこちらに気付いておいでおいでと手招きした。
彼女の斜め前の座布団に腰掛けると、少しだけ緊張しているのが分かる口調で。
「あの子たちが作るご飯、凄く美味しいから期待してね」
「うん、凄く期待する」
「プレッシャー掛けないで上げて下さい……」
後ろからそう声を掛けられて振り帰ると、ちょっと困ったような笑みを浮かべるたぬき娘たちの姿があり、私は慌てて冗談だからと笑って見せる。
邪気の感じられない笑い声を上げた彼女たちは仕事に戻り、私はほっとしながら莉乃に向き直る。
「それで、秘密ってあの子たちの正体が化けるたぬきってことなの?」
「それも秘密と言えば秘密だけど、そこまで重要なわけでは無いんだよね」
となると、莉乃にまだ秘密があるのか、それとも他に何かおぞましい秘密があるのか……。
今更になって不安になっている私に、察した様子彼女は笑って見せて。
「大丈夫だって。そんなに怖いことじゃないから」
そう言って笑った彼女は再び湯呑みを傾ける。
チラとたぬ子に目を向けると、安心しても良いということなのか、静かにコクリと頷いて見せ、莉乃の言葉を信用することに決める。
そんな会話をしている内に料理が広いテーブルに次々と並べられ、美味しそうな香りが漂い始める。
横でそれを眺めていたたぬ子が小声で「おいしそう……」と呟き、私も早く食べたく思いながら居住まいを正す。
たぬきの使用人たちもテーブルの前に座ったところで莉乃が立ち上がり、全員に向けて語り掛ける。
「さて、今日から私の友達の夏月がここで働くことになった。農作業を担当する者は、後で集まって仕事内容を教えてあげなさい」
「「はい!」」
さっきの尻尾を隠せていなかった子とたぬ子、そして他数人のたぬき娘たちが返事をする。
「それじゃあ食べよう。いただきます!」
「「「いただきます!」」」
莉乃の掛け声で全員が声を上げて食事に手を付け始め、私も早速手を付けようとしたところで、ぽふんと音が鳴ったことに気付いた。
音が聞こえた方に目をやれば、さっきまで莉乃が居たはずの座布団には、狐っぽい耳とふわふわな尻尾を生やす幼女の姿があり――
「り、莉乃……それが隠してたことなの?」
「うむ、隠し事とは童が妖狐であることなのじゃ」
のじゃロリの四文字が脳裏に浮かんだが、何とか口には出さなかった。
「夏月のことじゃ、童の口調と体を見たらのじゃロリとでも言ってバカにしそうだとおもっての、あんまり教えたくなかったのじゃよ」
「なる……ほど」
図星を突かれて言葉が詰まりそうになる。
しかし、彼女はピンポイントに私の思考を読んでいることには気付いていないようで、料理を指差すと。
「ほれ、今日はたくさん動いて疲れたじゃろ? 明日に向けてたくさん食べなさい」
「う、うん。いただきます」
距離感をどう取れば良いのか分からなくなりながら、早速焼き魚に手を付ける。
さて、私だけ尻尾と獣耳が無いのはちょっぴり悲しい。後で化ける方法を教えてもらうとしよう。
莉乃とたぬ子や、屋敷の使用人たちは何やら忙しいため手伝えないとのことで、今は完全に一人だ。
おそらく、私にどうやって秘密を暴露するか考えているところなのだろう。
……尻尾を隠せていなかった女の子、あんまり怒られていないと良いな。
幼い顔立ちだった事からも、化ける能力が弱かったのだろうと、色々察しながら箱を開けて、ぬいぐるみをベッドの上にひょいひょい並べる。
使用人の人たちがある程度の家具は組み立てておいてくれたおかげで、とても楽ちんだ。夕食の時にお礼を言っておかねばならない。
「夏月様、入ってもよろしいでしょうか?」
「どうぞー」
たぬ子の声だと分かってすぐに返事をすれば、外からドアが開かれて、彼女と共に料理の良い香りが入り込んで来る。
「そろそろお夕飯が出来ますので、下へお越しください」
「はい、行きます」
手に持っていたぬいぐるみをベッドに置いて立ち上がり、たぬ子と共に部屋を出る。
先導するように歩く彼女の後を追いつつ、無言なのがちょっと嫌で、話題を振ってみることにした。
「どこの高校通ってるんですか?」
「どこにも通って無いですよ。お勉強はここで出来ますし、ずっとここで食べていけますから」
「そ、そうなんですね」
「そういう夏月さんはどちらの高校に通ってるんですか? ここから近いところだと室沢高校くらいしか無さそうですが……」
「あの……社会人です」
「あれ?」
ちょっと驚いた様子でこちらを振り返ったたぬ子は、マジマジと私の顔を見つめる。
人に見つめられる経験があまり無いこともあって思わず目を逸らしていると、彼女は私の眼鏡をひょいと取った。
たぬ子の顔がぼんやりとしか見えなくなる中、彼女は私に眼鏡を返しながら。
「眼鏡掛けてない方が大人っぽくて素敵ですよ?」
「コンタクトとかってお金掛かっちゃうから良いの。それに、私ってモテ無いから」
「うーん……美人だと思うんですが……」
「褒めたって何も出ないよ?」
お世辞でも嬉しいことを言ってくれるたぬ子にそう言うと、彼女はなんとも言い難い笑みを浮かべながら前を向き、一階の食堂へ向けて歩き出す。
階段を降りてしばらく進んでいくと焼き魚や煮物の香りが漂い始め、お腹がぎゅるると間抜けな音を鳴らす。
間違い無くたぬ子に聞こえる程度の音量だったこともあって目を逸らしていると、彼女のお腹も似たような鳴き声を上げた。
「に、似た者同士ですね」
「えへへ」
笑って誤魔化すたぬ子は年相応に見えて、妹が出来たような気分になりながら歩いて行き、目的の部屋の前に到着した。
たぬ子が襖を開けると料理の匂いがむわりと漂い、続けて料理の準備をする女の子たちの姿があった。
しかし、そんな彼女たちのお尻には、見るからにもふもふな尻尾が生えていて、何人かの頭には丸くて黒い獣耳まである。
「……やっぱり、みんなの正体ってたぬき?」
「はい、たぬきです。嫌いな動物だったりしますか?」
「もふもふで可愛いから大好きだよ」
知らぬ間に耳と尻尾を生やしていたたぬ子を見て、不思議と緊張感が抜け落ちた私は、何故だかにやけてしまう。
「尻尾、触っても良い?」
「どうぞ」
こちらにお尻を向けて尻尾を揺らして見せたたぬ子にお礼を言いながら、黒と茶色の入り混じる尻尾を優しく撫でてみる。
よくお手入れされているようで毛並みが良く、ふさふさで心地良い手触りに感動してしまう。
「化けるたぬきって怖くないんですか?」
「うん、みんな優しそうだし、怖いとは思えないな。たぬ子は妹みたいに思えて来たし」
私の返答に嬉しそうな笑みを浮かべたたぬ子を見てこちらも自然と笑みを浮かべてしまう。
と、上座に座ってお茶を啜る莉乃の姿が見えて、手を振ってみればすぐにこちらに気付いておいでおいでと手招きした。
彼女の斜め前の座布団に腰掛けると、少しだけ緊張しているのが分かる口調で。
「あの子たちが作るご飯、凄く美味しいから期待してね」
「うん、凄く期待する」
「プレッシャー掛けないで上げて下さい……」
後ろからそう声を掛けられて振り帰ると、ちょっと困ったような笑みを浮かべるたぬき娘たちの姿があり、私は慌てて冗談だからと笑って見せる。
邪気の感じられない笑い声を上げた彼女たちは仕事に戻り、私はほっとしながら莉乃に向き直る。
「それで、秘密ってあの子たちの正体が化けるたぬきってことなの?」
「それも秘密と言えば秘密だけど、そこまで重要なわけでは無いんだよね」
となると、莉乃にまだ秘密があるのか、それとも他に何かおぞましい秘密があるのか……。
今更になって不安になっている私に、察した様子彼女は笑って見せて。
「大丈夫だって。そんなに怖いことじゃないから」
そう言って笑った彼女は再び湯呑みを傾ける。
チラとたぬ子に目を向けると、安心しても良いということなのか、静かにコクリと頷いて見せ、莉乃の言葉を信用することに決める。
そんな会話をしている内に料理が広いテーブルに次々と並べられ、美味しそうな香りが漂い始める。
横でそれを眺めていたたぬ子が小声で「おいしそう……」と呟き、私も早く食べたく思いながら居住まいを正す。
たぬきの使用人たちもテーブルの前に座ったところで莉乃が立ち上がり、全員に向けて語り掛ける。
「さて、今日から私の友達の夏月がここで働くことになった。農作業を担当する者は、後で集まって仕事内容を教えてあげなさい」
「「はい!」」
さっきの尻尾を隠せていなかった子とたぬ子、そして他数人のたぬき娘たちが返事をする。
「それじゃあ食べよう。いただきます!」
「「「いただきます!」」」
莉乃の掛け声で全員が声を上げて食事に手を付け始め、私も早速手を付けようとしたところで、ぽふんと音が鳴ったことに気付いた。
音が聞こえた方に目をやれば、さっきまで莉乃が居たはずの座布団には、狐っぽい耳とふわふわな尻尾を生やす幼女の姿があり――
「り、莉乃……それが隠してたことなの?」
「うむ、隠し事とは童が妖狐であることなのじゃ」
のじゃロリの四文字が脳裏に浮かんだが、何とか口には出さなかった。
「夏月のことじゃ、童の口調と体を見たらのじゃロリとでも言ってバカにしそうだとおもっての、あんまり教えたくなかったのじゃよ」
「なる……ほど」
図星を突かれて言葉が詰まりそうになる。
しかし、彼女はピンポイントに私の思考を読んでいることには気付いていないようで、料理を指差すと。
「ほれ、今日はたくさん動いて疲れたじゃろ? 明日に向けてたくさん食べなさい」
「う、うん。いただきます」
距離感をどう取れば良いのか分からなくなりながら、早速焼き魚に手を付ける。
さて、私だけ尻尾と獣耳が無いのはちょっぴり悲しい。後で化ける方法を教えてもらうとしよう。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
227
1 / 3
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる