五周目の王女様

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13.不仲なふたり

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 陛下婚約者に冷たくされたパーティーの後で下着姿の王女が裏庭にいたら、貴族たちはどう思うかしら。
 閉められたばかりの窓を見ながら考える。
 澄んだ夜空には星がきらめき、パーティー会場からの音楽と、ざわざわとした人々の気配。と、肌を露出した寒々しい私。

 王女は暑かったのだろう。 ―――いや、もう冬よ。
 どなたかと服を破り合う喧嘩でもされたんじゃないかしら。 ―――誰と?
 放置の末にとうとう気でも触れたのか?  ―――これはアリね。 

「まぁ、一番はやけを起こして男遊びの末に逃げたとか逃げられたとかよ」
 下着姿で追いかけたと尾ひれまで想像できる。
「そうだろうな」
「!?」

 ヒュッと肝が冷えるのと、身体が温かくなったのは同時だった。
 振り向くと、私にマントをかけるレオポルドが立っている。
「陛下!」
「寒いだろう。単なる嫌がらせでも災難だな……ひとまず帰ろう。そんな姿は誰にも見せられない」
 マントを頭から被らせて、私をすっぽりと隠してくれた。
「わ」
「一応具合が悪そうにしてくれ」
 王女様抱っこで運んでくれるらしい。ほぼ荷物のように黒いマントで包まれる。
 内側から指で少しだけ空気を取り入れる隙間を作ると、目が合った。
「お手数をおかけします。戻られたのではなかったのですか?」
「戻る訳ないだろう」
 また彼の目線は前に戻って、私からは顎の裏と首しか見えない。
 いたたまれなくて奇妙な状況なのに、放置されている(はずの)婚約者に運ばれて安堵していた。
 それはきっと、あったかいから。
 包まれたマントの匂いがトーマス様を思い出させたから。
 トーマス様はよく私を撫でてそのまま腕の下に置いたので、不思議と五感で覚えていた。やっぱり、同じ人なんだわ。
「ジゼル、もう少し身体の力を抜いていい」
「ですが」
 重そうだし。
「重たくない」
 考えていることが筒抜けでびっくりすると、それも含めて可笑しそうにマント越しの胸が揺れる。
「どうして?」
「そりゃ、わかるさ。手に取るように」
 また目が合ったその顔は、何か言いたげにも見える。
 つまりそれ以上は言えないということなのかしら?
「察しの良い方なのですね」
「いや、悪いな。よく怒られた」
 また可笑しそうにそう言った後で、静かに、と小声になる。

「どなたかいらっしゃいますか?」
 別の誰かの声がして、レオポルドの喉が動くのが見えた。
「どうした」
「あっ、これは失礼いたしました! 陛下がいらっしゃるとは……不審恰好の者が迷い込んでいると通報があって見回りに参りました」
「誰もいなかったぞ」
「は」

 やや沈黙が落ちた。

「ああ、これはパーティに忍び込ませていた者だ。少し具合を悪くした」
「は、かしこまりました! あの、良ければ私が医務室にお連れいたしましょうか」
「問題ない。草の顔を見せると思うか。わきまえろ。去れ」
「申し訳ございません!!」
「おい」
「はっ」
「今の話は他言無用だ。わかってるな?」
「もちろんでございます!!」

 足音が小さくなっていく。
「なんだか気の毒ですわ。せっかくの親切が」
「物事には優先順位がある」

 さっきとは別の迎賓館に戻るガラス扉を開けて中を窺い、足音を立てず部屋に入るとさらに奥の扉を開ける。勝手知ったる様子だ。首を起こして見ると、それは掃除用具入れだった。私の膝裏を通っていたレオポルドの右手が伸びて、掃除用具入れの奥の壁についた木の板をゴソゴソしている。
「降りましょうか? お邪魔でしょう」
「いや、もう開いた」
 目線の先には、横にズレた木板と、先へと続く空間が開けていた。


 ****

「あの、もう歩きます」
「ついでだから、いい。足場も悪い」
 なんのついで?

 掃除用具入れの先に進んで以降は、誰もいない狭い道を上っているようだった。時々火が入ったランプと、壁の石組から漏れ入って来る外の灯りがある。
「陛下」
「レオで良い」
「レオですか」
「そう。二人きりの時はレオと」
「はぁ……レオ……あなたは思っていた感じと違いますね? もっと、冷酷なのだとばかり」
「そう振舞ってるからな。君だって聖女だろう。偽物だけどな。はは」
 そうだ。今世は聖女の皮を被っている私、人の渾名をどうこう言える人間ではない。
「聖女だと色々都合の良い場面が多かったのです」
「俺もそうだ。冷酷と敬遠されている方が詮索されずに時間と金が使える。実際、冷酷になって戦で勝たねばならない時もあるけど」
「ああ……虐殺だと言われている戦ですね」

 レオポルドが冷酷皇帝と言われる所以は、敗戦国の一つで虐殺をしたことによる。殺さないでくれと訴える国の幹部を、理由もなく裁判もせずに呼び集めて一斉に処刑した。
 連戦の勝利に高揚していたバザロスの高官たちでさえ閉口した悪行と言われているが、私は「虐殺しなかった場合」を知っていた。
 三回目の新聞で、この敗戦国の幹部たちがバザロスではない他国と起こした終戦のどさくさに紛れ、女子供を大虐殺した記事を読んだのだ。敗戦国が乗っ取られて彼らの血が穢されるのを恐れた宗教上の理由が大きい。

 この人とて死に戻っているならば、それを知っているのだろう。
 三回目の皇帝は他国と大きな戦を繰り返してはいなかった。

「たくさんの女子どもを謂れのない虐殺から守ってくださったのではないか……私はそう思います。ありがとうございます、レオ」
 悲しそうな顔でレオが笑う。私からの礼なんて、何の意味もないかもしれないけれど。
「ジゼルがそう理解してくれるだけで良い」
 気の毒に。私でもそうできうる立場であれば同じことをしたかもしれない。
 先の展開を知っているからこその貧乏くじとも言えた。

「ところで、私はあなたに聞きたいことが沢山あるのですが」
「聞かない方が良いかもしれない」
「レオが答えなければ良い、というモノでもないのですか」
「わからないな。その種類の会話はしたことがないから。今でもちょっとヒヤヒヤする」

 お父様に死に戻りを説明しようとして死んだ二回目しか私には基準がない。
 死に戻る、という類の話を口にだそうとするのは禁忌。
 そして、死に戻りを確認し合う会話もダメなのだろう。

 レオがトーマス様の姿形なら抵触しないのでは? と思ったけれど、質問の仕方すらわからない。どうしてもトーマス様がレオだと決めた話をすると死に戻りを確認し合う会話になってしまう。

 だけどレオは自分がトーマスだったのだ、と主張するようにゲームを置いて行った。前回最期の日に、私は偶然トーマス様がレオだと知り、私が気づいたことをレオも知って死んだ。

 人によって捉え方が違う行動ならば抵触しない……ということなのかしら。

「誰かが聞いているわけではないのですよね?」
「それはない。だけど、誰でも聞いているとも言える。あ、だから独り言もだめだぞ」

 つまりこの人は独り言を言ってみて死に戻ったことがある?
「何だよ、その顔は」
「だって」

 何回目なのだろう?
 いったい、何回繰り返してきたのだろう?
 想像するだけで、気が遠くなりそうだった。

 死に戻りの理由、脱出方法、私が殺される理由、ウェイが操られた何か。
「今聞きたいこともわかる……すまない。俺は君よりずっと分かっているんだが、言えない。終わらせ方も決まっているが、どうやら焦って叶うものではない」
「終わらせることが出来る!? 今すぐできないのですか? どうしてですか!?」
「……星の巡りだ。結局は、そこに行きつく。ジゼル」
 ゆっくりと降ろされた。
「まだカタリーナはこのままだ。今日の様子からしてあいつは無害だが、急変する可能性がないでもない。ボルドンもだ。気を付けろ……もう一度聞くが、なぜあいつを連れてきた?」
「許せなかったからです」
「許せないなら国に置いてくればよかっただろう」
「いえ、違います。彼は真面目で、忠誠を尽くす騎士なのです。そういう護衛が主人を殺したいわけがない……ですよね?」
 トーマス様はあの後を知らないから。
 レオは固まった後に、眉を下げた。
「……ああ……そうか……すまない、そうか……」
 おいで、とレオが私を抱きしめる。
「よく頑張ってる……本当に、ジゼルにはすまないと思う」
 誰にも理解されないと思っていた苦しみを突然慰められ戸惑った。意図せず出てきた涙を何とか止め、謝らないで下さいと頼む。
「レオだって被害者です。そうでしょう?」
「被害者か……どうだろうな」

 身体を離すと、隠し通路の横道に入り、木張りになった壁、下部にある鍵を捻った。
「ここからジゼルの部屋だ。戻ったら服を着ろ。すぐにミントでも呼んで、自分が城に戻っていることをアピールするんだ。たぶん迎賓館ではお前が行方不明になったとカタリーナが噂を広めようとしているだろう。男の影をちらつかせながら」
「聞きたかったのですが、私とレオは不仲である方が良いのですね?」
「そうだ。その方が生存率は上がる……たぶん」
「周りがそう思っていた方が良い、ということ?」
「おそらく、皇帝としての俺と皇妃としてのジゼルが不仲であれば死ぬまで大丈夫だ」
「えっ」

 なんだ! それなら話が早いじゃない。

「嬉しそうだな?」
「だって、それなら」
 ずっと不仲でいけば、と言いかけた私の口をレオポルドが塞いだ。
「んんんん……!」

「それも、無理だ。意味がなくなる。分かった?」
 唇が離れた後で諭される。
「はぁ」

 わかる訳がない。
 なんなの、まったく!
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