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5話(改稿、加筆済み)

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 ぼんやりと天井の木目を眺める。
 幼い頃、風邪を引いて寝込んだ時は暇潰しにこの木目を眺めて、犬や人の顔に見える箇所を探したものだ。
 そんな何とも言えない気分を追い払うべくベッドから起き上がった私は洗面所へと向かった。

 母の綺麗好きは変わらないらしく洗面台はピカピカに磨き上げられ、鏡には水垢の一つも付いていない。
 そんな使うのもためらうような洗面台の蛇口を捻り、水を出した私は乾いた口腔を潤わせ、まだ眠気のある顔面に水を掛け、最後に寝癖の酷い髪の毛を整える。
 その心地よい冷たさで完全に覚醒した私はタオルで顔を拭いてリビングへと戻ろうと――

「エミー、来たぞ」

 玄関から扉をノックする音と共にクラウスの声が聞こえ、私は返事をしながら小走りで向かう。
 念のため除き窓から外を見るとやはりクラウスで、その服装は昨日の野性味のある物では無く、お洒落な私服となっていた。
 新鮮な何かを感じながら扉を開けると、クラウスは驚いた様子で。

「寝起きか?」

「……あっ。ご、ごめん、ちょっと待ってて」

 私は慌てて扉を閉めて恥ずかしさから真っ赤に染まった顔を手で仰ぎながら部屋へ走る。
 ――パジャマのまま出てしまうとは、どうやら私の頭はまだまだ寝惚けていたらしい。

 部屋のベッドの脇に置いたままだったリュックを開け、持って来た着替えを引っ張り出し、城で働いている間に身に着けた早着替えの技術を生かして一分も掛けずに着替え終える。
 小遣い程度に少額を財布に入れ、準備が完了した私は玄関へと駆け出す。

 お気に入りの靴に履き替えながらドアを開けると、友人と思わしき男と話をしているクラウスの姿が見え、私は話し掛けるべきかと悩む。
 するとクラウスはこちらを振り向き、私に気付くとその男と拳を合わせて別れ、こちらへ戻って来た。

「悪い悪い。そんなに早く準備して来るとは思わなくてな」

「ううん、寝惚けてたこっちが悪いから気にしないで。それで、今日はどこに行くの?」

「お前が王都行ってから変わった所を紹介してやろうと思ってる。パッと見そんなに変わってねえけど、領主が経営する公共施設とか結構増えたんだぜ」

 そう言えば、街の税収の報告書の処理を押し付けられた時に、ここの街だけ税収が大きく上昇していたのを確認した記憶がある。
 理由は知らないが自分の故郷が大きく発展してくれるのは何だか喜ばしい。
 
「じゃあさ、ちょっとお腹減ったから美味しいお店教えてよ」

「良いぞ。付いて来い」

 そう言って歩き始めたクラウスの横に並び、改めてこの道を眺める。
 子供には安くお菓子を売ることで有名だった駄菓子屋、魔物のはく製を売っている変わった店、手書きの絵本が売られている店……。
 それら全てが懐かしく、そしてこの平和な光景を眺めていると自然に安心感が湧き出す。

「お、見えて来たぞ」

 そう言ってクラウスが指差したのは、お洒落な外装を施されたカフェのようだった。
 周囲が一般的な民家に囲まれているのもあって、そのカフェは一際目立っている。もしそれを狙ってあそこに立てたのなら、あの店の店長は相当計算高いだろう。
 
 そんなどうでも良いことを考えながら店へ入った私たちは、この店で一番美味しいというオーク肉のステーキを注文して。
 料理が来るまでの間、クラウスに私がいない間にあった話を聞かせて貰う事にした。


 ☆


 腹が膨れるほど食べた私たちはのんびりと歩き、幼い頃よく来て遊んでいた小高い丘の上へ移動した。
 道中で新しく出来た店や施設を紹介され、それはそれで面白かったが、やはり何度も来た思い出の場所も来たかった。
 
「ここはいつ来ても変わんねえな」

「そうだね。あの頃のまんま」

 よく見れば初めてここへ来た時に何となく掘った小さな穴や、意味もなく積み上げた石の塔の残骸が残っている。
 私たちはここからの景色が好きで幼い頃は良く来ていたのだが、どうやらここはそんなに人気では無いらしい。
 
「ココからの景色、良いと思うんだけどなぁ……」

「ああ、そうだな。でもな、街の反対に見晴らしも良ければカフェまで建ってる丘があるんだよ。だから誰もここに来ねえんだ」

「上位互換じゃん」

 それならここに人が来ないのも納得だ。
 何と言ったってこの丘の不便なところは近くに飲食店などの店が少ないところと、稀に魔物が出現するところだ。
 後者はともかくとして飲食店が無いのは、走り回ったりしてすぐに腹が減る子どもの頃の私にとっては致命的だった。
 一体何度この丘から三十分掛かる駄菓子屋まで往復したことか。
 
 そんな楽しくもありながら辛くもあった過去を思い出していると、クラウスが何かを想い出した様子で「あっ」と呟いた。
 目を向けるとクラウスは自慢げな顔をして。

「ここの結界石、最新のものになったから魔物が入って来ること無くなったんだぜ」

「本当? それは良かったけど……よくそんなもの買えたね」

 経済が安定したとは言っても最新の結界石を買うとなると、この街の財産全てを売って何とかなるレベルだ。
 ……まさか、あの税収報告は嘘で、本当はあの数倍儲けているのだろうか?

「何か心配事か?」

「ううん、気にしないで。そ、そうだ、昨日何があったか説明するって話したじゃん。教えてあげるね」

「あー、そう言えばそんな話したな。そんで、何があったんだ?」

 私は事情説明の面倒くささから話を逸らし、王都へ引っ越してからのことをある程度端折って話した。
 それを落ち着いた様子で聞いていたクラウスは、やがて恐ろしさしか感じられない笑みを浮かべると。

「そうか、あの無駄にデカい城にゴブリンが大量に湧いてんのか。俺が全部始末してやるよ」

「お、落ち着いて……」

 想像以上の殺意に思わず体が震え、私はそれを隠しながら宥める。
 散々扱き使われた挙句捨てられたという何とも胸糞悪い話ではあるが、まさかここまで怒るとは思ってもみなかった。
 何だか無性に嬉しさが湧き出して来ると同時、背後から覚えのある視線を感じ取った。

「あらあら、雌犬がツガイなんて作っちゃって。早いことね」

「自分が行き遅れてること気にしてるくせによく言えるね」

「い、言ってくれるじゃない」

 振り返ると同期の中でもトップクラスで性格が悪く、あのハインツでさえ話し掛けるのを躊躇するほどで有名なエリナが強がるように笑っていた。
 そしてそんなある意味とんでもない人間と、殺意マシマシの大男が衝突すれば何が起きるのかは明白で。
 私は持って来ていなかったはずの大剣を構えるクラウスの腕を必死に抑えた。

「よおよお、貴族出身のゴブリンちゃんよ。丁度お前を殺そうと思ってたところだぜ?」

「猿のくせして私をゴブリン呼ばわりするなんて驚きだわ? その見た目だけの筋肉で何が出来るのよ」

 折角私が止めに入っているというのに寧ろ挑発するエリナに魔法でも撃ち込んでやりたくなる。
 
「ほらな、エミー。あのゴブリンは殺されたいんだよ。だから離せ」

「性格が悪い以外取り柄が無いやつなんかで手を汚さないでよ。それにケガなんてしたらどうするのさ」

「お前は優しいな」

 ぼそりとクラウスが何かを呟いたと同時、その巨体からは想像も出来ない速さでエリナの真後ろに回り込み、刃を大きく振りかぶる。
 全く対応できていないエリナは避けようとするが、その行動はあまりにも遅すぎた。
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