秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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婚約者

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「ユリウス様にその気がないのでしたら、わたしでも構わないのでは?」

シオンは笑顔を崩すことのないまま、じっと俺を見つめてきた。

「いや、お前だって、俺みたいな奴じゃなくて、他に想い人とかいるんじゃないのか?本当は急に婚約とか言われて困ってるんだろ?」

「…想い人ですか?どうでしょう…。正直陛下からお話を頂いた際には困惑しましたが、実際お会いしてみて気が変わりました。」

「…え?変わったって?」

「乗り気ではありませんでしたが、今は陛下に感謝しております。このまま是非婚約して頂けませんか?」

「は?なんで?お前の父親だって、倒れるぐらい嫌なんじゃないのか?」

シオンは一度大きく目を見開くと、また弓形に細めて声を出して笑った。

「父は大層驚かれたのでしょう。わたしとて、驚きを隠すのに必死でしたからね。あのようにノア様に見つめられれば、大概の者は倒れると思いますよ。」

「だから、なんで倒れるんだ?」

「ノア様は自分の価値について理解なされていないようですね。」

「俺の価値…???」

何のことだかさっぱり分からず、首を傾げる。

「…そう言う所がとても好ましく思えます。同じ黒髪でも、とは全く違う。」

あの者、と声に出したとき、シオンの表情は一瞬だけ険しいものになった。

俺と同じ黒髪と言えば、やっぱりマホのことだろうか。

また柔和な笑顔を浮かべているシオンに、何となくマホのことを聞くのは憚れた。

そう言えば、ユリウスは1番に命じられた後、マホに会ったりしたんだろうか。

「ノア様、ユリウス様のことがそんなに気になりますか?妬けてしまうなあ。」

無意識のうちにユリウスのことばかり気にしてしまう俺の手を、シオンが両手で包み込む様にぎゅっと握った。

「は?なに!?」

「今すぐにとは言いません。とりあえず何度かお会いして、少しずつわたしのことも気にかけてもらえれば…。それに、すぐにお断りされては父も落胆してしまいます。」

包み込む力は思いの外強く、どうしていいか分からずに混乱する。

「いや、分かったから、手、手を…」

「良かった。それでは、今すぐでなくとも、でこれからもお会いしていただけるのですね。」

柔和な笑みからは想像もつかない力だ。

「わか、わかったから、離せってば。ユリウス、ユリウス!」

突然大声を出してしまったせいか、見守っていたユリウスが血相を変えて駆け寄って来る。

シオンはそれでも手を離そうとしてくれない。

「シオン、手を離せ。ノア様が嫌がっている。」

ユリウスの低く咎める声が響く。

…ああ、いい声だなあ。

ちょっと怒ったような顔もやっぱり、かっこいい。

「ユリウス様は護衛ですよね。ノア様と今後のことについて話しをしていただけです。つい手を握ってしまいましたが、それだけですよ。いずれするのですから、そのようにお怒りになられては困ります。」

ユリウスの発する雰囲気に飲み込まれることなく、シオンは飄々としている。

少し緩んだ手を振り払い、立ち上がってユリウスの背に身を隠す。

「ノア様、大丈夫ですか?」

肩越しに振り返るユリウスが心配そうに俺を覗き込む。

「うん。少し驚いただけ…。」

こういうときのユリウスはとっても優しい。最近まともに話もしてくれなかったから、なんだか嬉しい。

「…ユリウス、疲れた。帰りたい。もう歩けないかもしれない…。」

これは絶好の機会だ。

大きなその背中にもたれ掛かると、ユリウスがしっかりと抱き止めてくれる。

「また胸が痛いのですか?」

「……ん?あ、ああ、そう。痛い、苦しいなあ…」

シオンもルドルフもいるのに、二人だけで過ごしていた時みたいに、さっとユリウスが抱きかかえてくれる。

ふふふ。いい匂いだな。

いい気持ちでユリウスに抱えられていると、ふとシオンと目が合う。

「ノア様は本当に分かりやすくて、面白い方ですね。」

なんとなく、色々ばれているし、見透かされている気がする。

俺の体調が悪いようだと、ユリウスはシオンとルドルフを置いてそのままその場を立ち去ってくれた。

残された二人をちらっと見遣ると、二人で何やら話しをしているようだが、何の話をしているのかはまったく聞こえなかった。

「…ユリウス。」

「はい。」

「あのさ、」

「はい。」

「俺のことどう思っている?」

「はい?」

ユリウスも同じ気持ちだったらいいのにな。

もしそうじゃなかったら、そうなってもらうためには、どうしたらいいんだろう?

ユリウスはその後何も答えてくれなかった。

因みに、部屋に戻ってから仮病がばれて、父さんや母さん母様たちからしこたま叱られたのは言うまでもない。















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