秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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ナターシャ

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眠っている時や、ただ黙って何かを正視している時、ノアは精巧なビスクドールのように見えた。

だがしかし、口を開けばなかなかのもので、少し風変わりなのはシュヴァイゼルとニイナのそれを受け継いでいるせいかと思われる。

二妃や、三妃、九妃は嫌がるノアをよく着飾り、王女のいない妾たちを目で愉しませてくれた。

六、七、八妃は地学や数学を学ばせ、四妃と五妃は礼儀やしきたりを、妾はこの国の歴史や政治的なことを少しずつノアへ学ばせていった。

ああ見えても、ノアは賢いだ。

各妃たちの母国語を身につけ、内密の話しは鈴を転がすような声でひそひそと耳元に囁く。

内密と言っても、食べたい菓子のことや、今日は何もしたくないなど、他愛もない子どもの甘えであった。

ここに閉じ込められていることを気の毒に思う気持ちとあいまり、妾たちは甘やかしぎみに育ててしまったやもしれない。

甘やかすと言えば、シュヴァイゼルが一番か?

他の王子たちにとって、シュヴァイゼルは父である前に王という存在で、王子たちは皆シュヴァイゼルを前にすると萎縮する。

ノアにとっては、あくまで父と言う存在で、その後に王だ。

物心つくまではシュヴァイゼルの行き過ぎた過剰な愛情表現を悦んでいたノアが、物心ついてからはあからさまに鬱陶しがるようになった。

シュヴァイゼルにあのような態度を取れるのはノアだけだ。

我が子を含め、他の王子たちには決してできない振る舞いであろう。

妾たちの手では追えないぐらいの事をやらかすようになると、ルドルフが代わって護衛と言う名の世話役に任命された。

何やらむつむつと制作に勤しむようになったノアが、羽の造形物をつけて窓の外へ飛びたとうとしたとルドルフから聞いた時、ルドルフに代わっていて良かったと皆でほっとしたものだ。

妾たちでは止められなかった。

まったく、ノアはなんという子であろう。

我が子への想いとは別に、妃たちにとって、ノアはもう一人の我が子であり、守らなければならない、そう思わせる何かを持っていた。



シュヴァイゼルから呼び出され、ノアへの封書を預かってくると、妃らを部屋へと呼び寄せた。

その時が来てしまったのか。

誰も何も言わなかったが、厳重にされた封を見て、何か確信したようであった。

誰にも知られず、後宮の奥深い場所に、そして妾たちの中心に、いつもノアがいた。

「…ノア、アエル、カナ?アエルト、イイネ。」

ふと、褐色の肌をした五妃が呟く。

「…ああ、そうじゃったな。そんなことも、あったの……。」

五妃の母国は小さな島国だ。そこの巫女を務めていたと言う彼女には、少し不思議な力がある。

忘れかけていた記憶を呼び起こす。

皆もきっと想い出しておるだろう。

物心つくまで、ノアは夜になるとうなされることが多かった。

小さな身体をより小さく丸め、始めは堪えるようにぷるぷると震え、暫くすると小さな嗚咽を漏らす。

起きている時ならばぎゃあぎゃあと泣き叫ぶようなものの、その時ばかりは何故かぐっと堪えるように、身体を丸めるばかりだ。

寝付くまで交代で見守っていたが、誰が見守りについても同じであった。

その頃には既にニイナが不在になることが多かった。やはり実母が恋しいのかと幾分残念に思っていたが、ニイナの時もそれは変わらないと言う。

雨の夜は特に酷かった。

「…い、行かないれ。おいてかないれ…」

まだ辿々しい口調で、ノアは誰かを探し求めるように、小さな掌を空に彷徨わせていた。

「ここにおる。皆いるぞ。ノア、ニイナももうすぐ戻ってくるからな。」

「…いやら、おいてかないれ。……」

そう呟きながら、声にならない嗚咽を漏らす。

医者に診せても、身体に異常は見つからず、皆で小さな拳を代わる代わる握りしめて夜が過ぎるのを待った。

時がたち、物心がつくにつれ、次第にそれは収束した。確かあの時も五妃は不思議なことを言っていた。

「…ノア、サガシテル、ミツカラナイ。ズット。ノア、カワイソウ。」

ニイナでなければ、誰を探していたのか。

シュヴァイゼルでないことだけは確かだった。シュヴァイゼルが掌を握ろうとすると、ノアは「いや」と無意識にその手を振り払い、決して握り返そうとはしなかったからだ。

寝相は悪いが、一人静かに健やかに眠れるようになった姿を見てほっとしたものだ。

あの寝顔は愛らしいものだった。

「…大丈夫じゃ、きっと見つかるであろう。」

不思議とそんな気がしてならない。

他の妃らも同じように感じたのか、皆一つコクリと頷いていた。









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