光と影

ロキ

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第十五話「新たな光」

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2025年3月7日、午前9時。
聖マリア病院造血幹細胞移植センター・クリーンルーム。
移植後14日目の朝を、淡い陽光が優しく照らしていた。
「美咲さん、おはようございます」
村井医師が、完全防護服に身を包んで入室してくる。
「今朝の採血結果が出ました」
美咲は、やや色づき始めた頬で微笑む。
「先生、なんだか表情が違いますね」
「ええ、良い兆しが見えてきました」
医師はタブレットを手に詳細なデータを示す。
「移植後14日目 詳細検査データ:
血液検査(9時採血)
• 白血球:480/μL(前日比+150)
• 好中球:50/μL(初検出)
• リンパ球:180/μL…」
データを読み上げる医師の声に、確かな期待が混じっている。
「好中球が検出されたのよ」
防護服姿の真理子が、娘の手を握る。
「お姉ちゃんの細胞が、あなたの中で目覚め始めたってことなの」
「ママ…」
美咲の目に涙が浮かぶ。
村井医師は続ける。
「免疫系のデータも良好です。
キメリズム解析でドナー型が90%。これは予想以上の数値です」
「キメリズムって?」
美咲が首を傾げる。
「簡単に言えば、麗子さんの造血幹細胞がどれだけ定着しているかを示す指標です。90%という数値は、とても良好な結果を示しています」
その時、クリーンルームの通信モニターが点滅する。
麗子からのビデオ通話だった。
「美咲、今朝の検査結果、聞いたわ」
画面越しの姉の声が、明るく響く。
「私の細胞、しっかり働いているみたいね」
「お姉ちゃん…」
美咲は画面に手を伸ばす。
「ありがとう」

午前10時、クリーンルーム。
モニター画面には、「Lumière」本社アトリエからの映像が映し出されている。
「見て、美咲」
麗子がカメラの向きを変える。
純白のドレスが、朝日に輝いていた。
「White Dress “Innocence” の詳細:
• シルクシフォンの重なり:15層
• スワロフスキー配置:3000個
・胸元V字ライン:1200個
・背面ウェーブ:1000個
・裾グラデーション:800個
• 手縫いビーズ刺繍:200時間」
美咲は画面に見入りながら、
「まるで天使の羽みたい…」
と、か細い声で呟く。
「このドレスね、あなたの白血球と同じなの」
麗子の声が優しく続く。
「日に日に、強くなっていく。そして、新しい命を守っていく」
「お姉ちゃん…」
「バイタルに変動があります」
看護師の森田が声をかける。
「感動は程々にね」
村井医師が微笑みながら介入する。
「現在の数値を確認しましょう:
バイタルサイン(10時)
• 体温:36.9℃(+0.1)
• 血圧:118/74mmHg
• 脈拍:82/分(+4)
• SpO2:98%
口腔内所見
• 粘膜炎:Grade 1
• 疼痛スケール:3/10
• 水分摂取:可能」
「先生」
美咲が静かに問いかける。
「いつになったら、お姉ちゃんのドレスを実際に見に行けますか?」
「まずは生着を確認しましょう」
医師は優しく答える。
「好中球が500/μL以上を3日間維持できれば…」
「あと何日?」
麗子の声が画面越しに響く。
「このペースでいけば、あと4-5日でしょうか」
医師は検査データを見直しながら続ける。
「ただし、GVHDのリスクもあるので、免疫抑制剤の調整は慎重に」
「じゃあ美咲」
麗子が明るく声をかける。
「次は Grey Dress を見せるわ。こっちはね…」

午前11時、クリーンルーム。
モニター画面には、次のドレスが映し出されていた。
「Grey Dress “Transition” よ」
麗子がカメラをゆっくりとパンさせる。
「このグラデーションは、夜明け前の空をイメージしたの」
「詳細仕様:
• 特殊加工シルク使用
• グラデーション:9段階
・純白から深灰色まで
・一段階ごとに手染め
• プリーツ加工:立体構造
・サンバースト:上部
・アコーディオン:裾部
• 制作時間:320時間」
「まるで…」
美咲が画面に見入る。
「私の血液検査の数値みたい。少しずつ、変化していく…」
その時、村井医師が新しい検査結果を持って入室してきた。
「11時の検査結果です:
血液検査
• 白血球:510/μL(+30)
• 好中球:80/μL(+30)
• 血小板:3.2×10⁴/μL
• CRP:1.6mg/dL(改善継続)」
「先生!」
真理子が声を上げる。
「白血球が500を超えました」
「はい、ただし」
医師は慎重に続ける。
「生着の判定には、好中球が500/μL以上を3日間維持する必要があります。まだ道半ばですね」
「でも、確実に前に進んでいるのね」
画面越しの麗子の声が響く。
「ええ」
医師は頷きながらデータを追加する。
「免疫抑制管理も順調です:
• タクロリムス血中濃度:11.5ng/mL
• GVHD予防プロトコル:予定通り
• 感染症マーカー:全て陰性」
「美咲」
麗子が妹に語りかける。
「このドレスのグラデーションは、9段階あるの。今のあなたは、ちょうど4段階目。まだまだ、上に向かって行けるわ」
美咲は小さく頷き、
「お姉ちゃんの細胞と一緒に…」
と微笑んだ。
「次は Navy Dress よ」
麗子が新しいドレスに向かって歩き始める。
「これはね…」

正午、クリーンルーム。
美咲は昼食前の検査を終えたところだった。
「Navy Dress “Depth” の完成が近づいているの」
麗子がアトリエから、深い青のドレスをカメラに収める。
「完成予定:95%
詳細仕様:
• メイン素材:フランス製シルクサテン
・特殊加工:深海をイメージした光沢
・色調:7層の青のグラデーション
• レース:ベルギー製手編み
・制作時間:180時間
・模様:波紋モチーフ
• 装飾:
・クリスタル:4000個
・配置:渦巻状
・色調:サファイアブルー~ミッドナイトブルー」
「綺麗…」
美咲がモニターに見入る中、新しい検査結果が届く。
「12時の検査データです」
村井医師が報告を始める。
「血液検査:
• 白血球:580/μL(+70)
• 好中球:120/μL(+40)
• リンパ球:220/μL
• 血小板:3.4×10⁴/μL
• Hb:9.0g/dL」
「白血球、さらに上がってる!」
真理子が喜びの声を上げる。
「美咲」
麗子の声が画面から響く。
「このドレスの青は、深くなるほど輝きを増すの。あなたの血液検査と同じように」
「お姉ちゃん…」
美咲の目に涙が光る。
「涙は程々に」
村井医師が優しく制する。
「感染予防のため、まだまだ注意が必要です」
「現在の治療状況:
• 免疫抑制:継続
• 抗生剤:メロペネム 1g×2/日
• 抗真菌薬:ミカファンギン 50mg/日
• 支持療法:G-CSF 300μg/日」
「でも先生」
美咲が問いかける。
「口内炎、随分良くなりました」
「そうですね。口腔内所見も改善傾向:
• 粘膜炎:Grade 1→0
• 疼痛:2/10
• 食事摂取:流動食可能」
「最後は Black Dress “Rebirth”」
麗子が新しい映像を映し出そうとする。
「これこそが…」

午後1時、クリーンルーム。
陽光が最も強く差し込む時間帯、最後のドレスが画面に映し出された。
「Black Dress “Rebirth”」
麗子の声に、特別な響きが混じる。
「最終仕様:
• 特殊加工シルク(光沢度200%)
・表地:9枚パネル構造
・裏地:キュプラ100%
• 装飾:
・クリスタル:5000個
(ジェットブラック:2000個
ブラックダイヤモンド:2000個
メタリックシルバー:1000個)
• 背面デザイン:
・V字ラインの立体構造
・光の反射角度:60度
• 制作時間:計440時間」
「13時の検査データが出ました」
村井医師が新しい数値を告げる。
「血液検査:
• 白血球:620/μL(+40)
• 好中球:150/μL(+30)
• リンパ球:240/μL
• 血小板:3.5×10⁴/μL
• Hb:9.2g/dL
免疫系データ:
• キメリズム解析:ドナー型95%
• CD34陽性細胞:1.5%」
「このペースなら」
医師が穏やかな表情で続ける。
「48時間以内に、好中球500/μL到達も視野に入ってきました」
「美咲」
麗子が画面越しに妹を見つめる。
「このドレスは、闇から光への変化を表現したの。背中のVラインは、まるで羽が生えるような…」
「再生の象徴ね」
真理子が静かに言う。
「お姉ちゃんの細胞が」
美咲の声が少し震える。
「私の中で、新しい命として生まれ変わろうとしているのね」
「ええ」
麗子が頷く。
「White, Grey, Navy, そして Black。
4つのドレスは、私たちの物語そのもの」
「Quatre…4つの魂が」
美咲が続ける。
「一つになって」
その時、看護師の森田が入室してくる。
「14時の採血の準備です」
「さあ、また新しい数値を待ちましょう」
村井医師が微笑む。
「生着という、新たな夜明けに向かって」
窓の外では、春の陽光が煌めいていた。
その光は、姉妹の新しい物語の始まりを
優しく照らしているかのようだった。
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