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02夏休みの出来事
バーベキュー事件02
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やがて川幅が広い場所に出た。魚も泳いでいるし、ここならいいか。俺は足を止め、周囲の景色に目を和ませた。背もたれつきの豪華な折り畳み椅子を広げながら、ふと足元を見る。長年の流水にまん丸に削られた石を見つけた。本当に球みたいだ。
「おい見ろ三宮、この石。まるで野球のボールみたいだ」
三宮はそっぽを向いた。
「だからどうした。下々の者はくだらんことで喜ぶんだな」
散々な言いようだ。俺は持ち帰って奈緒に見せようと、石をポケットに忍ばせた。改めて河を見やる。
「よし三宮、競争だ。どっちがでかい魚を釣るか、いっちょ勝負といこうじゃないか」
せっかくの遊びだ、楽しまなければ。そう思ってふっかけたのだが、
「嫌だね」
英二の返事はつれなかった。というより敵意丸出しだ。俺と彼の間に分厚い心の壁が現出したように思える。それは傷をつけることさえ容易ではなさそうだった。
「というか、さっきから何だ、お前。俺になれなれしく話しかけるな」
英二の態度は氷柱のようだ。うっとうしいハエを追い払うようなギトギトした悪意。俺はさすがに少し苛立った。
「何だよそれ。せっかく仲良くなろうとしてんのに」
英二は笑殺した。腕を組んで俺をねめつける。
「なんで俺が貴様と仲良くならなきゃいけないんだ? 今は確かに友達がいないが、選ぶ権利は俺の側にあるんだぞ」
「俺と親睦を深めたくないってか?」
「ふん、こんな遊びで親睦が深まるものか。親睦ってのは、結城みたいに、命を差し出す覚悟で向き合って初めて深まるものだ。……お前らは勝手に上っ面で騒いでいるだけだ、くだらない」
何だこいつ、勝手なことをまくしたてやがって。嫌な奴だな。
「あっそ。じゃあいいよ、俺が一人で頑張るから。話しかけんじゃねえぞ」
「そうしてろ」
俺は不機嫌になって竿を振り、釣り針を河に沈めた。三宮家の椅子は快適であるはずなのに、俺は座り心地の悪さを感じる。
山の天候は変わりやすいというが、本当だった。さっきまで雲ひとつない晴天だったのに、いつの間にか天蓋を覆った雲が徐々にその濃度を増してきている。
「ひと雨来るかな」
三十分足らずの間に俺はイワナを三匹釣っていた。一方英二はボウズだった。勝った。
「そろそろ引き上げるか」
英二はバケツを不機嫌そうに掴み上げると、無意味だった水を川に捨てた。釣竿を担いで椅子を畳み、純架たちの元に引き上げていく。俺も後に続いた。敗北感に打ちひしがれた英二の背中を見て満足するのは、俺の性格の悪さゆえか。
「英二様! こちらにおられましたか」
沢渡さんが早足でこちらへやってきた。黒いスーツは見ているこちらも暑くなる。
「雨が降りそうです。近くの森に三宮家が建てた山小屋があって、そちらなら雨宿りもできるでしょう。長年使われていませんが、今日未明に確認してあります」
そういって森の一方を指差した。英二は足を止める。
「他の連中は?」
「火を起こしたので肉や野菜を焼いておられます。撤収するかどうかは雨が降ってから考える、と桐木さんはおっしゃってました」
「悠長なことだ」
英二は肩をすくめた。そういえば香ばしい匂いが川風に乗ってこちらに漂ってきている。俺はバーベキューのために朝飯を抜いてきていて、微弱ながらしっかりした香りが空きっ腹を直撃して離さなかった。
「ちょっと食っていこうぜ。急には降らないだろうし」
「そうするか」
英二は珍しく俺の意見に賛成し、邪魔なバケツと釣竿、椅子を、沢渡さんに押し付けようとした。
そのときだった。
「え?」
俺は目を疑った。突然沢渡さんの太ももから細く短い棒状のものが生え出したのだ。
いや違う。生えたのではない。突き刺さったのだ。
「うぐっ……!」
沢渡さんが半瞬遅れて呻き声を上げ、その場に横転する。
「は、話が……!」
「沢渡!」
英二が荷物を放り出して駆け寄った。俺も釣り果を投げ出す。近くで仔細に眺めると、沢渡さんの足にえぐり込まれたのは小さな矢であることが分かった。出血はさほどでもなく、動脈からは外れたようだ。
「一体誰が……!」
矢の突き立った位置から射出方向を逆算すると、右手の川を挟んだ森林からのはずだ。俺は怒りにまなじりを吊り上げたが、相手が見えず距離もあり、どうすることもできない。
「おい朱雀、手を貸せ! 沢渡を運ぶぞ!」
英二が沢渡さんの片腕を担いで起こそうとしている。俺も慌てて反対側の腕を自分のうなじに乗せた。不器用に歩き出す。KO負けした格闘家を控え室へと運ぶセコンドのような気分だった。
矢による襲撃は当然一度では収まらなかった。森の闇から第二、第三の攻撃が飛来してきたのだ。それらは俺たち獲物に命中こそしなかったが、溢れる殺意は心胆を寒からしめた。
「ちっ」
英二が音高く舌打ちする。その声に苦痛が混じっているように感じられたのは気のせいだろうか?
矢の短さから、射手が使っているのはボウガンだろうと推測される。小銃でないのは助かったが、殺傷能力ではさほど引けを取らないはずだ。一発目こそ沢渡さんに危害を加えたが、それ以降はことごとく外れている。技術的には稚拙で、それは俺たちにとって唯一の好材料だった。
前進は亀のようにはかどらなかった。俺たち一行で最も体格のある沢渡さんを、小柄な英二が片方に陣取って運んでいるのだ。それでは速度が出るはずもない。
「純架! 純架!」
俺は喉も枯れよとばかりに親友の名を叫んだ。こっちはだだっ広い、開けた場所に出ている。襲撃者からすれば格好の的だった。一刻も早く森の中に隠れねばならない。そのためには人手が必要だった。
「楼路君、どうしたんだい?」
やがてシャンプーハットを被って髪の毛を泡立てた純架が、岩陰から姿を見せた。
髪の毛を洗ってたのか?
俺たちをしつこく狙って、もう何本目か分からない矢が河原の石ころを弾き飛ばした。純架が血相を変える。
「三宮君、代わろう」
英二は自分の非力が逃避行に負の影響を与えていることを痛感していたのだろう。屈辱に満ちた表情ながら、黙って純架と交代した。
「く、車……」
沢渡さんが苦痛を押し殺しながら呟いた。額を滝のように流れる汗が痛々しい。
「車は防弾ガラスと複合装甲で安全です……。そ、その中へ……!」
「分かりました」
俺と純架は息の合った歩調で、先ほどより遥かにスムーズに沢渡さんを運んでいった。
「どうしたのその矢?」
奈緒と日向、結城が驚いて走り寄ってきた。肉が焼かれる芳香が空腹に恨めしい。
「ボウガンで狙われてるんだ。逃げるぞ!」
日向が鋭くおののいた。一気にパニックに陥る。
「えっ、何で、何で? 誰が、どこから、一体……!」
「承知しました」
結城が日向の肩を押さえ、冷静沈着に応じた。この際はそれで助かった。
矢は射程を外れたのかいつの間にか止んでいる。もっとも止んだからといって、バーベキューを楽しく再開するような呆けた楽天家はこの中にいなかった。
俺たちはバーベキュー道具をほったらかし、さっき心弾ませて下りてきた階段を、真逆の心境で上がっていった。厳しい行軍に耐え切れず、沢渡さんの足はさすがに出血して赤黒く濡れていた。その様に日向が泣き出しそうな声音で問いかける。
「一体何があったんですか?」
英二が前方で一段一段踏み締めながら答えた。そのふくらはぎに血流が見られる。矢がかすめた以外に考えられない。
「いきなり沢渡が撃たれたんだ。誰がそうしてきたのかはさっぱり分からない。ともかくバーベキューどころじゃないことは確かだ。さっさと逃げ出すぞ」
やがて俺たちはワゴン車に辿り着いた。沢渡さんを運転席に乗せ、朝来たときとは違う席順で座る。そして、全てのドアを閉めた。
とりあえずこれで一安心か。
結城が救急箱を手にする。沢渡さんの太ももに刺さったままだった矢を引き抜いた。手早くガーゼをあてがい包帯を巻いていく。結城はどんな教育を受けてきたのか、こんな非常事態でも落ち着いて応急の止血をしていた。患部にあてがわれた白いガーゼがすぐさま朱に染まる。
沢渡さんの様子がおかしい。矢で撃たれたとはいえ、傷はそれほど大きくないはずだ。なのに彼は真っ青な顔で荒い息をつきながら、全身をおこりのように震わせている。半ば夢うつつの状態であるようだ。
「毒……?」
結城の声が新たな緊張にうわずっている。矢に毒が塗られていたというのか。
英二が弱々しくうなずいた。額に発汗が激しい。
「恐らくそうだ。俺も足を撃たれたが、さっきから体がだるくて仕方ない」
「英二様?」
結城が半身をもがれたような悲痛な声を発した。沢渡さんに対するそれとは明らかに数倍する恐怖で顔を引きつらせる。
英二もまた沢渡さん同様、熱に浮かされたような表情で大粒の雫を顎にしたたらせていた。いつもの鋭い眼光は消え、鈍化した輝きが黒目にまとわりついている。矢の傷で毒が回っていることは自明だった。
俺はペットボトルの水を英二に渡しながら疑問を呈した。
「沢渡さんは矢の直撃を受けたけど、三宮はかすっただけだ。それなのにこんなに毒の影響が出るってどういうことだ?」
純架が髪をタオルで拭いている。額にシャンプーハットの跡がついていた。
「まだ15歳の三宮君じゃ毒に対する抵抗力が弱いんだろう。……しかし参ったな。車で逃げるのが一番なのに、運転手の沢渡さんがこれではどうしようもない。……菅野さん、君は車の運転は?」
「おい見ろ三宮、この石。まるで野球のボールみたいだ」
三宮はそっぽを向いた。
「だからどうした。下々の者はくだらんことで喜ぶんだな」
散々な言いようだ。俺は持ち帰って奈緒に見せようと、石をポケットに忍ばせた。改めて河を見やる。
「よし三宮、競争だ。どっちがでかい魚を釣るか、いっちょ勝負といこうじゃないか」
せっかくの遊びだ、楽しまなければ。そう思ってふっかけたのだが、
「嫌だね」
英二の返事はつれなかった。というより敵意丸出しだ。俺と彼の間に分厚い心の壁が現出したように思える。それは傷をつけることさえ容易ではなさそうだった。
「というか、さっきから何だ、お前。俺になれなれしく話しかけるな」
英二の態度は氷柱のようだ。うっとうしいハエを追い払うようなギトギトした悪意。俺はさすがに少し苛立った。
「何だよそれ。せっかく仲良くなろうとしてんのに」
英二は笑殺した。腕を組んで俺をねめつける。
「なんで俺が貴様と仲良くならなきゃいけないんだ? 今は確かに友達がいないが、選ぶ権利は俺の側にあるんだぞ」
「俺と親睦を深めたくないってか?」
「ふん、こんな遊びで親睦が深まるものか。親睦ってのは、結城みたいに、命を差し出す覚悟で向き合って初めて深まるものだ。……お前らは勝手に上っ面で騒いでいるだけだ、くだらない」
何だこいつ、勝手なことをまくしたてやがって。嫌な奴だな。
「あっそ。じゃあいいよ、俺が一人で頑張るから。話しかけんじゃねえぞ」
「そうしてろ」
俺は不機嫌になって竿を振り、釣り針を河に沈めた。三宮家の椅子は快適であるはずなのに、俺は座り心地の悪さを感じる。
山の天候は変わりやすいというが、本当だった。さっきまで雲ひとつない晴天だったのに、いつの間にか天蓋を覆った雲が徐々にその濃度を増してきている。
「ひと雨来るかな」
三十分足らずの間に俺はイワナを三匹釣っていた。一方英二はボウズだった。勝った。
「そろそろ引き上げるか」
英二はバケツを不機嫌そうに掴み上げると、無意味だった水を川に捨てた。釣竿を担いで椅子を畳み、純架たちの元に引き上げていく。俺も後に続いた。敗北感に打ちひしがれた英二の背中を見て満足するのは、俺の性格の悪さゆえか。
「英二様! こちらにおられましたか」
沢渡さんが早足でこちらへやってきた。黒いスーツは見ているこちらも暑くなる。
「雨が降りそうです。近くの森に三宮家が建てた山小屋があって、そちらなら雨宿りもできるでしょう。長年使われていませんが、今日未明に確認してあります」
そういって森の一方を指差した。英二は足を止める。
「他の連中は?」
「火を起こしたので肉や野菜を焼いておられます。撤収するかどうかは雨が降ってから考える、と桐木さんはおっしゃってました」
「悠長なことだ」
英二は肩をすくめた。そういえば香ばしい匂いが川風に乗ってこちらに漂ってきている。俺はバーベキューのために朝飯を抜いてきていて、微弱ながらしっかりした香りが空きっ腹を直撃して離さなかった。
「ちょっと食っていこうぜ。急には降らないだろうし」
「そうするか」
英二は珍しく俺の意見に賛成し、邪魔なバケツと釣竿、椅子を、沢渡さんに押し付けようとした。
そのときだった。
「え?」
俺は目を疑った。突然沢渡さんの太ももから細く短い棒状のものが生え出したのだ。
いや違う。生えたのではない。突き刺さったのだ。
「うぐっ……!」
沢渡さんが半瞬遅れて呻き声を上げ、その場に横転する。
「は、話が……!」
「沢渡!」
英二が荷物を放り出して駆け寄った。俺も釣り果を投げ出す。近くで仔細に眺めると、沢渡さんの足にえぐり込まれたのは小さな矢であることが分かった。出血はさほどでもなく、動脈からは外れたようだ。
「一体誰が……!」
矢の突き立った位置から射出方向を逆算すると、右手の川を挟んだ森林からのはずだ。俺は怒りにまなじりを吊り上げたが、相手が見えず距離もあり、どうすることもできない。
「おい朱雀、手を貸せ! 沢渡を運ぶぞ!」
英二が沢渡さんの片腕を担いで起こそうとしている。俺も慌てて反対側の腕を自分のうなじに乗せた。不器用に歩き出す。KO負けした格闘家を控え室へと運ぶセコンドのような気分だった。
矢による襲撃は当然一度では収まらなかった。森の闇から第二、第三の攻撃が飛来してきたのだ。それらは俺たち獲物に命中こそしなかったが、溢れる殺意は心胆を寒からしめた。
「ちっ」
英二が音高く舌打ちする。その声に苦痛が混じっているように感じられたのは気のせいだろうか?
矢の短さから、射手が使っているのはボウガンだろうと推測される。小銃でないのは助かったが、殺傷能力ではさほど引けを取らないはずだ。一発目こそ沢渡さんに危害を加えたが、それ以降はことごとく外れている。技術的には稚拙で、それは俺たちにとって唯一の好材料だった。
前進は亀のようにはかどらなかった。俺たち一行で最も体格のある沢渡さんを、小柄な英二が片方に陣取って運んでいるのだ。それでは速度が出るはずもない。
「純架! 純架!」
俺は喉も枯れよとばかりに親友の名を叫んだ。こっちはだだっ広い、開けた場所に出ている。襲撃者からすれば格好の的だった。一刻も早く森の中に隠れねばならない。そのためには人手が必要だった。
「楼路君、どうしたんだい?」
やがてシャンプーハットを被って髪の毛を泡立てた純架が、岩陰から姿を見せた。
髪の毛を洗ってたのか?
俺たちをしつこく狙って、もう何本目か分からない矢が河原の石ころを弾き飛ばした。純架が血相を変える。
「三宮君、代わろう」
英二は自分の非力が逃避行に負の影響を与えていることを痛感していたのだろう。屈辱に満ちた表情ながら、黙って純架と交代した。
「く、車……」
沢渡さんが苦痛を押し殺しながら呟いた。額を滝のように流れる汗が痛々しい。
「車は防弾ガラスと複合装甲で安全です……。そ、その中へ……!」
「分かりました」
俺と純架は息の合った歩調で、先ほどより遥かにスムーズに沢渡さんを運んでいった。
「どうしたのその矢?」
奈緒と日向、結城が驚いて走り寄ってきた。肉が焼かれる芳香が空腹に恨めしい。
「ボウガンで狙われてるんだ。逃げるぞ!」
日向が鋭くおののいた。一気にパニックに陥る。
「えっ、何で、何で? 誰が、どこから、一体……!」
「承知しました」
結城が日向の肩を押さえ、冷静沈着に応じた。この際はそれで助かった。
矢は射程を外れたのかいつの間にか止んでいる。もっとも止んだからといって、バーベキューを楽しく再開するような呆けた楽天家はこの中にいなかった。
俺たちはバーベキュー道具をほったらかし、さっき心弾ませて下りてきた階段を、真逆の心境で上がっていった。厳しい行軍に耐え切れず、沢渡さんの足はさすがに出血して赤黒く濡れていた。その様に日向が泣き出しそうな声音で問いかける。
「一体何があったんですか?」
英二が前方で一段一段踏み締めながら答えた。そのふくらはぎに血流が見られる。矢がかすめた以外に考えられない。
「いきなり沢渡が撃たれたんだ。誰がそうしてきたのかはさっぱり分からない。ともかくバーベキューどころじゃないことは確かだ。さっさと逃げ出すぞ」
やがて俺たちはワゴン車に辿り着いた。沢渡さんを運転席に乗せ、朝来たときとは違う席順で座る。そして、全てのドアを閉めた。
とりあえずこれで一安心か。
結城が救急箱を手にする。沢渡さんの太ももに刺さったままだった矢を引き抜いた。手早くガーゼをあてがい包帯を巻いていく。結城はどんな教育を受けてきたのか、こんな非常事態でも落ち着いて応急の止血をしていた。患部にあてがわれた白いガーゼがすぐさま朱に染まる。
沢渡さんの様子がおかしい。矢で撃たれたとはいえ、傷はそれほど大きくないはずだ。なのに彼は真っ青な顔で荒い息をつきながら、全身をおこりのように震わせている。半ば夢うつつの状態であるようだ。
「毒……?」
結城の声が新たな緊張にうわずっている。矢に毒が塗られていたというのか。
英二が弱々しくうなずいた。額に発汗が激しい。
「恐らくそうだ。俺も足を撃たれたが、さっきから体がだるくて仕方ない」
「英二様?」
結城が半身をもがれたような悲痛な声を発した。沢渡さんに対するそれとは明らかに数倍する恐怖で顔を引きつらせる。
英二もまた沢渡さん同様、熱に浮かされたような表情で大粒の雫を顎にしたたらせていた。いつもの鋭い眼光は消え、鈍化した輝きが黒目にまとわりついている。矢の傷で毒が回っていることは自明だった。
俺はペットボトルの水を英二に渡しながら疑問を呈した。
「沢渡さんは矢の直撃を受けたけど、三宮はかすっただけだ。それなのにこんなに毒の影響が出るってどういうことだ?」
純架が髪をタオルで拭いている。額にシャンプーハットの跡がついていた。
「まだ15歳の三宮君じゃ毒に対する抵抗力が弱いんだろう。……しかし参ったな。車で逃げるのが一番なのに、運転手の沢渡さんがこれではどうしようもない。……菅野さん、君は車の運転は?」
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