秘匿された第十王子は悪態をつく

なこ

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ユリウスの呼ぶ名

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ユリウスが行ってしまい、王宮へ戻ろうとしたが、父さんから暫くはそのまま後宮にいるよう命じられた。

不服そうな母様達を他所に、狼も解放してしまったせいで、後宮内は何事もなかったみたいに平和だ。

後宮内の穏やかさとは打って変わり、王宮の方では次から次に問題が生じて、ルドルフ達騎士が日々奮闘しているようだ。

マホを襲った騎士の裏には、数人の貴族が絡んでおり、それぞれが家格の高い家の者たちだった。

マホに心酔して行動を起こした騎士とは違い、黒幕の貴族たちにはもっと他の胸糞悪い思惑があったようだ。

貴族達の家の地下からは、他にも拘束された人々が見つかり、禁じられた人身売買を行なっていた彼等は芋蔓式に捕らえられた。

ルドルフは言葉を濁していたが、地下の有様は相当酷いもののようで、単に人身売買をしていただけとは言えないようだ。

今まで見過ごされてきたこの事態に、父さんは酷く憤り、これを機に全てを一網打尽にする勢いで調査が進められているらしい。

関わっていた他国の中には、母様たちの祖国も含まれていた。

「…あんな国、滅んでしまえばいいんだわ。」

七妃が自嘲ぎみに呟くと、

「…同感だわ。」

眼鏡を外した八妃が天を仰いでそう呟いた。

彼女たちにも、何か計り知れない過去があるのかもしれない。

他の母様たちに寄り添われ、いつも冷静な二人が声を押し殺して泣く姿を見ていると、複雑な気持ちが込み上げた。




何もすることのないまま、淡々と日々が過ぎて行くある日、久しぶりに父さんが尋ねて来た。

「久しぶりだな、ノア。」

「…ん。そっちは、落ち着いたのか?」

それには答えず、どかっと長椅子に腰を下ろし、目を閉じたまま暫くの間微動だにしない。

「…疲れてるのか?」

「…いや。ただ、ここは落ち着くな。」

否定はしたが、相当疲弊しているのだろう。目の下には薄らと黒くくまが浮かび上がっている。

「それで、今日は何の話しだ?また婚約云々の話しか?それとも…」

「婚約の相手については、これからまたじっくりと検討する。ルドルフから聞いていると思うが、お前のおかげであの者は命拾いしたな。」

あの者、とはユリウスのことなのか、それとも。

「ああして尊厳を保っていられるのはお前のおかげだ。地下に囚われていた者達の姿を見て、愕然としていたな。」

父さんが話しているのは、どうやらマホのことのようだ。

「違法な薬物も見つかった。あのまま捕らえられていたら、薬漬けにされ、尊厳なく痛ぶられ続け、使い物にならなくなった所で他国に売られたのだろうな。」

口調は淡々としているが、その言葉に俺の背筋はぞっとした。

マホは実際にそうされた人々の姿を見せられたのだ。

「他人事ではない。お前を目にしたあの騎士は今どうしていると思う?」

あの時はユリウスを助けることに夢中で、他のことはあまり覚えていない。

「聖女どころか、女神が降臨したと、薬物のせいもあるが、お前のことを狂ったようにずっと囁き続けている。お前のことが公になっていれば、お前自身がああなる可能性が大きかったのだ。わかるな、ノア。」

……。

「あの晩、城内でも城外でもお前の姿を目にした者は多い。狼に乗った女神の話しが隣国まで届いているそうだ。」

……。

「城内の者達には箝口令をしいているが、噂の拡散を止めることは無理だ。関わっていた全ての者たちを処分しても、今後さらにお前を狙おうとする者たちが現れてもおかしくない。…わかるな、ノア?」

……。

父さんの言葉に、何の返答もできなかった。完治していないながらも、ユリウスは騎士団に戻り、共に調査を続けているらしい。

ユリウスのことは、いい加減もう諦めろと、そう言い残して父さんは部屋を出て行った。




黒髪で子を成せると言う理由だけで、誰かしらに狙われて、常に何かに怯えて、この城の中で誰かに守られて生きるだけが、俺の全てなんだろうか。

ユリウスを助けるために、今後父さんの命に従うことを約束してしまった今、本当の意味でここから身動きが取れなくなってしまった。



『ノア様の気持ちが変わらないままでいるのなら、お待ち頂けますか?』

『全てが片付いたとき、お迎えに上がります。』


俺の気持ちが変わることはない。

これだけは確信できる。

ユリウスは別れを告げず、確かに迎えに来ると、そう言ってくれた。

父さんのこと、マホのこと、俺自身が抱えるもの、ユリウスは一体何をどうするつもりなんだろう。


『ノア…』


ユリウスは俺の名を呼んでいた…

待つことは得意だ。

いつになるか分からないと言っていたけど、ユリウスが迎えに来てくれると言うなら、待ち続けることは苦じゃない。

迎えに来てくれた後、どうなるのかなんて分からない。でも、ユリウスの手を取って、ここじゃないどこかへ連れ出されることを夢見るくらい、いいじゃないか。

ノア様と呼ぶユリウスの声を、頭の中で何度も反芻すると、立ち上がって重い扉の前まで向かう。

ぐっと力をこめると、その扉は静かに開き始めた。

俺は俺の、今すべきことをするだけだ。





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