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10話

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 寝覚めの良い朝を迎えた。
 スマホのうるさいアラームを止めてベッドから出た私は、体を天井に向けて伸ばし、血を巡らせて脳を覚醒させる。
 気分が晴れてきたところで部屋から出ると、警備員のような恰好のたぬき娘と目が合った。

「あ……ちわっす」

「おはよう……」
 
 疲れているのか一言挨拶をした彼女はそそくさと去って行き、二つ隣の部屋へ入って行った。
 監視カメラが何個か設置されているのは知っていたけれど、警備員のたぬきがいるのは知らなかった。
 思っていたよりもここの防犯能力は高いらしい。

「おはようございます、夏月様。どうかなされましたか?」

「おはよう。ここって警備員いたんだね」

「いますよー。会ったんですか?」

「うん、さっき警備員みたいな恰好をした子がいたの」

 どんな子なのか少々興味が湧いてしまった。もしも機会があったら私の方から話しかけてみよう。
 と、下の階から美味しそうな香りがすることに気付き、今日は焼き魚であることが分かった。

「たぬ子は嫌いな料理ってあるの?」

「うーん……ゴーヤみたいな極端に苦い食べ物が使われてる料理は嫌いですけど、それ以外には嫌いなものは特にないです。夏月様はいかがですか?」

「私もそんな感じだなー。強いて言えば麺類がちょっと苦手かな?」

「あんなに美味しいのにですか?」

「子どもの頃さ、食べるのが遅くていっつも麺が伸びちゃって……食べても食べても減らない悪魔の食べ物みたいな感じでトラウマ出来ちゃったんだよね」

「可愛らしいです」

 そう言ってお上品に笑う彼女を見習いたく思いながら、匂いのする方へ向けて廊下を歩く。
 さてさて、昨日は仕事の後に筋力トレーニングをして体力作りをしたせいか、昨日よりもお腹が空いて来てしまった。
 私もたぬ子もお腹を鳴らしながら洗面所で朝の身支度をして、それから食堂へ歩いて行くと、料理が並び始めた大きなテーブルが半開きの襖から見えた。
 
「おお、やっぱり魚。貰い物?」

「猫又様が届けて下さったそうです」

「あの子ってツンデレだよね」

「ツンデレです」

 たぬ子が即答するのなら間違いないだろう。
 実際、あの後に一度撫でるのを辞めたら怒られたし、美農の方を重点的に構ったらもっと怒られた。
 いっそのこと、私の部屋で同居してくれればずっと構ってあげられるのに。
 アホな事を考えながら中へ入ると、上座でお茶をすする美濃の姿があった。

「おはよう。よく眠れたかの?」

「おはよう。ぐっすり眠れたよ」

 ぴょんと寝癖の出来ている彼女を微笑ましく思いながら答えると、黄金色の耳をぴょこぴょこと揺らして微笑む。

「今日は夏月の作ってくれた資料を元に必要な設備を購入する予定なのじゃ。それと、会計をやっておるたぬきも参加するから、後で挨拶をしておくのじゃ」

「うん、分かった」

 さて、一体どんな子なのだろうか。たぬ子のような優しくてかわいい子だと嬉しいものだ。
 そんなことを考えている間に全員分の料理がテーブルに並べられ、たぬき娘たちも尻尾を揺らしながらそれぞれ座った。
 今日の料理は白米、鮎の塩焼き、味噌汁、そして漬物だ。どれもこれも美味しそうである。

「では、食べるとしよう。いただきます!」

「「「いただきます!」」」

 今度は私も彼女たちと揃って掛け声を出し、早速美味しそうな焼き魚に手を付ける。
 ホロホロで柔らかい身と大根おろしを絡み合わせ、白米と共に口へ放り込めば、安定した美味しさが口の中を制した。
 薄くも濃くもない丁度良い塩加減、脂の乗った柔らかい身、醤油の滲みたピリ辛な大根おろし、そしてもっちりとした白米。 
 朝食だと言うのにご飯三倍は食べられそうなほど美味しく、箸がすいすいと動く。
 
 結局、ご飯をおかわりしてしまい、しばらく動け無さそうなほど苦しくなってしまった。
 骨と皮だけが残った皿を前に手を合わせて「ごちそうさまでした」と呟いていると、隣で食べ終えたたぬ子がにっこりと微笑む。

「昨日よりも食べるの早かったですよね。お魚好きなんですか?」

「魚も好きだねー。ただ、昨日はちょっとだけ体力作りしてたからさー」

「偉いです。必要でしたら私がやってる体力作りのやり方、教えますよ?」

「じゃあ、仕事終わった時に教えてよ」

「お任せください!」

 目をキラリと輝かせたのを見て、とびっきりキツイのを持って来るのではと、ちょっとだけ嫌な予感がした。
 しかし、優しい彼女がそんなものを持って来るとは思えず、イージーなものを教えてくれることに期待する。
 と、同じく食べ終わった美農が何か思い出した様子で食堂内を見回す。

「ポコ葉、こっちに来なさい」

「はい」

 呼ばれてやって来たのはさっきの警備服で身を包んでいたあの子で、今は普通のパジャマを身に付けていた。
 会った事が無いと思っていたが、どうやら顔を覚えきれていなかっただけらしい。
 
「ほれ、先ず挨拶をするのじゃ」

「ぽ、ポコ葉と申します。会計やってます」

「夏月って言います。よろしくお願いします」

 ポコ葉と名乗った彼女にお辞儀すると、美農は自分の尻尾を撫でながら。

「そやつは人見知りで口数も少ない。じゃが、素直で良い奴なのじゃ。たくさん頼ると良い。それとたぬ子、お主はしばらく夏月と一緒に行動するのじゃ」

「よろしいのですか?」

「また屋敷の中で迷子になっても困るからの」

「うるさいなあ……」

 屋敷内の地図を貰ったおかげでもう迷うことは無いと言いたいところだが、スマホのマップを見ながら歩いていたのに迷子と化した経験がある。無いとは言い切れないのが悲しいところだ。
 反論出来ない歯痒さをもどかしく思っていると、料理番のたぬき娘たちが皿を片付け、彼女たちに礼を言ってからポコ葉と向き直る。
 
「それじゃあ、ポコ葉さん。食休み挟んだら仕事に取り掛かりましょうか」

「は、はい。頑張ります」

 緊張しているのか表情が硬く、尻尾もぴくぴくと震えてしまっている。
 彼女の心を開かせるには大分時間が掛かりそうだ。
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