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穏やかな時間 ユリウス
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シュヴァリエ様は婚約を解消すべきではなかった。お相手は、母君であるナターシャ様の生家とゆかりある有力な貴族のご令嬢だったからだ。
陛下がニイナ様を娶っておられるのだから、マホを娶ることとて可能である。男である以上、世継ぎは望めないが、側妃として娶れば問題はなかったはずだ。
陛下はまだ誰を後継にするか明言はしていない。シュヴァリエ様になるであろうと、憶測はされていた。
第二、第三王子と牽制しあいながら、シュヴァリエ様は着々と王への階段を登っていたのだ。
マホの出現は、ある意味それらを覆してしまったと言えるだろう。
シュヴァリエ様だけではない、第二、第三王子たちのマホへの態度は、客観的に見て冷静さに欠けていた。
まだ若すぎるからだろうか。
ただじっとその様子を静観していた陛下の表情は、無そのものだった。
「…ユリウス?」
返事を得られず、ノア様は催促するように脚を大きくぶらぶらさせている。
「わたしには、計りかねます。シュヴァリエ様にはシュヴァリエ様のお考えがあるのでしょう。」
「ふうん。じゃあ、マホは?何してるの?」
「あの方は…そうですね、何もしておりません。シュヴァリエ様がいらっしゃらないときは、自由にお過ごしのようです。」
「……自由?」
「ええ、たいがい何をしていても、誰も何も咎めることはございませんので。」
そう、マホは自由だ。陛下に一度釘を刺されてから暫くは静かに過ごしていたようだが、それもほんの一時だけだった。
その後陛下が苦言を呈することはない。
多くの貴族から誘われるまま、夜な夜な出歩いていると聞いている。
きらきらとした輝きも、聖女だと言っていた治癒の力も今は最早何もない。
渡り人と言う肩書きとその見目だけで、引くて数多の様子だ。
「そうか、自由か…。自由って、どんか感じだ?俺は自分が今、自由なのか、不自由なのか、よくわからなくなってきた。」
ふい、とまた窓の外へと目をやる。
黙りこくったまま、今度は何を考えているのだろう。
薄紫の瞳は、何を見ているのか、何も見ていないのか、雨音だけが静かに時を刻んでいる。
わたしはただ、側に控えているだけだ。
「…なあ、ユリウス。」
「はい。」
振り返るノア様は、深刻そうな顔で呟いた。
「……お腹、空いた。」
ここのところ、一段と食欲が増してきている。この華奢な身体のどこに消費されているのか、わたしには謎だ。
雨は数日の間振り続いた。
「俺の統計では、明日には晴れるぞ。」
いつ統計されていたのか謎だが、ノア様の予言通り翌日は久しぶりに太陽が顔を見せてくれた。
「ユリウス!今日は勝負をしよう!」
ここ数日ぼんやりとしていたノア様が、唐突に切り出す。
「勝負、ですか?」
「そうだ、勝負だ!中庭に降りて、母様たちにも声を掛けて、きちんと判定してもらう!」
切り出した中身も、唐突だ。
「何を勝負すればいいのでしょう?」
「剣だよ。もちろん、ハンデ付きだけど。俺が勝ったら、一つだけ俺の願いを叶えて欲しい。」
「…剣で、わたしに勝つつもりですか?仮にノア様が勝ったとしても、わたしが叶えてあげられるような願いなど、些細なものしかございませんよ。」
「大丈夫。ユリウスにしか叶えられないことだから。俺が負けたら、ユリウスの言うことを何でもきいてやる!どうだ?面白そうだろ!?」
雨のせいか、ずっと塞ぎぎみのノア様の様子が気がかりだった。
こんなことで気が晴れるなら、いくらでもお付き合いしよう。
「ええ、構いませんよ。では、準備をしましょうか?」
「そうか!よし、絶対に俺が勝つ!」
…気のせいだろうか。
微笑んだノア様からは、いつもとは何かが違う、どこか切迫したような、追い詰められているような雰囲気が感じられた。
陛下がニイナ様を娶っておられるのだから、マホを娶ることとて可能である。男である以上、世継ぎは望めないが、側妃として娶れば問題はなかったはずだ。
陛下はまだ誰を後継にするか明言はしていない。シュヴァリエ様になるであろうと、憶測はされていた。
第二、第三王子と牽制しあいながら、シュヴァリエ様は着々と王への階段を登っていたのだ。
マホの出現は、ある意味それらを覆してしまったと言えるだろう。
シュヴァリエ様だけではない、第二、第三王子たちのマホへの態度は、客観的に見て冷静さに欠けていた。
まだ若すぎるからだろうか。
ただじっとその様子を静観していた陛下の表情は、無そのものだった。
「…ユリウス?」
返事を得られず、ノア様は催促するように脚を大きくぶらぶらさせている。
「わたしには、計りかねます。シュヴァリエ様にはシュヴァリエ様のお考えがあるのでしょう。」
「ふうん。じゃあ、マホは?何してるの?」
「あの方は…そうですね、何もしておりません。シュヴァリエ様がいらっしゃらないときは、自由にお過ごしのようです。」
「……自由?」
「ええ、たいがい何をしていても、誰も何も咎めることはございませんので。」
そう、マホは自由だ。陛下に一度釘を刺されてから暫くは静かに過ごしていたようだが、それもほんの一時だけだった。
その後陛下が苦言を呈することはない。
多くの貴族から誘われるまま、夜な夜な出歩いていると聞いている。
きらきらとした輝きも、聖女だと言っていた治癒の力も今は最早何もない。
渡り人と言う肩書きとその見目だけで、引くて数多の様子だ。
「そうか、自由か…。自由って、どんか感じだ?俺は自分が今、自由なのか、不自由なのか、よくわからなくなってきた。」
ふい、とまた窓の外へと目をやる。
黙りこくったまま、今度は何を考えているのだろう。
薄紫の瞳は、何を見ているのか、何も見ていないのか、雨音だけが静かに時を刻んでいる。
わたしはただ、側に控えているだけだ。
「…なあ、ユリウス。」
「はい。」
振り返るノア様は、深刻そうな顔で呟いた。
「……お腹、空いた。」
ここのところ、一段と食欲が増してきている。この華奢な身体のどこに消費されているのか、わたしには謎だ。
雨は数日の間振り続いた。
「俺の統計では、明日には晴れるぞ。」
いつ統計されていたのか謎だが、ノア様の予言通り翌日は久しぶりに太陽が顔を見せてくれた。
「ユリウス!今日は勝負をしよう!」
ここ数日ぼんやりとしていたノア様が、唐突に切り出す。
「勝負、ですか?」
「そうだ、勝負だ!中庭に降りて、母様たちにも声を掛けて、きちんと判定してもらう!」
切り出した中身も、唐突だ。
「何を勝負すればいいのでしょう?」
「剣だよ。もちろん、ハンデ付きだけど。俺が勝ったら、一つだけ俺の願いを叶えて欲しい。」
「…剣で、わたしに勝つつもりですか?仮にノア様が勝ったとしても、わたしが叶えてあげられるような願いなど、些細なものしかございませんよ。」
「大丈夫。ユリウスにしか叶えられないことだから。俺が負けたら、ユリウスの言うことを何でもきいてやる!どうだ?面白そうだろ!?」
雨のせいか、ずっと塞ぎぎみのノア様の様子が気がかりだった。
こんなことで気が晴れるなら、いくらでもお付き合いしよう。
「ええ、構いませんよ。では、準備をしましょうか?」
「そうか!よし、絶対に俺が勝つ!」
…気のせいだろうか。
微笑んだノア様からは、いつもとは何かが違う、どこか切迫したような、追い詰められているような雰囲気が感じられた。
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