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後編『影とは"繋がり"そのもの』
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それから数週間、二人は王都中を駆け回った。
古い魔法書を探し、隠された遺跡を調査し、かつて影の魔法を研究していた魔術師たちの末裔を訪ね歩いた。
その過程で、エリアナは変わっていった。
かつての彼女は、貴族社会のルールに縛られた、従順な令嬢だった。しかし今、彼女は自分の足で立ち、自分の意志で動いていた。
「ヴァルター、右の路地に怪しい男がいるわ」
「わかっている。尾行されているな」
「あなたが背後に回って。私は正面から話しかける」
「了解した」
二人の連携は完璧だった。影と肉体、別々の存在でありながら、一心同体のように動けた。
ある雨の夜、古書店の地下で、彼らはついに決定的な手がかりを見つけた。
「『黒の魔女レイラは、自らの影を永遠の魔力の源とするため、"影の門"と呼ばれる儀式を行った。しかし儀式は失敗し、彼女の影は暴走。以来、彼女は他者の影を奪い続けた。彼女の影は今も、森の奥の神殿に封印されている』」
エリアナは資料を見つめた。
「あの森...私が影を失った場所だわ」
「魔法陣に足を踏み入れたと言っていたな。あれがレイラの儀式の痕跡だったのか」
ヴァルターの声が緊張した。
「もし、その神殿に行けば...」
「あなたの呪いを解く方法も、私の影を取り戻す方法も、見つかるかもしれない」
二人は顔を見合わせた——正確には、エリアナが自分の足元の影を見つめた。
「危険だぞ、エリアナ。レイラの影が暴走しているなら、神殿は罠だらけかもしれない」
「それでも行くわ。私たち、ここまで来たんだもの」
エリアナの声は強かった。
「それに...あなたと一緒なら、怖くない」
影が揺れた。ヴァルターの感情が、影の動きに表れる。
「...わかった。行こう、二人で」
森の神殿は、想像以上に不気味だった。
苔むした石の建造物は、月明かりの下で青白く光っていた。入口には、黒い霧が渦巻いている。
「これが、レイラの影の名残か」
ヴァルターが警戒する。エリアナは深呼吸した。
「行くわよ」
二人は霧の中に踏み込んだ。
神殿の内部は迷路だった。廊下は複雑に入り組み、時折、影の怪物が襲いかかってきた。しかしヴァルターが戦い、エリアナが道を探し、二人は確実に奥へと進んだ。
最奥の部屋に、それはあった。
巨大な魔法陣の中心に、黒い結晶が浮かんでいる。結晶の中には、女性の影がうごめいていた。
「レイラ...」
エリアナは呟いた。
「『影を解放せよ』」
突然、声が響いた。魔法陣から、レイラの幻影が立ち上がる。
「『我が影を解放し、汝らの影を捧げよ。さすれば、全てが元に戻るだろう』」
エリアナとヴァルターは息を呑んだ。
「どういうことだ?」
「つまり...私たちが彼女の影を解放すれば、その代償として、私たちも元に戻れる?」
「『しかし、代償がある。影と肉体を取り戻せるのは、一人だけ』」
レイラの声は冷たかった。
「『選べ。己の救済か、他者の犠牲か』」
沈黙が落ちた。
エリアナは震えた。ようやく見つけた希望が、こんな形で提示される。
「...エリアナ」
ヴァルターの声が、優しく響いた。
「君が取り戻せ。君はまだ若い。これからの人生がある」
「何を言ってるの!」
エリアナは叫んだ。
「あなただって、生きる権利があるわ!あなたは英雄で、まだやり残したことがあるはずでしょう!」
「私はもう、戦った。十分に生きた。だが君は——」
「私は、あなたなしでは、ここまで来られなかった!」
エリアナの涙が、床に落ちた。その涙は、影を作らない。
「私たち、一緒に戦ってきたじゃない。一緒に笑って、一緒に悩んで...あなたは、私の影じゃない。私の、大切な...」
言葉が詰まる。でも、その感情は確かに、胸の中にあった。
いつからだろう。影の騎士を、単なる協力者ではなく、かけがえのない存在だと思うようになったのは。
ヴァルターも、沈黙していた。影なのに、彼の動揺が伝わってきた。
「...エリアナ、私も同じだ」
影の騎士は静かに言った。
「君と過ごした時間は、戦場で過ごした何年よりも、輝いていた。君の笑顔を見るたび、君の強さを見るたび、私は...」
「だったら!」
エリアナは魔法陣に手を伸ばした。
「どちらか一人なんて、選べない!二人とも救う方法を探すわ!必ず——」
その瞬間、魔法陣が激しく光った。
「『愚かな』」
レイラの声が嘲笑う。
「『影と肉体は表裏一体。不完全な二人が、完全を求めるなど——』」
「違う!」
エリアナは叫んだ。
「私たちは不完全じゃない!二人で一つじゃない!私は私、ヴァルターはヴァルター。二人とも、それぞれが完全な存在よ!」
彼女の言葉に、何かが共鳴した。
魔法陣が揺らぎ、結晶にヒビが入る。
「『何を...』」
「影は魂の一部なんかじゃない!」
エリアナは資料で読んだ理論を、自分の言葉で語り直す。
「影は、光があって初めて生まれる。つまり、影とは"繋がり"そのものなの!私はあなたと出会って、新しい影を——新しい繋がりを、手に入れたわ!」
ヴァルターが、彼女の隣に立った。影の姿が、少しずつ輪郭を持ち始める。
「そうだ。私も君と出会って、ただの影から、意志を持つ存在になった。君が私の光だった」
二人の手が——触れ合った。
初めて、影と肉体が、確かに触れ合った。
結晶が砕け散り、レイラの影が解放される。しかしそれは怪物としてではなく、ただの影として、静かに消えていった。
「『...そうか。私が間違えていたのは、影を所有しようとしたことか。影は、光と共にあるもの...』」
レイラの声が遠ざかる。
「『お前たちは、正しい答えを見つけた。祝福を...』」
神殿全体が光に包まれた。
気がつくと、二人は森の外にいた。
朝日が昇り始めていた。エリアナは地面を見た。
そこには、くっきりとした彼女の影があった。
「戻った...」
彼女は笑った。そして、隣を見た。
そこには、実体を持った騎士が立っていた。黒い髪、鋭い目、傷だらけの手。
ヴァルター・フォン・シュタインが、肉体を取り戻していた。
「ヴァルター...」
「エリアナ...」
二人は見つめ合った。そして、同時に笑い出した。
「やったわ!二人とも、元に戻ったのよ!」
「ああ。君が諦めなかったおかげだ」
ヴァルターは初めて、彼女の手を本当に握った。温かかった。
「これから、どうする?」
エリアナの問いに、ヴァルターは空を見上げた。
「私は一度死んだことになっている。帰る場所はない」
「じゃあ...」
エリアナは少し頬を染めた。
「私と一緒に来る?私も、家には帰れないし。二人で、新しい場所を探しましょう」
ヴァルターは驚いたように彼女を見た。そして、穏やかに微笑んだ。
「それは、プロポーズか?」
「ち、違うわよ!ただの提案よ!」
エリアナは慌てて否定したが、その顔は真っ赤だった。
ヴァルターは楽しそうに笑った。
「冗談だ。でも、いい提案だと思う」
二人は並んで歩き始めた。朝日が彼らを照らし、二つの影が地面に伸びる。
影を失くした令嬢と、影だけの騎士。
二人はもう、不完全な存在ではなかった。お互いがお互いの光となり、影となり、共に生きていく。
それは、新しい物語の始まりだった。
古い魔法書を探し、隠された遺跡を調査し、かつて影の魔法を研究していた魔術師たちの末裔を訪ね歩いた。
その過程で、エリアナは変わっていった。
かつての彼女は、貴族社会のルールに縛られた、従順な令嬢だった。しかし今、彼女は自分の足で立ち、自分の意志で動いていた。
「ヴァルター、右の路地に怪しい男がいるわ」
「わかっている。尾行されているな」
「あなたが背後に回って。私は正面から話しかける」
「了解した」
二人の連携は完璧だった。影と肉体、別々の存在でありながら、一心同体のように動けた。
ある雨の夜、古書店の地下で、彼らはついに決定的な手がかりを見つけた。
「『黒の魔女レイラは、自らの影を永遠の魔力の源とするため、"影の門"と呼ばれる儀式を行った。しかし儀式は失敗し、彼女の影は暴走。以来、彼女は他者の影を奪い続けた。彼女の影は今も、森の奥の神殿に封印されている』」
エリアナは資料を見つめた。
「あの森...私が影を失った場所だわ」
「魔法陣に足を踏み入れたと言っていたな。あれがレイラの儀式の痕跡だったのか」
ヴァルターの声が緊張した。
「もし、その神殿に行けば...」
「あなたの呪いを解く方法も、私の影を取り戻す方法も、見つかるかもしれない」
二人は顔を見合わせた——正確には、エリアナが自分の足元の影を見つめた。
「危険だぞ、エリアナ。レイラの影が暴走しているなら、神殿は罠だらけかもしれない」
「それでも行くわ。私たち、ここまで来たんだもの」
エリアナの声は強かった。
「それに...あなたと一緒なら、怖くない」
影が揺れた。ヴァルターの感情が、影の動きに表れる。
「...わかった。行こう、二人で」
森の神殿は、想像以上に不気味だった。
苔むした石の建造物は、月明かりの下で青白く光っていた。入口には、黒い霧が渦巻いている。
「これが、レイラの影の名残か」
ヴァルターが警戒する。エリアナは深呼吸した。
「行くわよ」
二人は霧の中に踏み込んだ。
神殿の内部は迷路だった。廊下は複雑に入り組み、時折、影の怪物が襲いかかってきた。しかしヴァルターが戦い、エリアナが道を探し、二人は確実に奥へと進んだ。
最奥の部屋に、それはあった。
巨大な魔法陣の中心に、黒い結晶が浮かんでいる。結晶の中には、女性の影がうごめいていた。
「レイラ...」
エリアナは呟いた。
「『影を解放せよ』」
突然、声が響いた。魔法陣から、レイラの幻影が立ち上がる。
「『我が影を解放し、汝らの影を捧げよ。さすれば、全てが元に戻るだろう』」
エリアナとヴァルターは息を呑んだ。
「どういうことだ?」
「つまり...私たちが彼女の影を解放すれば、その代償として、私たちも元に戻れる?」
「『しかし、代償がある。影と肉体を取り戻せるのは、一人だけ』」
レイラの声は冷たかった。
「『選べ。己の救済か、他者の犠牲か』」
沈黙が落ちた。
エリアナは震えた。ようやく見つけた希望が、こんな形で提示される。
「...エリアナ」
ヴァルターの声が、優しく響いた。
「君が取り戻せ。君はまだ若い。これからの人生がある」
「何を言ってるの!」
エリアナは叫んだ。
「あなただって、生きる権利があるわ!あなたは英雄で、まだやり残したことがあるはずでしょう!」
「私はもう、戦った。十分に生きた。だが君は——」
「私は、あなたなしでは、ここまで来られなかった!」
エリアナの涙が、床に落ちた。その涙は、影を作らない。
「私たち、一緒に戦ってきたじゃない。一緒に笑って、一緒に悩んで...あなたは、私の影じゃない。私の、大切な...」
言葉が詰まる。でも、その感情は確かに、胸の中にあった。
いつからだろう。影の騎士を、単なる協力者ではなく、かけがえのない存在だと思うようになったのは。
ヴァルターも、沈黙していた。影なのに、彼の動揺が伝わってきた。
「...エリアナ、私も同じだ」
影の騎士は静かに言った。
「君と過ごした時間は、戦場で過ごした何年よりも、輝いていた。君の笑顔を見るたび、君の強さを見るたび、私は...」
「だったら!」
エリアナは魔法陣に手を伸ばした。
「どちらか一人なんて、選べない!二人とも救う方法を探すわ!必ず——」
その瞬間、魔法陣が激しく光った。
「『愚かな』」
レイラの声が嘲笑う。
「『影と肉体は表裏一体。不完全な二人が、完全を求めるなど——』」
「違う!」
エリアナは叫んだ。
「私たちは不完全じゃない!二人で一つじゃない!私は私、ヴァルターはヴァルター。二人とも、それぞれが完全な存在よ!」
彼女の言葉に、何かが共鳴した。
魔法陣が揺らぎ、結晶にヒビが入る。
「『何を...』」
「影は魂の一部なんかじゃない!」
エリアナは資料で読んだ理論を、自分の言葉で語り直す。
「影は、光があって初めて生まれる。つまり、影とは"繋がり"そのものなの!私はあなたと出会って、新しい影を——新しい繋がりを、手に入れたわ!」
ヴァルターが、彼女の隣に立った。影の姿が、少しずつ輪郭を持ち始める。
「そうだ。私も君と出会って、ただの影から、意志を持つ存在になった。君が私の光だった」
二人の手が——触れ合った。
初めて、影と肉体が、確かに触れ合った。
結晶が砕け散り、レイラの影が解放される。しかしそれは怪物としてではなく、ただの影として、静かに消えていった。
「『...そうか。私が間違えていたのは、影を所有しようとしたことか。影は、光と共にあるもの...』」
レイラの声が遠ざかる。
「『お前たちは、正しい答えを見つけた。祝福を...』」
神殿全体が光に包まれた。
気がつくと、二人は森の外にいた。
朝日が昇り始めていた。エリアナは地面を見た。
そこには、くっきりとした彼女の影があった。
「戻った...」
彼女は笑った。そして、隣を見た。
そこには、実体を持った騎士が立っていた。黒い髪、鋭い目、傷だらけの手。
ヴァルター・フォン・シュタインが、肉体を取り戻していた。
「ヴァルター...」
「エリアナ...」
二人は見つめ合った。そして、同時に笑い出した。
「やったわ!二人とも、元に戻ったのよ!」
「ああ。君が諦めなかったおかげだ」
ヴァルターは初めて、彼女の手を本当に握った。温かかった。
「これから、どうする?」
エリアナの問いに、ヴァルターは空を見上げた。
「私は一度死んだことになっている。帰る場所はない」
「じゃあ...」
エリアナは少し頬を染めた。
「私と一緒に来る?私も、家には帰れないし。二人で、新しい場所を探しましょう」
ヴァルターは驚いたように彼女を見た。そして、穏やかに微笑んだ。
「それは、プロポーズか?」
「ち、違うわよ!ただの提案よ!」
エリアナは慌てて否定したが、その顔は真っ赤だった。
ヴァルターは楽しそうに笑った。
「冗談だ。でも、いい提案だと思う」
二人は並んで歩き始めた。朝日が彼らを照らし、二つの影が地面に伸びる。
影を失くした令嬢と、影だけの騎士。
二人はもう、不完全な存在ではなかった。お互いがお互いの光となり、影となり、共に生きていく。
それは、新しい物語の始まりだった。
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