秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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ユリウスの婚約

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未知のフロアへ足を踏み入れようとしたその時、目の前に立ち塞がってきたのは無口なあの侍女たちだ。

両手を広げ、黙ったままそこを動かない。

「ノア!」

後方からは兄さんたちが駆け寄る。

「どいて!お願いだから、行かせてくれ!ユリウスに会いたい!会って話しをしたい!それだけだから!」

侍女たちは黙ったまま首を横に振って、決してその場を離れようとしない。

「なんで!なんでだよ!ならユリウスを呼んでくれ!俺が呼んでるって!早く来いって!お願いだから!」

「ノア、いいから戻れ!ここから先には入れるなと父上から命じられている!」

兄さんたちに取り押さえられるのを何度も振り払って先に進もうとするのに、誰も行かせようとしてくれない。

「離して、離してくれよ!」

少し先には、上下に繋がる階段が見える。

王子たちが住まうフロアから響く騒ぎを聞きつけ、階下ではざわざわと人が集まっているようだ。

「これは、一体何の騒ぎですか。」

低く耳に馴染んだその声に、侍女たちの間から無理矢理に顔を出して覗き込む。

階下から見上げるユリウスの後ろには、不安そうにその背に縋る誰か……

「早くお戻りを!」

侍女の一人が声を上げる。

ユリウスの後ろに見えたのは、マホだ。

見間違えるはずがない。だって、俺と同じ黒髪だ。

マホの黒い瞳と目が合う。

目が合った途端、マホはユリウスのマントをさらに強くぎゅっと握り、俺の目を見返してきた。

すっかり力が抜けてしまった身体を兄さんたちに後ろから羽交締めにされ、抵抗することも忘れてマホと見つめ合う。

ユリウスは縋り付くマホのことを、振り払おうとはしなかった。

これまで見せていたマホに対する態度とは明らかに違っている。

何かを話しかけるマホに、ユリウスが振り返って返事をする。マホは一度首を振って、それから頷くとマントを掴む手をそっと離した。

見上げるマホとまた目が合う。

先程とは違い、黒い瞳は睨む様に俺を見つめていた。




兄さんたちに身体を引きずられながら部屋に連れ戻されると、初めて寝巻きのまま飛び出していたことに気がつく。

がやがやと暫くの間部屋に残っていた兄さんたちが、一人また一人と部屋を出て行き、気がつけば1番と二人だけになっていた。

二人の間に会話はなく、しんとした静寂だけが部屋を包み込んでいる。

「…ノア様、宜しいですか。」

待ち望んでいた声と共に、やっとユリウスが戻ってきてくれた。座り込む1番にも気がついたようだ。

「シュヴァリエ様もいらしたのですね。」

1番はユリウスを振り返ることなく、じっとソファに座り込んで目を伏せている。

寝巻き姿で裸足のままの俺に気がつくと、ユリウスはその足に触れようと一度手を伸ばし、それから思い直したのかその手を引いた。

「…シュヴァリエ様、ノア様の御身足が汚れています。拭いていただけますか。」

「お前がすればいいだろう。」

「わたしはもうノア様に触れることはできません。」

寝台に座り込み、裸足のままの足をユリウスに向かって差し出すと、ユリウスは明らかに困惑の表情を浮かべた。

「ユリウス遅かったな。いいから早く拭いてくれ。」

平静を装っていたつもりなのに、自分でも声が震えているのが分かった。

「…ノア様、わたしは今日ここにお別れの挨拶に来たのです。」

「何言ってるんだ。婚約のこと聞いたぞ。父さんに無理矢理命じられたんだろう。俺がちゃんと断っておくから、だから、」

「いいえ、受け入れたのはわたしです。騎士も辞めて生家に帰ります。それから婚姻する予定です。」

俺を見つめたまま、淡々と話すその内容に1番も顔を上げた。

「…そんな、嘘だろ。お前あんなにマホのこと嫌がっていたじゃないか。それに俺との婚約を断っておいて、なんで、なんで、あいつなんだ。」

震える声で尋ねても、それに答えようとはしてくれない。

「…ノア様。わたしの役目は終わりました。これからはシオンがお守りしてくださいます。成人の儀を見届け出来ないことは悔やまれますが、どうかお幸せに。」

「…な、なんで、そ、んな、急に…」

ユリウスは俺の足元に跪き、少しだけ微笑むと、膝上に沢山の飴玉を乗せてくれた。

「ノア様の護衛でいられて光栄でした。…約束を守れず、申し訳ありません。どうか、お元気で健やかにお過ごしください。」

それだけを言うと、すっと立ち上がり扉へと向かう。

「父上からの命だとしても、結局お前はマホを選んだのか。夜遊びを注意するよう命じはしたが、婚約しろとまでは言っていない。」

1番がきつく叱責するように言葉を投げつけても、ユリウスが動じる様子はない。

「注意はしました。このまま夜な夜な出歩くようでは婚約は出来ないと。はもうしないと話しています。」

「はっ、わたしが話しても頑なに聞き入れようとしなかったのに、やはりお前の言葉だけは受け入れるのだな。」

「…シュヴァリエ様、ノア様のことよろしくお願い致します。」

皮肉げに笑う1番をそのままに扉の前で一礼すると、ユリウスは振り返ることなく部屋を出て行った。

ばたんと言う音にはっとして立ち上がる。

裸足のままの足元には、ユリウスがくれた最後の飴玉がぼとぼとと転がり落ちた。

ユリウスを引き止めることも、その真意を尋ねることも、俺は結局何一つできなかった。




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