【完結】影を失くした令嬢と影だけの騎士

きゅちゃん

文字の大きさ
3 / 3

後編『影とは"繋がり"そのもの』

しおりを挟む
それから数週間、二人は王都中を駆け回った。

古い魔法書を探し、隠された遺跡を調査し、かつて影の魔法を研究していた魔術師たちの末裔を訪ね歩いた。

その過程で、エリアナは変わっていった。

かつての彼女は、貴族社会のルールに縛られた、従順な令嬢だった。しかし今、彼女は自分の足で立ち、自分の意志で動いていた。

「ヴァルター、右の路地に怪しい男がいるわ」

「わかっている。尾行されているな」

「あなたが背後に回って。私は正面から話しかける」

「了解した」

二人の連携は完璧だった。影と肉体、別々の存在でありながら、一心同体のように動けた。

ある雨の夜、古書店の地下で、彼らはついに決定的な手がかりを見つけた。

「『黒の魔女レイラは、自らの影を永遠の魔力の源とするため、"影の門"と呼ばれる儀式を行った。しかし儀式は失敗し、彼女の影は暴走。以来、彼女は他者の影を奪い続けた。彼女の影は今も、森の奥の神殿に封印されている』」

エリアナは資料を見つめた。

「あの森...私が影を失った場所だわ」

「魔法陣に足を踏み入れたと言っていたな。あれがレイラの儀式の痕跡だったのか」

ヴァルターの声が緊張した。

「もし、その神殿に行けば...」

「あなたの呪いを解く方法も、私の影を取り戻す方法も、見つかるかもしれない」

二人は顔を見合わせた——正確には、エリアナが自分の足元の影を見つめた。

「危険だぞ、エリアナ。レイラの影が暴走しているなら、神殿は罠だらけかもしれない」

「それでも行くわ。私たち、ここまで来たんだもの」

エリアナの声は強かった。

「それに...あなたと一緒なら、怖くない」

影が揺れた。ヴァルターの感情が、影の動きに表れる。

「...わかった。行こう、二人で」

森の神殿は、想像以上に不気味だった。

苔むした石の建造物は、月明かりの下で青白く光っていた。入口には、黒い霧が渦巻いている。

「これが、レイラの影の名残か」

ヴァルターが警戒する。エリアナは深呼吸した。

「行くわよ」

二人は霧の中に踏み込んだ。

神殿の内部は迷路だった。廊下は複雑に入り組み、時折、影の怪物が襲いかかってきた。しかしヴァルターが戦い、エリアナが道を探し、二人は確実に奥へと進んだ。

最奥の部屋に、それはあった。

巨大な魔法陣の中心に、黒い結晶が浮かんでいる。結晶の中には、女性の影がうごめいていた。

「レイラ...」

エリアナは呟いた。

「『影を解放せよ』」

突然、声が響いた。魔法陣から、レイラの幻影が立ち上がる。

「『我が影を解放し、汝らの影を捧げよ。さすれば、全てが元に戻るだろう』」

エリアナとヴァルターは息を呑んだ。

「どういうことだ?」

「つまり...私たちが彼女の影を解放すれば、その代償として、私たちも元に戻れる?」

「『しかし、代償がある。影と肉体を取り戻せるのは、一人だけ』」

レイラの声は冷たかった。

「『選べ。己の救済か、他者の犠牲か』」

沈黙が落ちた。

エリアナは震えた。ようやく見つけた希望が、こんな形で提示される。

「...エリアナ」

ヴァルターの声が、優しく響いた。

「君が取り戻せ。君はまだ若い。これからの人生がある」

「何を言ってるの!」

エリアナは叫んだ。

「あなただって、生きる権利があるわ!あなたは英雄で、まだやり残したことがあるはずでしょう!」

「私はもう、戦った。十分に生きた。だが君は——」

「私は、あなたなしでは、ここまで来られなかった!」

エリアナの涙が、床に落ちた。その涙は、影を作らない。

「私たち、一緒に戦ってきたじゃない。一緒に笑って、一緒に悩んで...あなたは、私の影じゃない。私の、大切な...」

言葉が詰まる。でも、その感情は確かに、胸の中にあった。

いつからだろう。影の騎士を、単なる協力者ではなく、かけがえのない存在だと思うようになったのは。

ヴァルターも、沈黙していた。影なのに、彼の動揺が伝わってきた。

「...エリアナ、私も同じだ」

影の騎士は静かに言った。

「君と過ごした時間は、戦場で過ごした何年よりも、輝いていた。君の笑顔を見るたび、君の強さを見るたび、私は...」

「だったら!」

エリアナは魔法陣に手を伸ばした。

「どちらか一人なんて、選べない!二人とも救う方法を探すわ!必ず——」

その瞬間、魔法陣が激しく光った。

「『愚かな』」

レイラの声が嘲笑う。

「『影と肉体は表裏一体。不完全な二人が、完全を求めるなど——』」

「違う!」

エリアナは叫んだ。

「私たちは不完全じゃない!二人で一つじゃない!私は私、ヴァルターはヴァルター。二人とも、それぞれが完全な存在よ!」

彼女の言葉に、何かが共鳴した。

魔法陣が揺らぎ、結晶にヒビが入る。

「『何を...』」

「影は魂の一部なんかじゃない!」

エリアナは資料で読んだ理論を、自分の言葉で語り直す。

「影は、光があって初めて生まれる。つまり、影とは"繋がり"そのものなの!私はあなたと出会って、新しい影を——新しい繋がりを、手に入れたわ!」

ヴァルターが、彼女の隣に立った。影の姿が、少しずつ輪郭を持ち始める。

「そうだ。私も君と出会って、ただの影から、意志を持つ存在になった。君が私の光だった」

二人の手が——触れ合った。

初めて、影と肉体が、確かに触れ合った。

結晶が砕け散り、レイラの影が解放される。しかしそれは怪物としてではなく、ただの影として、静かに消えていった。

「『...そうか。私が間違えていたのは、影を所有しようとしたことか。影は、光と共にあるもの...』」

レイラの声が遠ざかる。

「『お前たちは、正しい答えを見つけた。祝福を...』」

神殿全体が光に包まれた。

気がつくと、二人は森の外にいた。

朝日が昇り始めていた。エリアナは地面を見た。

そこには、くっきりとした彼女の影があった。

「戻った...」

彼女は笑った。そして、隣を見た。

そこには、実体を持った騎士が立っていた。黒い髪、鋭い目、傷だらけの手。

ヴァルター・フォン・シュタインが、肉体を取り戻していた。

「ヴァルター...」

「エリアナ...」

二人は見つめ合った。そして、同時に笑い出した。

「やったわ!二人とも、元に戻ったのよ!」

「ああ。君が諦めなかったおかげだ」

ヴァルターは初めて、彼女の手を本当に握った。温かかった。

「これから、どうする?」

エリアナの問いに、ヴァルターは空を見上げた。

「私は一度死んだことになっている。帰る場所はない」

「じゃあ...」

エリアナは少し頬を染めた。

「私と一緒に来る?私も、家には帰れないし。二人で、新しい場所を探しましょう」

ヴァルターは驚いたように彼女を見た。そして、穏やかに微笑んだ。

「それは、プロポーズか?」

「ち、違うわよ!ただの提案よ!」

エリアナは慌てて否定したが、その顔は真っ赤だった。

ヴァルターは楽しそうに笑った。

「冗談だ。でも、いい提案だと思う」

二人は並んで歩き始めた。朝日が彼らを照らし、二つの影が地面に伸びる。

影を失くした令嬢と、影だけの騎士。

二人はもう、不完全な存在ではなかった。お互いがお互いの光となり、影となり、共に生きていく。

それは、新しい物語の始まりだった。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

婚約破棄された私はカエルにされましたが、悪役令嬢な妹が拾って舞踏会で全部ひっくり返します

まぴ56
恋愛
異世界貴族の私は、婚約者に捨てられ――口封じに“蛙”へ。 声も出せず噴水の縁で震える私を拾ったのは、嫌味たっぷりで見下すように笑う妹のミレイだった。 「汚らしいお姉さま――わたくしが連れ帰って、たっぷり苛めて差し上げますわ」 冷たく弄ぶふりをしながら、夜な夜な呪いの文献を漁るミレイ。 やがて迎える、王も出席する大舞踏会。ミレイの千里眼が映す“真実”が、裏切り者たちの仮面を剥ぎ取っていく―― 呪いが解ける条件は、最後のひと押し。 姉妹の絆が、ざまぁと逆転を連れてくる。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

「お前みたいな卑しい闇属性の魔女など側室でもごめんだ」と言われましたが、私も殿下に嫁ぐ気はありません!

野生のイエネコ
恋愛
闇の精霊の加護を受けている私は、闇属性を差別する国で迫害されていた。いつか私を受け入れてくれる人を探そうと夢に見ていたデビュタントの舞踏会で、闇属性を差別する王太子に罵倒されて心が折れてしまう。  私が国を出奔すると、闇精霊の森という場所に住まう、不思議な男性と出会った。なぜかその男性が私の事情を聞くと、国に与えられた闇精霊の加護が消滅して、国は大混乱に。  そんな中、闇精霊の森での生活は穏やかに進んでいく。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

悪役令嬢に仕立て上げたいなら、ご注意を。

潮海璃月
ファンタジー
幼くして辺境伯の地位を継いだレナータは、女性であるがゆえに舐められがちであった。そんな折、社交場で伯爵令嬢にいわれのない罪を着せられてしまう。そんな彼女に隣国皇子カールハインツが手を差し伸べた──かと思いきや、ほとんど初対面で婚姻を申し込み、暇さえあれば口説き、しかもやたらレナータのことを知っている。怪しいほど親切なカールハインツと共に、レナータは事態の収拾方法を模索し、やがて伯爵一家への復讐を決意する。

【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました

きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。

処理中です...