『好き』のその先

日和純礼

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 ――そうして、すぐにツァーリは王都にある国立高等学院の中途編入試験を受けた。十三歳から入学が可能だった。

 国立高等学院は、貴族および将来有望だと認められた平民の通う場所であり、国の管理下にある。
 国の一機関の中でも、特に厳格に透明性及び自主性を重んじられ、ある種の聖域とも言えた。
 卒業生には各界の権威も多く、教会といえども、信仰を理由にこの聖域への干渉はできない。

 全寮制で名家の子息女を預かるため、何か問題があっては国の責任となる。そのためもとより警備はかなり厳重であった。

 アザーロヴァ辺境伯の申し入れで、国からも速やかにツァーリが学院の保護と管理を受ける許可が降りた。
 相当に早く許可が降りたのは、やはり、というべきか、隣国に『デュランハC』の痕跡を暴かれ、あのテスト植生の翌日、ツァーリの拉致未遂が起こったからだった。

 拉致できないならと、将来の芽を摘むべく、命を狙われはじめ、隣国と接しているロヴァ領ではあまりに危うかった。
 国交が断絶されているにも関わらず、国内に息のかかった組織の多さを知り、エミーリアはほとほと辟易した。

 国防の要所ロヴァ領の次期当主に対しての暗殺未遂ならびに他国に先駆けての研究という事の重大さに、重い腰を上げて動き出した国の許可が降りたので、編入試験にはパスしても良かったのだろうが、ツァーリは問題なく、……受験勉強をする期間が一日もなかったにも関わらず合格を果たした。
 そして、忙しなく国立高等学院に入学していった。

 ――学院は、魔術科、騎士科、官吏科の学科に分かれ、五年制であり、四年生の際に細分化された専攻を選ぶ。

 魔術科には、薬草学専攻コースにて《魔草》自体の生体を研究することも、また弱害化・薬物化させることも、過去に学生による研究実績があったようで、入学当初から研究内容と目的、経緯を伝えた学院側も、ツァーリの研究に理解を示し、寛容だった。

『砂漠緑化という目的とそれを行おうとする彼の人となりに、なんら問題がない』

 学長自身が面談の上、そう明言したそうだ。
 表に裏に、学長には卒業まで便宜を図って頂いた。

 ツァーリは迷ったようだが、錬金術学専攻コースでも《魔草》を変容させて別物を開発することも、温室を借り受けて《魔草》を栽培することも可能と聞き、一回生の時点でこちらのコースを視野に入れて温室に許可を得て出入りし始めたようだ。

 薬草学だと研究成果の評価のされ方が、若干限定されるかもしれないとの判断からだった。
 確かに、『デュランハC』のようなものは植物としての評価が求めにくい産物だ。勿論、『デュランハC』の存在は世間には秘匿されたし、今後似たような物をツァーリが開発したとしても、学園に速やかに報告されることが義務付けられていた。

 ツァーリが入学してひと月、領地と国の研究班と連携を取り、学院で自身の研究の続きに着手したと、ツァーリはエミーリアに手紙に書いて寄越した。
 手紙の中には、いつになくエミーリアを気遣う言葉まであった。少し心に余裕が出てきたのが見てとれ、ツァーリは学院に行って良かったと思った。

 エミーリアの思惑は別にしても。

 学院の警備も王国騎士団から派遣されていると聞くし、学院に入る許可は得られないが《草》もツァーリに付いている。

 ――ただ、万全ではなかった。


 ツァーリは入学して、穏やかだったのはふた月目までで、学院内で襲撃を受けるようになったようだ。襲撃といえども、ことごとく事故の体を成している。
 国の保護対象のため、教師も目を配るし、騎士団も意識された配置ではあったが、許可を取れば外部の人間が入ることもでき、何より完全に一人きりになる時間をなくすまでは望めない。
 学院内の保護対象は、ツァーリ一人ではない。

 結果、自分で自分の身を護るしかないが、大抵、温室で独りの際に分かりやすく邪魔が入るため、研究開発に差し障りと遅延が出るのは時間の問題と言えた。

 そこで、アザーロヴァ辺境伯とベレスレフ侯爵の間で、エミーリアとレヴも次年度の国立高等学院に受験し、合格すればツァーリの護衛をすることに決めた。

 ツァーリは、この決定を滅茶苦茶に拒絶した。
 レヴとエミーリアの意思と将来を犠牲にしてまで、自分が護られることに抵抗があったらしい。
 アザーロヴァ辺境伯にもベレスレフ侯爵にも、二人の受験を止めさせるよう連絡し、エミーリアにも再三、来るなと手紙が着た。

 全員がそれについての連絡だけは一切無視し、ツァーリの入学から三月後、合格通知を手に、エミーリアとレヴはツァーリに面会に行った。


 ――ある晴れた日。

 事前連絡なしに行ったので、面会室の扉を開き、ツァーリは二人の顔を見てポカンとしていた。

 レヴは髪色も瞳も色彩はツァーリと同じだ。
 ただ、同年代より頭ひとつ抜けて背が伸びているツァーリより、さらに頭半分、背が伸びていた。
 レヴは面会室のソファーで少し窮屈そうに脚を組み直したところでツァーリの入室に気がつき、手をあげる。

「兄上!来ちゃった」
「……は!?」

 ツァーリの反応に、レヴは満足そうにしている。昔からレヴは他人を驚かせることが大好物だ。
 エミーリアはレヴを横目に形式的な会釈をし、呆然とするツァーリを向かいの席に誘導する。

 三ヶ月会わない間に、ツァーリの銀色の瞳には焦れた色が浮かんでいた。手紙で寄越した報告以外のことに色々と察しがつく。

 お互いに座ったところで口を開いた。

「レヴと私、学院の騎士科に合格しました。来月から晴れて後輩です。今日はツァーリ兄様のご機嫌伺いと学院の下見に来ました。
 なお、お手紙でツァーリ兄様が懸念されていた件、口頭にてお返事申し上げます。
 兄様の護衛はついでです。いい機会なので知見を広げよとお父様が仰いました」

 エミーリアはひと息に要件を告げる。
 ツァーリは口をハクハクさせていた。言葉が見つからないらしい。
 エミーリアの隣でレヴが頷いた。

「うんうん。俺も王立騎士団の戦技に触れる機会は逃したくないし。兄上のことがなければ、五年制の学院に進学できる選択肢なんて父上から頂けなかったよ。
 どのみち砂漠緑化の目処を立てないと、我々の領地の未来は暗いでしょ、兄上」

 エミーリアはポンと手の平を打ち合わせた。

「ツァーリ兄様に許された時間の限りで希望すら示せないなら、次代に余程の傑者が誕生しないとロヴァ領もベレス領も砂地になりますね」
「俺たちの屍を只の屍にするか、尊い犠牲にするか、英雄の親族にするかは、すべて兄上次第ですね」
「あら、大変。ふふふ」
「ははは」

 二人で一気にまくし立てて笑いあっていると、ツァーリは開けていた口を閉じ、ブルブルと震えた後――、一声叫んだ。

「勝手にしろ!」
「はい」
「します」

 言質は取った。
 レヴと二人、示しあわせたように口を閉じる。
 ツァーリが顔色を変え、場には暫時、沈黙が落ちた。

「さて」

 おもむろにレヴが席を立つ。

「『本題』は俺が居たら話しにくいこともあるだろうから、席を外すよ。一足先に《草》のところに顔を出してくる。お二方はゆっくり話し合って」
「おい?」

 ツァーリの戸惑いを余所に、レヴはスタスタと面会室の出口に向かい扉を開ける。そして扉を閉める前に「あまり苛めるなよぉ」と一声掛けて去った。
 エミーリアは心の中で舌を出す。

「『本題』って何だ」

 エミーリアは鞄から紙面を取り出し、センターテーブルに乗せた。
 ツァーリはそれを訝しげに手に取る。

「これは?」
「婚約証書です」

 ツァーリは顔を上げる。

「何だって?」
「だから婚約証書です」
「誰の?」
「ツァーリ兄様の」
「俺の!?聞いてないぞ!」
「今初めて言いましたから」
「相手は!?」
「私です」

 署名してあるでしょう、とエミーリアは指差した。ガタンと音を立てて、ツァーリは仰け反った。

「父上たちの署名まで揃っている……。信じられない……」
「本物です」
「そりゃわかる!何のために……!いや、署名してあるって、お前はいいのか!?」

 仰向けから凄い勢いでツァーリはエミーリアに顔を向ける。エミーリアは首を傾ける。

「私も十三になりましたし、婚約を結ぶのには貴族社会で一般的な年齢かと」
「違うわ!」

 わあっと、ツァーリは顔を覆った。
 エミーリアは頬に手を添える。

「先ほど、ツァーリ兄様は護衛の件に関して、勝手にしてよい、と仰いましたよね。
 研究の最中、温室等でツァーリ兄様が一人きりにならないよう、私かレヴがご一緒するつもりですが、私が入学早々、婚約者でもない殿方と二人きりになるふしだらな女であるという世間の評価を得ても、ツァーリ兄様は痛くも痒くもない、とそういうことを仰る?」
「そういうことはまったく言ってない!そんな理由で婚約なんて……!」
「それとも、すでに将来のお約束をした方がいらっしゃって、意にそぐわないと仰る?」
「そういうことも言ってない!お前、わかって言って……」
「まぁ、私ではツァーリ兄様に釣り合わないと思われても仕方ないですが」

 エミーリアは少し悲しげに目を伏せた。
 ツァーリは弾かれたように顔を上げた。

「そんなことは断じてねぇ!」

 ツァーリは身を乗り出し、二人を隔てるセンターテーブルにバンッと両手をつく。

「俺には最初から最後まで、お前しかいねぇよ!」
「あら」

 エミーリアは口に手をあてた。


 ――シーン。


「それは、いつ、何きっかけで?」

 数瞬の沈黙の後、カカカッと音が聴こえそうなほど、ツァーリが赤面し、勢い良く下がって片手で顔を覆った。

「馬鹿野郎!」

 ――一桁の年齢から、大人たちの中で堂々と立ち回り腹芸を繰り広げる姿を心配して、エミーリアとレヴとリリーユとで、生来のツァーリのまま言葉を吐き出せるよう、『仕付けた』。
 今も確かにそう仕向けたのだが。

 別の意味で心配になる。

「……そこまで言わせるつもりはなかったのですが」

 エミーリアは、危険ですね、ツァーリ兄様、と口の中で呟き、静かに立ち上がって、ツァーリの隣に移動した。

 知らずエミーリアの口元が弧を描く。

 契機や理由を聞いても、意味などないか――

 顔を伏せ膝に乗せたツァーリの手に、自分の手を重ねると、ツァーリの肩がビクッと跳ねた。

 ――温かい

「……兄様」
「言うな!何も言うな!!」

 ツァーリは完全に顔を背けている。

「わかりました。では言いません」

 エミーリアは重ねていた手を離し、おもむろにソファーの上に片膝をついた。
 横を向いたままのツァーリを、体重を掛けてひじ掛けに押し付ける。

「あ!?」

 驚きに目を見開いたツァーリの顎を片手で掴むと、グッと強引にエミーリアの方に向け、お互いの顔の距離を詰める。

 エミーリアは自身の唇をツァーリの唇に覆い被せるように重ね合わせた。

 瞬きを忘れたツァーリの瞳の銀色を見つめると、先ほどまでの焦れた色は散っている。

 お互いに目は閉じないままに、唇を軽く擦り合わせた。

 分け合った温もりを惜しむようにエミーリアはツァーリの下唇を優しく咬んでから、そっと離れた。

「う、うあ……」

 真っ赤からさらにもう一段階真っ赤になったツァーリを見て、エミーリアは笑いが込み上げる。

『こんなこと』、実に刹那的で――、本能的でもあり、意味などないのかもしれない。

 でも、最初から最後まで、なんて聞いてしまったら。

『署名して提出しておいてくださいね。ツァーリ、先輩』

 口唇の動きだけで伝えると、エミーリアは体を起こし会釈をして面会室を退出した。

 呆然とした表情で固まるツァーリがチラリと見え、煽られちゃったってヤツかな、と扉を閉める一瞬の間だけ、エミーリアは反省した。



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