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婚約者
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兄さんに説得され、何より父さんが煩いので仕方なく顔合わせだけは出向くことにした。
着替えを手伝ってくれた侍女は無口で淡々としており、母様たちにお付きの侍女とどこか雰囲気が似ていた。
俺がここに来てから侍女たちが一掃されたのだと兄さんの中の誰かが言っていた気がする。確か、7番いや、6番か?
いつもよりひらひらとした服は着心地が悪かったが、ユリウスに似合っていると言われて悪い気はしなかった。
出会った頃みたいな距離ができてしまったユリウスの背を追うように、二人とも無言のまま指定された部屋へと向かう。部屋の中にはゆったりと寛ぐ父さんとその傍にルドルフ、小柄なおじさんとその傍に大柄な男が既に待機していた。
この国の宰相だと言う小柄なおじさんは、俺を一目見るなり、あからさまにぎょっとした顔をした。
そうだよな。俺だってこんなひらひらとした服は着たくはなかったよ。こんなひらひらした服を着た見知らぬ王子なんて、息子の婚約者として不満だろ?な?な?
と目で合図を送ってみたが、何故かおじさんは卒倒しそうになり、傍にいた大柄な男に支えられて持ち堪えた。息子の婚約者が俺みたいな相手だと知り、衝撃を受けてしまったようだ。父さんのせいとは言え、悪いことしたな。
だが安心しろ。断りにくいだろうから、父さんには俺の方から上手く話しをしておくぞ。
おじさんを安心させようと微笑みかけたら、ルドルフからは「もうおやめ下さい。」と怖い顔で睨まれた。父さんはくつくつと声に出して笑っているし、何で俺が睨まれなきゃなんないのか意味が分からない。
微笑みを消し、ユリウスを真似てすんとした顔をすると大柄な男と目が合った。身体つきに似合わず柔和な顔をしたその男こそが、俺の婚約者だった。
「まさかわたしの様な者が、この場所に通されるとは、恐縮な限りです。」
そう言って、シオンという男は辺りを見回す。
ここは王族の私的な空間となっている中庭らしい。
らしいと言うのも、俺だって初めてここに来たからだ。
俺の知っている中庭といえば、母さんや母様たちと過ごした後宮の中庭だけだから。
母様たちのように色鮮やかな花々が咲き誇る後宮の中庭とは違い、ここは濃淡の違う紫色の花々が整然と咲き誇る。
「陛下の好きなお色ですね。」
「へえ……そうなんだ。」
向かい合って座るシオンの視線を避ける様に、離れた所に控えるユリウスへと視線を移す。
ユリウスもルドルフも控えているし、きっとどこからか父さんも見ているはずだ。あの小さいおじさんも見ているかもしれない。
「ノア様の瞳も陛下とよく似た薄紫色ですね。」
「ああ、まあ……そうだな。」
二人きりではないのに、なんだか落ち着かない。ちらちらとユリウスに送る視線は絡み合うことはなく、俺の心は折れそうだ。
「…わたしの様な者が相手で不服でしたか?」
真っ直ぐに俺を見つめてくるシオンに首を振る。
「不服とか、そんなんじゃない。ただ俺は婚約できない。父さ、父上には俺からちゃんと話すから…だから、」
「理由をお聞きしても?」
切り揃えられた銀色の髪はさらさらとしている。その柔和そうな見た目と物腰とは裏腹に、投げかけてくる言葉には圧がある。
「……婚約したい者が、他に、いる。」
「お慕いしている相手がいらっしゃるのですね?」
「……ん?あ、ああ、そうなんだ。すまないと思っている。父上が勝手に話しを進めてしまったようで…」
「お相手も、ノア様をお慕いしているのですか?」
その言葉にはっとして顔を上げると、シオンの真っ直ぐに見据える目が、もう一度問い掛けてくる。
『相手も君を慕っているのか?』
ユリウスに側にいて欲しいという想いだけで、婚約者になれと命じた。ユリウスがいないと苦しくて、いてくれれば安心できて…ただそれは全部俺の理由だ。
「…それ、は…」
ユリウスはそもそも、俺のことをどう思っているのだろう。
「どうやら、想いが通じ合っている訳ではないようですね。」
シオンの視線が俺からユリウスへと移り変わる。
「…え、なんで…」
「そんなの、すぐに分かりましたよ。お相手はユリウス団長ですよね。ああ、元、団長ですけど。」
「…なんで、どうして分かったんだ?」
「さっきからユリウス様しか目に入っていないようなので。」
目を弓形に細めてシオンは笑う。
感情の読み取れない貼り付けたような笑みは、父さんのそれと少し似ている。
父さんがシオンを選んだ理由がなんとなくわかった気がした。
着替えを手伝ってくれた侍女は無口で淡々としており、母様たちにお付きの侍女とどこか雰囲気が似ていた。
俺がここに来てから侍女たちが一掃されたのだと兄さんの中の誰かが言っていた気がする。確か、7番いや、6番か?
いつもよりひらひらとした服は着心地が悪かったが、ユリウスに似合っていると言われて悪い気はしなかった。
出会った頃みたいな距離ができてしまったユリウスの背を追うように、二人とも無言のまま指定された部屋へと向かう。部屋の中にはゆったりと寛ぐ父さんとその傍にルドルフ、小柄なおじさんとその傍に大柄な男が既に待機していた。
この国の宰相だと言う小柄なおじさんは、俺を一目見るなり、あからさまにぎょっとした顔をした。
そうだよな。俺だってこんなひらひらとした服は着たくはなかったよ。こんなひらひらした服を着た見知らぬ王子なんて、息子の婚約者として不満だろ?な?な?
と目で合図を送ってみたが、何故かおじさんは卒倒しそうになり、傍にいた大柄な男に支えられて持ち堪えた。息子の婚約者が俺みたいな相手だと知り、衝撃を受けてしまったようだ。父さんのせいとは言え、悪いことしたな。
だが安心しろ。断りにくいだろうから、父さんには俺の方から上手く話しをしておくぞ。
おじさんを安心させようと微笑みかけたら、ルドルフからは「もうおやめ下さい。」と怖い顔で睨まれた。父さんはくつくつと声に出して笑っているし、何で俺が睨まれなきゃなんないのか意味が分からない。
微笑みを消し、ユリウスを真似てすんとした顔をすると大柄な男と目が合った。身体つきに似合わず柔和な顔をしたその男こそが、俺の婚約者だった。
「まさかわたしの様な者が、この場所に通されるとは、恐縮な限りです。」
そう言って、シオンという男は辺りを見回す。
ここは王族の私的な空間となっている中庭らしい。
らしいと言うのも、俺だって初めてここに来たからだ。
俺の知っている中庭といえば、母さんや母様たちと過ごした後宮の中庭だけだから。
母様たちのように色鮮やかな花々が咲き誇る後宮の中庭とは違い、ここは濃淡の違う紫色の花々が整然と咲き誇る。
「陛下の好きなお色ですね。」
「へえ……そうなんだ。」
向かい合って座るシオンの視線を避ける様に、離れた所に控えるユリウスへと視線を移す。
ユリウスもルドルフも控えているし、きっとどこからか父さんも見ているはずだ。あの小さいおじさんも見ているかもしれない。
「ノア様の瞳も陛下とよく似た薄紫色ですね。」
「ああ、まあ……そうだな。」
二人きりではないのに、なんだか落ち着かない。ちらちらとユリウスに送る視線は絡み合うことはなく、俺の心は折れそうだ。
「…わたしの様な者が相手で不服でしたか?」
真っ直ぐに俺を見つめてくるシオンに首を振る。
「不服とか、そんなんじゃない。ただ俺は婚約できない。父さ、父上には俺からちゃんと話すから…だから、」
「理由をお聞きしても?」
切り揃えられた銀色の髪はさらさらとしている。その柔和そうな見た目と物腰とは裏腹に、投げかけてくる言葉には圧がある。
「……婚約したい者が、他に、いる。」
「お慕いしている相手がいらっしゃるのですね?」
「……ん?あ、ああ、そうなんだ。すまないと思っている。父上が勝手に話しを進めてしまったようで…」
「お相手も、ノア様をお慕いしているのですか?」
その言葉にはっとして顔を上げると、シオンの真っ直ぐに見据える目が、もう一度問い掛けてくる。
『相手も君を慕っているのか?』
ユリウスに側にいて欲しいという想いだけで、婚約者になれと命じた。ユリウスがいないと苦しくて、いてくれれば安心できて…ただそれは全部俺の理由だ。
「…それ、は…」
ユリウスはそもそも、俺のことをどう思っているのだろう。
「どうやら、想いが通じ合っている訳ではないようですね。」
シオンの視線が俺からユリウスへと移り変わる。
「…え、なんで…」
「そんなの、すぐに分かりましたよ。お相手はユリウス団長ですよね。ああ、元、団長ですけど。」
「…なんで、どうして分かったんだ?」
「さっきからユリウス様しか目に入っていないようなので。」
目を弓形に細めてシオンは笑う。
感情の読み取れない貼り付けたような笑みは、父さんのそれと少し似ている。
父さんがシオンを選んだ理由がなんとなくわかった気がした。
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