上 下
9 / 30

第9話

しおりを挟む




 早いもので、ジョセフとの婚約を破棄したあの日から、三年が経過した。

 私は一年ほど前に結婚し、今は実家を出て、夫のお屋敷で暮らしている。

 夫の名はリカルド。地方領主の長男で、現在は、王宮で働いているが、いずれは父親の跡を継ぎ、この辺り一帯の領主となる立場だ。

 ……王宮に勤めるということは、傍から見ていると華麗に見えるが、実際は気苦労が多い上に、王様や国の重鎮たちから急な呼び出しを受けることも多々あって、大変な仕事である。

 しかしリカルドは、私に対し、一度だって弱音や愚痴を漏らすことはなく、どんなに忙しい時でも、私を第一に考え、なんとかして、二人の時間を作ってくれる。その誠実すぎる態度は、逆にこちらが申し訳ないと思ってしまうほどだ。

 頼もしく、利発で、愛情深いリカルド。

 あのジョセフとは、まるで正反対だ。リカルドのような素晴らしい男性の妻になることができた幸運を、私は神に感謝した。……そして、その『幸運』を呼び込んだのは、三年前の、『婚約破棄の決断』である。

 実は、リカルドと私は、遠い遠い親戚関係にあり、子供時代に、何度か会ったことがあった。……私は知らなかったのだが、リカルドはその当時から、私に好意を持っていてくれたらしい。だが、私がジョセフと婚約したことで、誠実な彼は、私の幸せを願い、潔く身を引いていたのだそうだ。

 しかし、私とジョセフの婚約関係が解消されたのを知って、リカルドは積極的に、私に会いに来るようになった。……正直言って、ジョセフとの一件で、少しだけ男性不信気味になっていた私は、当初、やたらとうちに来るリカルドのことを、『いったい何が目的なのかしら』と訝しんでいた。

 だけど、四度、五度、六度と、会う回数が増えるたびに、私はリカルドの、裏表のない誠実な性格に惹かれ、かたくなだった心も、少しずつ解きほぐれていった。一年ほどの付き合いを経て、私たちは婚約し、それからさらに一年たった頃、正式に結婚したのである。

 そして今。
 私のお腹には、彼との子供が宿っている。

 夕暮れ時。

 窓から、お屋敷の広大な庭園を眺めながら、少しずつ大きくなり始めたお腹を、そっと撫でる。そろそろ、リカルドが帰ってくる時刻だ。

 お腹の中の子と共に、愛する夫の帰宅を待つ、静かな時間。
 なんて、穏やかで、幸福な時間だろう。

 ……もしも、三年前に、ジョセフとの婚約を破棄していなかったとしたら、私は、今のように、平穏で幸せな時間を持つことができただろうか?

――――――――――――――――――――――――――――――――

 本日から新作『私を捨てるんですか? いいですよ、別に。元々あなたのことなんて、好きじゃありませんので』を投稿しております。本作と同じく、ハッピーエンドの婚約破棄ざまぁ物なので、よろしければそちらも見てもらえると嬉しいです。
しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

伯爵令嬢は執事に狙われている

恋愛 / 完結 24h.ポイント:1,171pt お気に入り:451

まだまだ遊んでいたいので婚約破棄らしいです

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:205pt お気に入り:74

処理中です...