秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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ナターシャ

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連れられて来たニイナを一目見て、渡り人だと確信した。

大広間に集められた他の側妃らは、驚きを隠せない様子であった。

妾とて、渡り人を目にしたのは初めてのことだ。

珍しい黒目、黒髪のニイナはきょろきょろと興味深げに視線を彷徨わせていた。

ニイナはとても風変わりな女で、遠巻きに様子を窺っていた妾たちの懐に、いつのまにかすんなりと溶け込んでしまった。

ニイナの話す異国の話しはとても興味深く摩訶不思議な内容で、中庭に集まっては皆でその話しに聞き入ることが日々の楽しみの一つとなった。

無機的な決まり事であった茶会は、各国の異国情緒漂う色鮮やかな菓子であふれ、ふくよかな茶の香りは、祖国からただ一人送り込まれた妃らの張り詰めた心を癒していった。

ニイナは祖国で医者だったと言う。女が医者などこの国では考えられないことだ。この国の医療にとても関心を持ち、妾たちもそれぞれが知り得る各国の医療事情についてできるかぎり話を聞かせた。

一度話し始めれば、どの妃もよく話した。シュヴァイゼルによって付けられた侍女だけが話し相手だったのだ。皆無口な者たちだ。昼に集い、夕時まで話しが続くことなどざらであった。

時には夕餉を共にすることも増えた。

女だけの園は、少しずつ芳しい香りが漂う賑やかな空間に変わっていった。

そうして、ニイナが身籠り、そしてまた一人、王子が産まれた。

また、王子だ。

正直誰か一人ぐらい王女がいても良かったものの、そればかりはしょうがない。

他の王子たちと同様、王宮へ連れられて行くものだと、妾含めどの妃もそう思っていた。

産後の肥立が悪かったのか、ニイナは籠り切りでその子の披露目もなかなかされずに一月が過ぎた頃、ニイナの元を何度も訪れていたシュヴァイゼルが、妃らを全員ある部屋に呼び寄せた。

そう、あの開かずの間だ。

重厚な扉の奥に、ゆったりと腰を下ろすニイナとその腕にはとても小さな赤子が抱かれていた。

シュヴァイゼルは傍目に見てもわかりやすいぐらいに、とても機嫌が良かった。

部屋の中は綺麗に整えられており、生活していく上では申し分ないよう、全てが備え付けられている。

祝いの言葉を数人が掛けると、ニイナは顔を綻ばせて喜んだ。

我が子と引き離されるのは辛いことだ。だがしかし、皆そうして暮らしておる。会えない訳ではない。王宮に行けば会うことは可能だ。

ニイナの笑顔に幾分心が傷んだが、しょうのないことだと思っていた。

そんな妾たちの心中を知ってか知らずか、シュヴァイゼルは満面の笑みで言い放ったのだ。


『この子を、ここで育てようと思う。この部屋から出してはいけないよ。育てるのは、ニイナを含め、君たち皆んなだ。』



我が子とは引き離しておきながら、この子をここで、皆で育てろと?

憤りと不満の気配が充満した。

それでもシュヴァイゼルは全く気にする風もなく、飄々とした様子で有無を言わさない口元だけの笑みを浮かべていた。

口調は穏やかだったが、それは間違いなく王命であった。

あの顔をしているシュヴァイゼルに反論することなど、妾でも不可能だ。

その日から、子育てなどしたことのない妃らの悪戦苦闘の日々が始まった。

数ヶ月後、実母のニイナは辺境で蔓延している疫病治療のため駆り出され、妾たちは九人だけで、この赤子を、ノアを育てることとなった。

ニイナの黒髪を引き継ぎ、薄紫色のシュヴァイゼルの瞳を引き継いだノアは、よく泣き、よくぐずり、それはそれは手が掛かる子であった。

九人と時々帰還してくるニイナとで、妾たちはあれやこれやと時にはぶつかり合い、試行錯誤しながらノアを育てていった。

手のかかる子ほど、可愛いものなのだろうか。

きゃっきゃ、きゃっきゃと声をあげて笑うようになった頃には、初めの不満や憤りなど嘘のように、ノアを抱く役目を誰が担うか、それを競い合うようにまでなっていた。


















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