92 / 102
ユリウスの呼ぶ名
90
しおりを挟む
ユリウスが行ってしまい、王宮へ戻ろうとしたが、父さんから暫くはそのまま後宮にいるよう命じられた。
不服そうな母様達を他所に、狼も解放してしまったせいで、後宮内は何事もなかったみたいに平和だ。
後宮内の穏やかさとは打って変わり、王宮の方では次から次に問題が生じて、ルドルフ達騎士が日々奮闘しているようだ。
マホを襲った騎士の裏には、数人の貴族が絡んでおり、それぞれが家格の高い家の者たちだった。
マホに心酔して行動を起こした騎士とは違い、黒幕の貴族たちにはもっと他の胸糞悪い思惑があったようだ。
貴族達の家の地下からは、他にも拘束された人々が見つかり、禁じられた人身売買を行なっていた彼等は芋蔓式に捕らえられた。
ルドルフは言葉を濁していたが、地下の有様は相当酷いもののようで、単に人身売買をしていただけとは言えないようだ。
今まで見過ごされてきたこの事態に、父さんは酷く憤り、これを機に全てを一網打尽にする勢いで調査が進められているらしい。
関わっていた他国の中には、母様たちの祖国も含まれていた。
「…あんな国、滅んでしまえばいいんだわ。」
七妃が自嘲ぎみに呟くと、
「…同感だわ。」
眼鏡を外した八妃が天を仰いでそう呟いた。
彼女たちにも、何か計り知れない過去があるのかもしれない。
他の母様たちに寄り添われ、いつも冷静な二人が声を押し殺して泣く姿を見ていると、複雑な気持ちが込み上げた。
何もすることのないまま、淡々と日々が過ぎて行くある日、久しぶりに父さんが尋ねて来た。
「久しぶりだな、ノア。」
「…ん。そっちは、落ち着いたのか?」
それには答えず、どかっと長椅子に腰を下ろし、目を閉じたまま暫くの間微動だにしない。
「…疲れてるのか?」
「…いや。ただ、ここは落ち着くな。」
否定はしたが、相当疲弊しているのだろう。目の下には薄らと黒くくまが浮かび上がっている。
「それで、今日は何の話しだ?また婚約云々の話しか?それとも…」
「婚約の相手については、これからまたじっくりと検討する。ルドルフから聞いていると思うが、お前のおかげであの者は命拾いしたな。」
あの者、とはユリウスのことなのか、それとも。
「ああして尊厳を保っていられるのはお前のおかげだ。地下に囚われていた者達の姿を見て、愕然としていたな。」
父さんが話しているのは、どうやらマホのことのようだ。
「違法な薬物も見つかった。あのまま捕らえられていたら、薬漬けにされ、尊厳なく痛ぶられ続け、使い物にならなくなった所で他国に売られたのだろうな。」
口調は淡々としているが、その言葉に俺の背筋はぞっとした。
マホは実際にそうされた人々の姿を見せられたのだ。
「他人事ではない。お前を目にしたあの騎士は今どうしていると思う?」
あの時はユリウスを助けることに夢中で、他のことはあまり覚えていない。
「聖女どころか、女神が降臨したと、薬物のせいもあるが、お前のことを狂ったようにずっと囁き続けている。お前のことが公になっていれば、お前自身がああなる可能性が大きかったのだ。わかるな、ノア。」
……。
「あの晩、城内でも城外でもお前の姿を目にした者は多い。狼に乗った女神の話しが隣国まで届いているそうだ。」
……。
「城内の者達には箝口令をしいているが、噂の拡散を止めることは無理だ。関わっていた全ての者たちを処分しても、今後さらにお前を狙おうとする者たちが現れてもおかしくない。…わかるな、ノア?」
……。
父さんの言葉に、何の返答もできなかった。完治していないながらも、ユリウスは騎士団に戻り、共に調査を続けているらしい。
ユリウスのことは、いい加減もう諦めろと、そう言い残して父さんは部屋を出て行った。
黒髪で子を成せると言う理由だけで、誰かしらに狙われて、常に何かに怯えて、この城の中で誰かに守られて生きるだけが、俺の全てなんだろうか。
ユリウスを助けるために、今後父さんの命に従うことを約束してしまった今、本当の意味でここから身動きが取れなくなってしまった。
『ノア様の気持ちが変わらないままでいるのなら、お待ち頂けますか?』
『全てが片付いたとき、お迎えに上がります。』
俺の気持ちが変わることはない。
これだけは確信できる。
ユリウスは別れを告げず、確かに迎えに来ると、そう言ってくれた。
父さんのこと、マホのこと、俺自身が抱えるもの、ユリウスは一体何をどうするつもりなんだろう。
『ノア…』
ユリウスは俺の名を呼んでいた…
待つことは得意だ。
いつになるか分からないと言っていたけど、ユリウスが迎えに来てくれると言うなら、待ち続けることは苦じゃない。
迎えに来てくれた後、どうなるのかなんて分からない。でも、ユリウスの手を取って、ここじゃないどこかへ連れ出されることを夢見るくらい、いいじゃないか。
ノア様と呼ぶユリウスの声を、頭の中で何度も反芻すると、立ち上がって重い扉の前まで向かう。
ぐっと力をこめると、その扉は静かに開き始めた。
俺は俺の、今すべきことをするだけだ。
不服そうな母様達を他所に、狼も解放してしまったせいで、後宮内は何事もなかったみたいに平和だ。
後宮内の穏やかさとは打って変わり、王宮の方では次から次に問題が生じて、ルドルフ達騎士が日々奮闘しているようだ。
マホを襲った騎士の裏には、数人の貴族が絡んでおり、それぞれが家格の高い家の者たちだった。
マホに心酔して行動を起こした騎士とは違い、黒幕の貴族たちにはもっと他の胸糞悪い思惑があったようだ。
貴族達の家の地下からは、他にも拘束された人々が見つかり、禁じられた人身売買を行なっていた彼等は芋蔓式に捕らえられた。
ルドルフは言葉を濁していたが、地下の有様は相当酷いもののようで、単に人身売買をしていただけとは言えないようだ。
今まで見過ごされてきたこの事態に、父さんは酷く憤り、これを機に全てを一網打尽にする勢いで調査が進められているらしい。
関わっていた他国の中には、母様たちの祖国も含まれていた。
「…あんな国、滅んでしまえばいいんだわ。」
七妃が自嘲ぎみに呟くと、
「…同感だわ。」
眼鏡を外した八妃が天を仰いでそう呟いた。
彼女たちにも、何か計り知れない過去があるのかもしれない。
他の母様たちに寄り添われ、いつも冷静な二人が声を押し殺して泣く姿を見ていると、複雑な気持ちが込み上げた。
何もすることのないまま、淡々と日々が過ぎて行くある日、久しぶりに父さんが尋ねて来た。
「久しぶりだな、ノア。」
「…ん。そっちは、落ち着いたのか?」
それには答えず、どかっと長椅子に腰を下ろし、目を閉じたまま暫くの間微動だにしない。
「…疲れてるのか?」
「…いや。ただ、ここは落ち着くな。」
否定はしたが、相当疲弊しているのだろう。目の下には薄らと黒くくまが浮かび上がっている。
「それで、今日は何の話しだ?また婚約云々の話しか?それとも…」
「婚約の相手については、これからまたじっくりと検討する。ルドルフから聞いていると思うが、お前のおかげであの者は命拾いしたな。」
あの者、とはユリウスのことなのか、それとも。
「ああして尊厳を保っていられるのはお前のおかげだ。地下に囚われていた者達の姿を見て、愕然としていたな。」
父さんが話しているのは、どうやらマホのことのようだ。
「違法な薬物も見つかった。あのまま捕らえられていたら、薬漬けにされ、尊厳なく痛ぶられ続け、使い物にならなくなった所で他国に売られたのだろうな。」
口調は淡々としているが、その言葉に俺の背筋はぞっとした。
マホは実際にそうされた人々の姿を見せられたのだ。
「他人事ではない。お前を目にしたあの騎士は今どうしていると思う?」
あの時はユリウスを助けることに夢中で、他のことはあまり覚えていない。
「聖女どころか、女神が降臨したと、薬物のせいもあるが、お前のことを狂ったようにずっと囁き続けている。お前のことが公になっていれば、お前自身がああなる可能性が大きかったのだ。わかるな、ノア。」
……。
「あの晩、城内でも城外でもお前の姿を目にした者は多い。狼に乗った女神の話しが隣国まで届いているそうだ。」
……。
「城内の者達には箝口令をしいているが、噂の拡散を止めることは無理だ。関わっていた全ての者たちを処分しても、今後さらにお前を狙おうとする者たちが現れてもおかしくない。…わかるな、ノア?」
……。
父さんの言葉に、何の返答もできなかった。完治していないながらも、ユリウスは騎士団に戻り、共に調査を続けているらしい。
ユリウスのことは、いい加減もう諦めろと、そう言い残して父さんは部屋を出て行った。
黒髪で子を成せると言う理由だけで、誰かしらに狙われて、常に何かに怯えて、この城の中で誰かに守られて生きるだけが、俺の全てなんだろうか。
ユリウスを助けるために、今後父さんの命に従うことを約束してしまった今、本当の意味でここから身動きが取れなくなってしまった。
『ノア様の気持ちが変わらないままでいるのなら、お待ち頂けますか?』
『全てが片付いたとき、お迎えに上がります。』
俺の気持ちが変わることはない。
これだけは確信できる。
ユリウスは別れを告げず、確かに迎えに来ると、そう言ってくれた。
父さんのこと、マホのこと、俺自身が抱えるもの、ユリウスは一体何をどうするつもりなんだろう。
『ノア…』
ユリウスは俺の名を呼んでいた…
待つことは得意だ。
いつになるか分からないと言っていたけど、ユリウスが迎えに来てくれると言うなら、待ち続けることは苦じゃない。
迎えに来てくれた後、どうなるのかなんて分からない。でも、ユリウスの手を取って、ここじゃないどこかへ連れ出されることを夢見るくらい、いいじゃないか。
ノア様と呼ぶユリウスの声を、頭の中で何度も反芻すると、立ち上がって重い扉の前まで向かう。
ぐっと力をこめると、その扉は静かに開き始めた。
俺は俺の、今すべきことをするだけだ。
208
あなたにおすすめの小説
ギャルゲー主人公に狙われてます
一寸光陰
BL
前世の記憶がある秋人は、ここが前世に遊んでいたギャルゲームの世界だと気づく。
自分の役割は主人公の親友ポジ
ゲームファンの自分には特等席だと大喜びするが、、、
【完結】僕はキミ専属の魔力付与能力者
みやこ嬢
BL
【2025/01/24 完結、ファンタジーBL】
リアンはウラガヌス伯爵家の養い子。魔力がないという理由で貴族教育を受けさせてもらえないまま18の成人を迎えた。伯爵家の兄妹に良いように使われてきたリアンにとって唯一安らげる場所は月に数度訪れる孤児院だけ。その孤児院でたまに会う友人『サイ』と一緒に子どもたちと遊んでいる間は嫌なことを全て忘れられた。
ある日、リアンに魔力付与能力があることが判明する。能力を見抜いた魔法省職員ドロテアがウラガヌス伯爵家にリアンの今後について話に行くが、何故か軟禁されてしまう。ウラガヌス伯爵はリアンの能力を利用して高位貴族に娘を嫁がせようと画策していた。
そして見合いの日、リアンは初めて孤児院以外の場所で友人『サイ』に出会う。彼はレイディエーレ侯爵家の跡取り息子サイラスだったのだ。明らかな身分の違いや彼を騙す片棒を担いだ負い目からサイラスを拒絶してしまうリアン。
「君とは対等な友人だと思っていた」
素直になれない魔力付与能力者リアンと、無自覚なままリアンをそばに置こうとするサイラス。両片想い状態の二人が様々な障害を乗り越えて幸せを掴むまでの物語です。
【独占欲強め侯爵家跡取り×ワケあり魔力付与能力者】
* * *
2024/11/15 一瞬ホトラン入ってました。感謝!
裏乙女ゲー?モブですよね? いいえ主人公です。
みーやん
BL
何日の時をこのソファーと過ごしただろう。
愛してやまない我が妹に頼まれた乙女ゲーの攻略は終わりを迎えようとしていた。
「私の青春学園生活⭐︎星蒼山学園」というこのタイトルの通り、女の子の主人公が学園生活を送りながら攻略対象に擦り寄り青春という名の恋愛を繰り広げるゲームだ。ちなみに女子生徒は全校生徒約900人のうち主人公1人というハーレム設定である。
あと1ヶ月後に30歳の誕生日を迎える俺には厳しすぎるゲームではあるが可愛い妹の為、精神と睡眠を削りながらやっとの思いで最後の攻略対象を攻略し見事クリアした。
最後のエンドロールまで見た後に
「裏乙女ゲームを開始しますか?」
という文字が出てきたと思ったら目の視界がだんだんと狭まってくる感覚に襲われた。
あ。俺3日寝てなかったんだ…
そんなことにふと気がついた時には視界は完全に奪われていた。
次に目が覚めると目の前には見覚えのあるゲームならではのウィンドウ。
「星蒼山学園へようこそ!攻略対象を攻略し青春を掴み取ろう!」
何度見たかわからないほど見たこの文字。そして気づく現実味のある体感。そこは3日徹夜してクリアしたゲームの世界でした。
え?意味わかんないけどとりあえず俺はもちろんモブだよね?
これはモブだと勘違いしている男が実は主人公だと気付かないまま学園生活を送る話です。
運悪く放課後に屯してる不良たちと一緒に転移に巻き込まれた俺、到底馴染めそうにないのでソロで無双する事に決めました。~なのに何故かついて来る…
こまの ととと
BL
『申し訳ございませんが、皆様には今からこちらへと来て頂きます。強制となってしまった事、改めて非礼申し上げます』
ある日、教室中に響いた声だ。
……この言い方には語弊があった。
正確には、頭の中に響いた声だ。何故なら、耳から聞こえて来た感覚は無く、直接頭を揺らされたという感覚に襲われたからだ。
テレパシーというものが実際にあったなら、確かにこういうものなのかも知れない。
問題はいくつかあるが、最大の問題は……俺はただその教室近くの廊下を歩いていただけという事だ。
*当作品はカクヨム様でも掲載しております。
災厄の魔導士と呼ばれた男は、転生後静かに暮らしたいので失業勇者を紐にしている場合ではない!
椿谷あずる
BL
かつて“災厄の魔導士”と呼ばれ恐れられたゼルファス・クロードは、転生後、平穏に暮らすことだけを望んでいた。
ある日、夜の森で倒れている銀髪の勇者、リアン・アルディナを見つける。かつて自分にとどめを刺した相手だが、今は仲間から見限られ孤独だった。
平穏を乱されたくないゼルファスだったが、森に現れた魔物の襲撃により、仕方なく勇者を連れ帰ることに。
天然でのんびりした勇者と、達観し皮肉屋の魔導士。
「……いや、回復したら帰れよ」「えーっ」
平穏には程遠い、なんかゆるっとした日常のおはなし。
BLゲームの世界でモブになったが、主人公とキャラのイベントがおきないバグに見舞われている
青緑三月
BL
主人公は、BLが好きな腐男子
ただ自分は、関わらずに見ているのが好きなだけ
そんな主人公が、BLゲームの世界で
モブになり主人公とキャラのイベントが起こるのを
楽しみにしていた。
だが攻略キャラはいるのに、かんじんの主人公があらわれない……
そんな中、主人公があらわれるのを、まちながら日々を送っているはなし
BL要素は、軽めです。
【完結】悪役に転生したので、皇太子を推して生き延びる
ざっしゅ
BL
気づけば、男の婚約者がいる悪役として転生してしまったソウタ。
この小説は、主人公である皇太子ルースが、悪役たちの陰謀によって記憶を失い、最終的に復讐を遂げるという残酷な物語だった。ソウタは、自分の命を守るため、原作の悪役としての行動を改め、記憶を失ったルースを友人として大切にする。
ソウタの献身的な行動は周囲に「ルースへの深い愛」だと噂され、ルース自身もその噂に満更でもない様子を見せ始める。
王子様から逃げられない!
一寸光陰
BL
目を覚ますとBLゲームの主人公になっていた恭弥。この世界が受け入れられず、何とかして元の世界に戻りたいと考えるようになる。ゲームをクリアすれば元の世界に戻れるのでは…?そう思い立つが、思わぬ障壁が立ち塞がる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる