学園戦記三国志~リュービ、二人の美少女と義兄妹の契りを結び、学園において英雄にならんとす 正史風味~

トベ・イツキ

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第6部 西校舎攻略編

第178話 寒貧!示された道!

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 西北校舎から追い出されたバチョウは、西校舎北部の群雄・チョウロの下に身を寄せた。

 しかし、その地で部下のホートクと衝突。自身の至らなさから自暴自棄となった彼女は軍の解散を宣言。一人、校内を彷徨さまよった。

 その彷徨さまよう先で彼女は、カンピンとあだ名される奇妙な男と出会うのであった。

「あの男は何者なんだ……」



 金髪碧眼へきがんの女生徒・バチョウはその奇妙な男・カンピンの後を追った。

 バチョウが少しばかり進むと、男にすぐに追いついた。

 ボサボサの頭で異臭をただよわせ、独り言なのか時折、ボソボソとつぶやいている。まるで千鳥足ちどりあしのような奇妙な足取りで転びそうになりながらもヒョコヒョコと歩いていた。

 その様子に周りの者は道を譲ったが、それ以上関わろうとはしなかった。

 バチョウは一定の距離を取りつつ、その男を観察すると、ある違和感に気付いた。なるほど、あの男にきつけられたのはこのためかと合点がてんがいくと、他に人の居なくなったタイミングを見計らい、その男に話しかけた。

「おい、何故そんな歩き方をする?」

 バチョウの言葉が聞こえなかったのか、カンピンは構わずヒョコヒョコと歩き続けた。バチョウは彼の肩をつかむと、強引に振り向かせた。

「あ、あー……」

 男は目も合わせず、返事ともつかない小声を発した。

「お前は何を隠している」

 まともに返事をしようとしない男・カンピンに、バチョウは再度尋ねた。

「お前はまるで足を痛めたような歩き方をしている。

 だが、アタシの目は誤魔化せない。その足取りは重心を意識したものだ。一見、転びそうで決して転ばぬように計算されている。

 それにお前の悪臭は風呂に入らぬ者の臭いとかすかに違う。荒くれの部下が百人もいれば中には不衛生な者もいる。だからわかる。それは人工的な臭いだ」

 バチョウの指摘を受けた男の目が一瞬ドキリとしたように見えた。だが、それは一瞬の出来事で、何事もないかのように彼は再び「あー」とつぶやいて立ち去ろうとする。

 しかし、バチョウは彼を逃さず、さらに話し続けた。

「アタシがいた西涼せいりょう高校は不良の巣窟そうくつで、大半の生徒は勉強そっちのけで喧嘩けんかばかりしていた。

 だが、その中にも勉強が出来る者はいた。そいつはあらゆる古典に精通し、教師さえも一目置いた。

 確か、その男の名は……セキトクリン……!」

 バチョウがその名を発すると、一瞬、男のうつろな目に精気が宿ったのを彼女は見逃さなかった。

西涼せいりょう高が吸収されると、セキトクリンも忽然こつぜんと姿を消してしまった。

 チョウロがどうやら行方を探しているとかで、アタシも名を聞いていた。お前は何か知っているか?」

「何も……」

 問われた男は初めてちゃんとした言葉を発した。

「その様子、やはり何か知っているな。

 いや、お前がセキトクリンなのではないか?」

「知らん……何も知らん……」

 男はバチョウの手を振り払うと、逃げるように走り出した。それは先ほどまでのヒョコヒョコ歩きが嘘のような健脚ぶりであった。だが、相手はバチョウだ。苦も無く彼に追いついた。

「逃げるな。何もチョウロに差し出そうというわけではない。

 ただ、話を聞きたいだけだ!」

「私はセキトクリンなる者を知らない。

 だが、もしあなたがセキトクリンに遭ったとして何がしたいのか?」

 先ほどまでのうなり声とは打って変わってしっかりとした口調で男は問いただした。その問いかけに今度はバチョウがうなり声を上げることとなった。

「何がしたいかだと?

 ……うーむ、わからん。

 だが、それ以上にアタシはアタシがわからない。だから、賢者の知恵を借りたいのかもしれない」

 うなっていても仕方がないとばかりにバチョウは正直に答えた。

「わからぬとは何がだ?」

 セイトクリンと思わしき男は再度バチョウに問う。それまでの男のうつろな表情は消え失せ、真剣な表情に変貌へんぼうしていた。

 それに対してバチョウはこれまでの身の上を語って聞かせた。西涼せいりょう高校の吸収合併にいきどおり、反乱を起こしてソウソウに敗れたこと。そして、再度反乱を起こしたが、元西涼せいりょう校生の抵抗に遭い、再び敗れてこの地に落ち延びたことを。

「かくかくしかじかというわけだ。

 アタシは全てが間違っていたのか?

 アタシはこれからどうすれば良いのか?」

 バチョウはこの正体も定かではない男に自身の疑問を尋ねた。部下は近いからこそ尋ねにくい。ついホートクに尋ねてしまったが、結局、喧嘩別れになってしまった。もう、バタイらには尋ねられない。

 今、眼の前にいる男は無関係であるからこそ、バチョウは素直に尋ねることが出来た。

 バチョウの問いに対して、男はしばしの逡巡しゅんじゅんを見せながら話す。

「……私は賢者ではない。だから正解はわからない。

 それに私とあなたの生き方はまるで違う。

 あなたは全てを手に入れようとして、全てを失ってしまった。私は全てを捨て去ることで、何一つ失わずに済んでいる。

 真反対の者に何を聞く」

 男の言葉に、バチョウは返って食い付いた。

「なるほど、確かに真反対だ。

 だからこそ、アタシはお前にかれたのかもしれない。

 だが、アタシはお前のように全てを捨て去ることはできん。同じような生き方はできんが、真反対のお前の意見を聞きたい。

 何故、アタシは戦いに勝てんのだ?」

 尋ねるバチョウの目は真剣そのものだ。その瞳の力強さに押され、男はやむなく語り出した。

「あなたが戦いに勝てないのは弱いからでしょう」

「アタシが弱いだと!」

 その一言にバチョウはすぐに怒鳴り返す。

 だが、男は脅える素振りも見せず、そのまま話し続けた。

「それです。その怒りがあなたの敗因です。

 こういう言葉があります。『本当に立派な人は猛々たけだけしくなく、本当の戦上手はいからず、よく敵に勝つ者はまともにぶつからず、よく人を使う者は下手したてに出る』と。これを『争わざるの徳』と申します。

 あなたはその全てに反している。故に弱いのです」

「では、弱々しく、怒りもせず、まともに戦おうともしない、下手したてに出る者が強いというのか!

 それが『徳』だというのか!」

 男の言葉に納得のいかないバチョウはなおも怒鳴る。しかし、男はその怒りさえ受け入れたような態度で続ける。

「世のことは道より生まれ、徳によってはぐくまれます。

 大きく育てるものが『徳』なのです。

 そして、育てていながら、自分のものともせず、ほこらず、支配しない。これを『玄徳げんとく』というのです」

「また新しい言葉を出すな!

 『玄徳げんとく』とは何だ!?」

「『玄』とは有るようで無く、無いようで全てを表すものです。そのような『徳』を『玄徳げんとく』と申します」

「お前の話しはまるでわからん!」

「それで良いのです。わからぬはわかるの第一歩です。

 あなたは全てを捨てられぬといった。

 しかし、捨ててこそ本当に大事なものがわかることもあります。一度に全てを捨てるのは無理でも、少しずつ整理をしてみるのはどうでしょうか?」

 その言葉に、バチョウはふと自身を思い返してみた。自分は全てを手に入れようとした者。それは間違いのない事実であった。

 対して男は全てを捨てながら、何一つ失っていないと話した。自分に足りないものをこの男は持っているように思えた。自身について少しわかった気がしたバチョウは、怒りをいた。

「うーむ、お前の言うことはまるでわからん。わからんがわかったような気がする。

 お前、アタシの軍師にならないか?」

 まるでわからぬ話ではあったが、聞く価値のある言葉と感じたバチョウは、男を自陣に招いた。

 だが、男は丁重に断った。

「私はわからぬ話しかできません。

 あなたは話のわかる者といるべきでしょう」

 それまでわからぬわからぬと言っていたバチョウにとって、その言い分は初めてよくわかる話であった。

「うーむ、お前を無理にでも連れていきたいところだが、お前の言うことももっともだ。

 わかった。ここはあきらめよう。

 今回は良い話を聞けた。ありがとう」

 バチョウは礼を言うと、後腐あとくされなくサッとその場を去っていった。

 カンピンと呼ばれた男はその後ろ姿を見て、ボソリとつぶやいた。

「私もまだまだ至らぬな……」

 そう言うと男はふらりと何処どこかへと消えていった。

 ~~~

 カンピンと別れたバチョウはバタイらのいる教室へと戻った。

 まだ、あの男の言った言葉のほとんどはわからなかったが、それでも多少は晴れやかな気持ちになっていた。

「バチョウ、戻ったのか!

 良かった。あのまま戻らないのかと思ったよ!」

 学帽に片眼鏡、バンカラマントを羽織ったバチョウの従弟いとこ・バタイは、彼女の帰還を心より喜んだ。

 バチョウは教室をグルリと見回す。バタイら何名かが残ってはいるが、ホートクの姿はどこにもない。

 バチョウの視線の動きから察したバタイは、言いにくそうに彼女に伝えた。

「ホートクは自分の部隊を率いて出ていってしまった。それに同志であったコーセンやテーギンも……。

 連れ戻そうか?」

 バチョウはバタイからの問いかけに答えるでもなくボソリとつぶやいた。

「捨ててこそ本当に大事なものがわかる、か……」

「え?」

 バチョウのつぶやきがよく聞き取れなかったバタイは思わず聞き返した。

「いや、なんでもない。去ってしまった者は仕方がない。追わなくていい」

「そ、そうか」

 バチョウの返答にバタイは気持ちの半分、安堵あんどした。あそこまでこじれてしまったホートクを仮に連れ戻せと命じられても、彼は出来る自信がなかった。

 だが、それと同時にバチョウはかつてほどの意欲を失っているのではないかと残りの半分で不安になった。

 ~~~

 バチョウが再び戻って来た頃、彼女らが寄宿しているチョウロ陣営に武将・ヨーコーが帰還した。

「それで敵将のカクシュンって奴がよ、西校舎は全部リュービのもんだって言って同盟相手の俺たちを無視しやがったんだ。

 だから俺たちも戦って、あと一歩のところまで追い詰めたんだが、カクシュンは『たとえ俺が死んでも抵抗続ける』ってねばってきやがった。

 俺もこれ以上チョウロ様よりお借りした兵を失っちゃならねぇと思ってやむなく撤退したというわけです」

 チョウロ以下、陣営幹部が勢揃いした会議の中、モヒカン頭に革ジャンを着た男・ヨーコーはそう熱弁を振るった。

 実のところはカクシュンに一喝いっかつされてさっさと帰ったのだが、彼にとっては些細ささいな差だ。とんでもない強敵相手に悪戦苦闘して辛くも逃げきったという武勇伝に仕立て上げられた。

「そうか、カクシュンとはそれほどの猛者もさであったか」

 彼の熱弁を聞いてそう答えたのは、見た目は小学生と間違うほどの小柄な体をした、男が見ても惑わされそうになるような目の覚める美少年であった。

 彼がこの陣営の主・チョウロである。

 この美少年は極めて堅苦しい言葉遣いでヨーコーに言う。

「しかし、西校舎をリュウショウの手より頂戴するのは余の悲願であった。

 それをリュービめらに横から奪わるるは無念至極である。

 ヨーコーよ、今の倍の兵を与えれば、カクシュンを降し、西校舎の何分の一でも奪い取ることは可能か?」

 チョウロの問いにヨーコーはあせった。彼は内心では意気盛んなリュービ軍と当たりたくはない。だが、チョウロの不興を買い、今の将軍の地位を失いたくもなかった。

「い、いえ、リュービ軍と戦うならば俺よりも適任がおります。

 バチョウです。彼女は西北を追い出されてから日がな一日ぼーっとしてやがります。

 ここいらで仕事をさせるべきかと思います」

「なるほど。確かにバチョウは西涼せいりょう随一の武勇なれど、今まで特に何するでもなく遊ばせていた。

 しかし、バチョウが此方こなたのために働いてくれるだろうか?」

「先にバチョウのために援軍を出して助けたのは俺らです。

 次はバチョウが俺らを助けるのが筋ってもんでしょう」

「それもそうだな。

 よろしい。バチョウにリュービ討伐を任せよう」

 チョウロはバチョウの出兵を決め、ヨーコーはほっと胸をなでおろした。

(良かった、厄介事をバチョウに押し付けることが出来た。

 バチョウは武力だけは突出しているが、西北への野心が強すぎる。リュービにぶつけて戦力を減らさなければ我らが奴に振り回されてしまうぞ)

 ヨーコーはかつてバチョウへの援軍として西北校舎南部の占領に加担した男であった。彼はバチョウの武勇と失敗を間近で見ていた。あの調子で何度も西北へ出陣されては自分たちが疲弊ひへいしてしまう。再度、西北へ出陣しようとする前にバチョウを西校舎へ差し向けようと考えた。

 群雄・チョウロはバチョウにリュービ討伐と西校舎占領を命じた。

「アタシにリュービを討て、か……」

 チョウロからの命令を受け取り、バチョウはボソリとつぶやいた。

「バチョウ、僕らは戦力が減ったばかりだ。気乗りしないなら断ってもいい」

 バタイはそう彼女に忠告したが、バチョウは構わずチョウロの指令を受けた。

「リュービ……アタシの宿敵であるソウソウの最大のライバルと言われる男か……。

 セキトクリンの言葉はわからなかったが、弱小ながらソウソウと戦うあの男を見れば、何かわかるかもしれない」

 かつて西北を震撼しんかんさせた勇将・バチョウがリュービ討伐のために出陣した。



 最新話まで読んでいただきありがとうございました。

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