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番外編17・メイドの噂
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王宮の一角にある小さな給仕室。朝の仕事を終えた数人のメイドたちが、湯気の立つポットを囲んで休憩していた。銀食器の影が光を反射し、カップの中で揺れるお茶の香りが、ささやかな憩いを演出している。
「ねえ、聞いた? 昨日の“選別会”でのこと……」
最年少のメイドが身を乗り出し、声を潜める。
「第一王子殿下が、あの白薔薇のブーケを――ソフィア様に贈ったのよ」
「まあ……やっぱりそうだったのね」
相対していた年若いメイドがうなずき、深くため息をつく。
「ええ。あの白薔薇、殿下がわざわざ取り寄せた珍しい花だったのでしょう? けれど……」
「そう。肝心のソフィア様は、お受け取りにならなかったんですって」
囁くような声に、部屋にはクスクスとささやかな笑い声が響いた。この場には王子も厳しいメイド長もいないのに、声を顰める様子がおかしかったのだろう。
「白薔薇よ? 純潔と誓いの象徴。しかも殿下自ら手渡されたのに……」
「どうやら、断られたというより――横からスカーレット様が入ってきて、そのまま間に入られたそうよ」
「まあまあ! なんてこと……」
メイドたちは互いに顔を見合わせ、噂の続きを求めるように身を寄せた。
「聞いた話だとね、ソフィア様は最初、ブーケの意味を知らなかったそうよ。それで普通に受け取ろうとして、綺麗とおっしゃっただけだったとか。そこへスカーレット様が出てきて『それはお受け取りにならない方がよろしいでしょう』とおっしゃったそうよ」
「おお……」
「怖いわね。でも、さすがはスカーレット様。あの方は芯が強いもの」
一瞬の沈黙。やがて1人のメイドが小声で続ける。
「けれど、殿下のお気持ちはどうなったのかしらね。白薔薇を断られるなんて、殿下の自尊心が……」
「殿下、ひどくお怒りになったのかしら?」
「それが、ブーケを断られた途端、その場で飛び出して王宮に帰ってきたとか。執事が話しかけても、薔薇を持ったまま黙ってお立ちになって……。その後はあまり人前にいらっしゃらなかったそうよ」
「まあ……それはそれで余計に恐ろしいわね」
部屋の空気が再び重たくなる。
「でも、正直なところ――」
若いメイドがカップを指でなぞりながら、ぽつりと言った。
「断られてよかったんじゃないかと思うの。だって、王子殿下がご結婚なさる方は、ただ美しくて、優秀なだけじゃ務まらないでしょう?臣下たちも、貴族も、国中の視線が集まるんだから。それにほら、ソフィア様はあの事業の話があるし…」
「そうよね。ソフィア様はとても美しいけれど……あの方、ご自身では望んでおられないように見えるもの」
「殿下のお相手をするには、むしろスカーレット様の方が――」
「しっ、口が過ぎるわよ」
机を囲んだ中では最年長のメイドが、慌てて行き過ぎた言動を制する。
「まだ決まったわけじゃない。噂話は控えないと。それに……知らないの?スカーレット様、新しく他国の婚約者候補が見つかったって噂…」
「ええ?本当ですの?」
「じゃあ殿下、一体誰をお選びになるのかしら……」
くすくす、くすくす。嘲笑というには柔らかい笑い声が、風に乗って窓を吹き抜けていく。口では噂話を控えようと話し合っていても、抑えた声の裏に潜む好奇心は隠せない。誰もが「カミーユ殿下の白薔薇事件」が、今後に大きな波紋を広げると感じていた。
給仕室の外では、朝の光が王宮の回廊を照らしている。廊下を歩く者たちは皆、どこかそわそわした表情を浮かべていた。白薔薇が受け取られなかったというただ一つの出来事が、王宮全体を揺らしているのだ。
やがて、休憩の合図が鳴り、メイドたちはそれぞれの持ち場へと戻っていった。けれども彼女たちの胸にはまだ噂の余韻が残り、囁きは別の部屋、別の廊下へと広がっていく。
───「選別会で、婚約の申し込みを断られた王子」
その言葉はやがて、王宮だけでなく社交界全体に広まることになるだろう。カミーユの名は以前にも増して注目を集めるが、それは決して望ましい形ではなかった。
白薔薇は美しく咲いた。けれど、それを受け取る者はいなかった。
その花が象徴するものは、今ら王宮のゴミ箱の中でしおれつつあり、誰もその花に見向きはしなかった。
「ねえ、聞いた? 昨日の“選別会”でのこと……」
最年少のメイドが身を乗り出し、声を潜める。
「第一王子殿下が、あの白薔薇のブーケを――ソフィア様に贈ったのよ」
「まあ……やっぱりそうだったのね」
相対していた年若いメイドがうなずき、深くため息をつく。
「ええ。あの白薔薇、殿下がわざわざ取り寄せた珍しい花だったのでしょう? けれど……」
「そう。肝心のソフィア様は、お受け取りにならなかったんですって」
囁くような声に、部屋にはクスクスとささやかな笑い声が響いた。この場には王子も厳しいメイド長もいないのに、声を顰める様子がおかしかったのだろう。
「白薔薇よ? 純潔と誓いの象徴。しかも殿下自ら手渡されたのに……」
「どうやら、断られたというより――横からスカーレット様が入ってきて、そのまま間に入られたそうよ」
「まあまあ! なんてこと……」
メイドたちは互いに顔を見合わせ、噂の続きを求めるように身を寄せた。
「聞いた話だとね、ソフィア様は最初、ブーケの意味を知らなかったそうよ。それで普通に受け取ろうとして、綺麗とおっしゃっただけだったとか。そこへスカーレット様が出てきて『それはお受け取りにならない方がよろしいでしょう』とおっしゃったそうよ」
「おお……」
「怖いわね。でも、さすがはスカーレット様。あの方は芯が強いもの」
一瞬の沈黙。やがて1人のメイドが小声で続ける。
「けれど、殿下のお気持ちはどうなったのかしらね。白薔薇を断られるなんて、殿下の自尊心が……」
「殿下、ひどくお怒りになったのかしら?」
「それが、ブーケを断られた途端、その場で飛び出して王宮に帰ってきたとか。執事が話しかけても、薔薇を持ったまま黙ってお立ちになって……。その後はあまり人前にいらっしゃらなかったそうよ」
「まあ……それはそれで余計に恐ろしいわね」
部屋の空気が再び重たくなる。
「でも、正直なところ――」
若いメイドがカップを指でなぞりながら、ぽつりと言った。
「断られてよかったんじゃないかと思うの。だって、王子殿下がご結婚なさる方は、ただ美しくて、優秀なだけじゃ務まらないでしょう?臣下たちも、貴族も、国中の視線が集まるんだから。それにほら、ソフィア様はあの事業の話があるし…」
「そうよね。ソフィア様はとても美しいけれど……あの方、ご自身では望んでおられないように見えるもの」
「殿下のお相手をするには、むしろスカーレット様の方が――」
「しっ、口が過ぎるわよ」
机を囲んだ中では最年長のメイドが、慌てて行き過ぎた言動を制する。
「まだ決まったわけじゃない。噂話は控えないと。それに……知らないの?スカーレット様、新しく他国の婚約者候補が見つかったって噂…」
「ええ?本当ですの?」
「じゃあ殿下、一体誰をお選びになるのかしら……」
くすくす、くすくす。嘲笑というには柔らかい笑い声が、風に乗って窓を吹き抜けていく。口では噂話を控えようと話し合っていても、抑えた声の裏に潜む好奇心は隠せない。誰もが「カミーユ殿下の白薔薇事件」が、今後に大きな波紋を広げると感じていた。
給仕室の外では、朝の光が王宮の回廊を照らしている。廊下を歩く者たちは皆、どこかそわそわした表情を浮かべていた。白薔薇が受け取られなかったというただ一つの出来事が、王宮全体を揺らしているのだ。
やがて、休憩の合図が鳴り、メイドたちはそれぞれの持ち場へと戻っていった。けれども彼女たちの胸にはまだ噂の余韻が残り、囁きは別の部屋、別の廊下へと広がっていく。
───「選別会で、婚約の申し込みを断られた王子」
その言葉はやがて、王宮だけでなく社交界全体に広まることになるだろう。カミーユの名は以前にも増して注目を集めるが、それは決して望ましい形ではなかった。
白薔薇は美しく咲いた。けれど、それを受け取る者はいなかった。
その花が象徴するものは、今ら王宮のゴミ箱の中でしおれつつあり、誰もその花に見向きはしなかった。
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