【完結】大魔術師は庶民の味方です

枇杷水月

文字の大きさ
5 / 56

第5話 王城で朝食を

しおりを挟む
 ミュリエルは夜遅くまで、証明書や営業許可書を眺めて過ごした。眠れないほどに、明日からの生活が楽しみだった。

 カルヴァン邸に戻らなくていいという解放された喜びと、モーリスやジゼル、犬たちとの生活を想像して、期待に胸を膨らませた。

 翌朝目が覚めると、いつも憂鬱な気分で迎えていた朝を、初めて気持ちいいと感じた。

 テラスに立ち、足踏みしてみる。心なしか足取りも軽いようだ。今なら人目を気にせず、スキップもできてしまうのではないだろうかと、ミュリエルは思った。

 支度を済ませて、アンドレが訪ねてくるのを待ちながら、何の気なしに庭園を眺めていると、ドアをノックする音がしたので、ミュリエルはドアを開けて、来訪者をいつもより、少しだけ嬉しそうな顔で出迎えた。

「おはよう、ミュリエル」

「おはようございます。アンドレ王子殿下、本日は、ご同席いただき、望外の喜びでございます」

「あまりかしこまらないでくれ、楽しく食事をしよう。スッキリとした顔をしているようだが、昨晩はよく眠れたか?」

「はい、こんなにも、朝を清々しいと感じたのは、初めてです」

「私との婚約が破談になったというのに、清々しいとは、少し複雑な気分だな」

 ——まただ、とアンドレは思った。昨日から時折見せるミュリエルの微笑に、アンドレは激しく動揺していた。

「失礼いたしました、ずっと願っていたことが叶ったので、つい浮かれてしまいました」

「君も、浮かれるなんてことが、あるんだな」

「お恥ずかしながら、何度も書類を見返しては、胸が高鳴っておりました」

「もっと気軽に喋ってくれていい、食事の合間の雑談だと思ってくれ」

「……気軽に喋ったことがありませんので、どのように喋ればよいのか、分かりません。申し訳ありません」

 まずいことを言ってしまったと、アンドレは感じた。先ほどまで、少し楽しそうに話している気がしていたが、今は落胆しているように見える。

 ずっと、ミュリエルを、無愛想でつまらない女だと思っていたが、よく見ると、僅かに表情や瞳が動いているのだと、アンドレは気がついた。

「別にいいんだ、どんな喋り方でも。君が楽しいと思っていてくれたら、それで——」

 自分は何を言っているのだろうか?今更、楽しんで欲しいと思っているなんて、毎週やってくる鬱陶しい午後のティータイムで、彼女のことを、ずっと無視し続けていたというのに。

 話をする時間なら、いくらでもあった。子供のころは、自分が話すばかりで、ミュリエルの話を聞こうともしなかった。

 ミュリエルがあまり喋らないのは、ただ会話が苦手なだけだと気づいていたのに、話しかけるのが億劫になったからといって、無視するべきじゃなかった。

 話を聞いてやらなかったのは自分で、顔を見ようとしなかったのも自分、彼女を理解しようともしなかった。後悔したところで、何も変わらない。

 後悔……しているのか?とアンドレは自分の心が分からずにいた。

 喜んでいいはずだ、マドゥレーヌを妃にできるし、彼女だけを愛せるのだから——

「王子殿下?」心ここにあらずなアンドレに、ミュリエルが心配そうに話しかけた。

「すまない、少し考え事をしていた。何の話だっけ?」

「万一、ご病気にかかられたり、お怪我をされて困ったときは、私を訪ねてくださいという話です。アンドレ王子殿下もケクラン卿もエクトル卿も、いつでも歓迎いたします。私の作るポーションは、万能なのです」

「そうさせてもらうよ。どんな風にポーションを作るんだ?」

「病気や怪我の治療に使う薬草は、1,000種類以上あるのですが、それらを組み合わせることによって、治療に最適なポーションを作り出すことができるのです」

「その知識を、モーリス薬店の店主に教わっていたのか?」

「モーリスさんから教わったこともありますが、ほとんどは、カルヴァン家の図書室にあった本から得た知識です」

「本が好きなんだったな、エクトルから博識だと聞いた。毎日本を読んでいるのだろう?」

「本が好きかどうかは分かりませんが、本を読むことで、時間は潰せます」

 また余計なことを言ってしまった。自分はこんなにも、配慮に欠ける人間だっただろうかと、アンドレは首を捻った。

「もし、困ったことがあったら、何でも言ってくれ、元婚約者のよしみで、いつでも力を貸す」

「ありがとうございます、アンドレ王子殿下。あなたが私の婚約者で、よかったと思います」

 またミュリエルが微笑んでくれた。アンドレは、それだけのことで、無性に嬉しくなった。
 そうして、アンドレとの朝食を終え、ミュリエルは、晴れやかな気分で王城を出て、途中、明日から着る服や、靴を買い揃えながら、モーリス薬店へ向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】平凡な容姿の召喚聖女はそろそろ貴方達を捨てさせてもらいます

ユユ
ファンタジー
“美少女だね” “可愛いね” “天使みたい” 知ってる。そう言われ続けてきたから。 だけど… “なんだコレは。 こんなモノを私は妻にしなければならないのか” 召喚(誘拐)された世界では平凡だった。 私は言われた言葉を忘れたりはしない。 * さらっとファンタジー系程度 * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】パパ、私は犯人じゃないよ ~処刑予定の私、冷徹公爵(パパ)に溺愛されるまで~

チャビューヘ
ファンタジー
※タイトル変更しました。 「掃除(処分)しろ」と私を捨てた冷徹な父。生き残るために「心を無」にして媚びを売ったら。 「……お前の声だけが、うるさくない」 心の声が聞こえるパパと、それを知らずに生存戦略を練る娘の物語。 ----- 感想送っていただいている皆様へ たくさんの嬉しい言葉や厳しい意見も届いており一つ一つがすごく嬉しいのと頑張ろうと感じています。ご意見を元に修正必要な部分は随時更新していきます。 成長のため感想欄を閉じませんが公開はする予定ありません。ですが必ず全て目を通しています。拙作にお時間を頂きありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

処理中です...