運命と運命の人

なこ

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第9章

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深夜、リヒトが申し訳なさそうにカイゼルの部屋を訪れた。

「カイゼル様、国境沿いでいつものように諍いが。今から向かいます。」

隣接する小国が国境に近い鉱脈を狙い仕掛けてくるのは、いつものことだ。

腐敗しきり、こちらから手を出さずとも、いずれ勝手に自滅するだろうと、適当に追い払うよう指示していたのはカイゼルだ。

統制もとれていない。カイゼルの出る幕もない程、力のない者たちだ。

リヒトとマリが指揮をとれば、それだけで事足りる。

すぐに発とうとするリヒトをカイゼルが止めた。

部屋の奥の寝台では、ユアンが寝返りをうち、小さく丸まって寝息をたてている。

「わたしも行く。」

「ですが、ユアン様が。」

「すぐに終わらせる。数刻後には発つ。準備を整えておけ。」

ユアンを起こさぬよう、カイゼルは静かに準備を整えた。

穏やかに眠るユアンを万が一にも害する恐れのあるものは、全て排除しておきたい。

国のため、王のため、その大義名分だけでカイゼルは辺境を守ってきた。

守りたいもの、その中心にいつの間にかユアンがいる。

ユアンにはただ穏やか笑っていて欲しい。

「すぐに戻る。もう少しだけ待っていてくれ。」

その寝顔に口付けを落とすと、カイゼルは部屋を出た。



ユアンは、気丈に待ち続けていた。

使用人たちの前では、普段通り穏やかに生活し、夜1人になると不安で心が押しつぶされそうになるのを堪えていた。

時間なんてなかった。

悠長に構えていた自分を叱咤したい。

辺境ではこういった出来事がいつ起こるのかわからない。

伝えたいことは、その都度伝えておかなければ、いつ何が起きるのか分からないのだ。

____愛する気持ちも、愛される気持ちもわからない

陛下は、カイゼルはわからないのだと言っていた。

ユアンは、カイゼルに知って欲しい。

ユアンがカイゼルを愛してるということを。

愛される気持ちを。

カイゼル様が帰ってきたら、すぐにお伝えしよう。

だから。

カイゼル様、どうか、ご無事で…

マリもリヒトも、騎士の皆様どうか、ご無事で…




1週間が過ぎ、2週間が過ぎ、もうすぐひと月になろうという頃、カイゼル達が帰ってきた。

所々血に塗れ、薄汚れたカイゼルの姿を目にした瞬間、ユアンは駆け出した。

「カイゼル様!」

飛び込んでくるユアンをカイゼルはきつく抱きしめた。

「ユアン、戻った。遅くなってしまったな。」

カイゼルがいない間、ユアンは誰にも泣き顔をみせず、ずっと気丈に振る舞っていた。

そんなユアンをずっと見守っていた執事や使用人たちの前で、ユアンはカイゼルに抱きつき初めて涙を流した。

「おかえりなさい!ご無事で、本当に良かった。本当に。」

自分を待つ者がいて、待つ者のために何かをしようと思ったことは、カイゼルにとって初めてのことだった。

ずっと、ユアンに会いたいと、その一心でこのひと月余りを過ごした。

「カイゼル様、ずっと、ずっとお待ちしておりました。」

カイゼルの耳元に口を近づけると、ユアンは囁く。

「…愛しています。」

「今、それを言うのか。」

カイゼルはふっと笑うと、さらにきつくユアンを抱きしめた。

生まれて初めて言われた言葉だ。

一生誰からも言われることはないと、そう思っていた言葉だ。

不思議な感覚がカイゼルを襲う。

ユアンが愛おしい。愛おしくて、たまらない。

愛おしいとは、こんな感覚なのか…

「血と汗で汚れている。少し離れた方がいい。」

「いいえ。」

「湯浴みするぞ。共に行くか?」

「はい。」

カイゼルは一瞬驚きを見せたが、ユアンを抱き攫うように抱えると、そのまま湯殿へと向かった。





















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