【完結】大魔術師は庶民の味方です

枇杷水月

文字の大きさ
30 / 56

第27話 ミュリエルの本領

しおりを挟む
 昼は薬店で診察をし、夜は教会へ往診に出かけるという、ハードな日を送り始めて2日が経ったころ、アタナーズ商会の従業員に案内されて、パトリーの町外れにやってきた。

 そこには、大きなテントが5つ並べて設置されていた。

 フィンが言った。「ミュリエルさんが、患者を1か所に集めて治療したいと言っていたと教えたら、アタナーズ商会の人たちが、これを作ってくれたんです」

「ここは、アタナーズ商会の馬車を停めておくための敷地なので、自由に使ってください。エドガー会長や、セルジュを助けてくれたお礼です」アタナーズ商会の副会長ガストンが言った。

「助かります。司祭館も満杯になってしまっていましたから、困っていたところでした。有り難く使わせていただきます」ミュリエルは深々と頭を下げ、礼を言った。「まさか、こんなに早く実現するとは、思ってもいませんでした。フィンさんも、ありがとうございます」

「俺は何もしてませんよ」

「彼らが力になってくれると知っていて、野戦病院のことを、話してくれたのでしょう?」

「アタナーズ商会くらい大きな商会ならば、広い土地とか、大きなテントとか、持ってそうだなと思っただけです」

「今すぐに、患者さんたちを動かすことはできませんから、徐々にこちらへ移行しましょう」

 思い描いていたことが、こんなにも簡単に叶ってしまい、ミュリエルは、人々の厚意に心から感謝した。

 この危機的な状況に、迅速に対応しなければならない専門部署の保健所ではなく、疫病に対する知識なんて、ほとんど持ち合わせていないであろう人たちの方が、ずっと頼りになる。

 彼らアタナーズ商会が、団結した組織であることは一目瞭然だ。それはエドガーやソーニャの人柄によるところなのかもしれない、ミュリエルは、それを羨ましく、そして彼らに関われたことを、嬉しく思った。

 野戦病院から帰ってきたミュリエルを出迎えたのは、ソーニャの急変だった。

 ソーニャの病室に駆け込んだミュリエルに、治療にあたっていたモーリスが言った。

「危篤だ。ミュリエル、ソーニャさんの心臓が持ちそうにない」

「フィンさん、エドガーさんを連れてきてください」

「了解」フィンはエドガーの病室へ走っていった。

「直接魔力を送り込みます」ミュリエルはマジックワンドを取り出した。

「いいのか?」自分で言っておきながら、分かりきった質問だなとモーリスは思った。

 助けられるかもしれない命を、ミュリエルが見捨てる訳がない。

「これしか方法がありません」ミュリエルはソーニャの体に直接魔力を送った。

 だからと言って心筋疾患を治せるわけではない、一時的に心臓を強化するだけで、根本的な治療にはならない。心筋疾患の原因を突き止めなければとミュリエルは考えた。


「エドガーさん!ソーニャさんが急変しました。一緒に来てください」フィンはエドガーに手を貸し、ベッドから起き上がらせた。

「そんな!ソーニャ……すぐに、すぐに連れて行ってくれ」エドガーはフィンに支えられながら、ふらつく足で、どうにか立ち上がり、病室へ急いだ。

 ソーニャはすぐそこにいるというのに、病室がとてつもなく遠い気がした。

 鼻からチューブを入れられ、寝ているソーニャの姿に、エドガーは愕然とした。

「ソーニャ、ソーニャ——」呼びかけに応じないソーニャが、涙で滲んで見えた。

「ソーニャさんは、心臓に持病があるようで、持ち堪えられないかもしれない」モーリスが説明した。

「お願いだ。どんなことでもする。金ならいくらでも払うから、ソーニャを助けてくれ」エドガーはボロボロと涙を零しながら、床に額を擦り付けて懇願した。

 モーリスとフィンは、土下座するエドガーをやめさせようと、引っ張り椅子に座らせた。

「ミュリエルが直接魔力を送っているが、ソーニャさんが患ってる心筋疾患は、原因がまだ分かっていない新しい病気なんだ。治療法が分からない、すまない」モーリスが心痛な面持ちで言った。

 エドガーはソーニャの手を握り。頬を寄せた。

「嫌だ、ソーニャ。俺を置いていくな。俺を見捨てないでくれ。生涯をかけて愛すると誓うから、お前の言うことなら、何でも聞くから、だから頼む——」

 ソーニャを呼び続けるエドガーの悲痛な叫び声が、司祭館に響き渡り、ソーニャに何かあったのだと皆が知った。ソーニャは肝っ玉母さんで、アタナーズ商会の皆にとって、頼りになる存在だった。

 魔力を送り始めて1時間が経った頃、ミュリエルの魔力が切れてしまった。

 後ろに倒れそうになったミュリエルを、フィンが支えた。

「すみません。魔力切れが起きたようです」

「ミュリエルさん、ソーニャはどうなるんだ?助からないのか?」涙を流しソーニャを呼び続けたせいで、エドガーの声は枯れていた。

「分かりません。できる限りの魔力を送りました。持ち堪えてくれるよう、願うしかありません」ミュリエルは、拳を強く握り締め、悔しさに震えた。

 誰よりも優れた魔力を持っていても、救えなければ意味がない。ミュリエルはエドガーの涙を見ていられなくて、病室を出た。

 後を追ったフィンが、ミュリエルをそっと抱きしめた。

「ミュリエルさん、気持ちを言葉にしてみてください。感情を心に溜め込まないで」フィンはミュリエルの背を、落ち着かせるように撫でた。

「悔しいです。何もできない自分が恨めしいです。でも、どうすれば治せるのか、さっぱり分からないのです。何の役にも立てないのなら、魔力に意味などあるのでしょうか?私がもっと強ければ——こんなの屋敷の隅で縮こまって、人目のない夜にしか出歩けない、馬鹿で臆病な私のまま……誰も救えない」ミュリエルは腕を、力なくだらりと垂らし、フィンの胸に顔を埋めて静かに涙を流した。

「救っているじゃないですか、セルジュさんもエドガーさんも、他のみんなだって、ミュリエルさんがいなければ、命を落としていたかもしれない、そうでしょう?ミュリエルさんは今、薬師として初めての壁にぶち当たったんです。どんなに優れている人だって、全力を尽くしても、助けられない命はある。受け入れるんです。そして最後まで足掻きましょう。どこまでも付き合いますよ」

 ミュリエルは赤くなった目に涙を溜めてフィンを見た。「ポーションを作ります。手伝ってください」

「ミミズでも何でも砕きますよ」

「俺も手伝おう」出るタイミングを失ったモーリスは、病室から2人の様子を伺っていたが、そろそろいいだろうかと思って出てきた。

 ミュリエルとモーリスが、試行錯誤しながらポーションを作る傍らで、フィンは手伝いながら考えていた。

 さっきミュリエルが言った『屋敷の隅で縮こまって、人目のない夜にしか出歩けない、馬鹿で臆病な私』とはどういう意味だろうか、言葉通りの意味ならば、ミュリエルの幼少期は、辛いものだったのではないだろうか、だから、感情を面に出すのが、苦手なのかもしれないと思うと、フィンの心が締め付けられるように痛んだ。

 幼いミュリエルを、その地獄のような場所から、助け出してあげたいと、どんなに願ったところで、過去は変えられない。ならば、これからは、どんなことをしてでも、彼女を守ってやりたいとフィンは思った。

 分からないことがもう一つある。ミュリエルの魔力量が、モーリスに比べて、桁違いに多いということは、薄々気がついていた。それがポーションの効きがいい理由だろう。骨折を1週間で治してしまえるのだから相当だ。

 だとしても、ポーションにではなく、他人の体に直接魔力を注ぎ込むなんて、そんなことが可能なのだろうか。大魔術師じゃあるまいし……

(そうか大魔術師なら可能なんだ。ミュリエルは大魔術師だということか——)

 モーリスは親代わりで、ミュリエルが子供の頃から面識があるようだから、事情を知っているのだろう。聞いてみることもできるが、急いで近づこうとすれば、ミュリエルはフィンから離れていってしまう気がした。

 彼女が何であれ、打ち明けてくれるまで待とうと、フィンは思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虚弱体質?の脇役令嬢に転生したので、食事療法を始めました

たくわん
恋愛
「跡継ぎを産めない貴女とは結婚できない」婚約者である公爵嫡男アレクシスから、冷酷に告げられた婚約破棄。その場で新しい婚約者まで紹介される屈辱。病弱な侯爵令嬢セラフィーナは、社交界の哀れみと嘲笑の的となった。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

【完結】平凡な容姿の召喚聖女はそろそろ貴方達を捨てさせてもらいます

ユユ
ファンタジー
“美少女だね” “可愛いね” “天使みたい” 知ってる。そう言われ続けてきたから。 だけど… “なんだコレは。 こんなモノを私は妻にしなければならないのか” 召喚(誘拐)された世界では平凡だった。 私は言われた言葉を忘れたりはしない。 * さらっとファンタジー系程度 * 完結保証付き * 暇つぶしにどうぞ

【コミカライズ決定】愛されない皇妃~最強の母になります!~

椿蛍
ファンタジー
【コミカライズ決定の情報が解禁されました】 ※レーベル名、漫画家様はのちほどお知らせいたします。 ※配信後は引き下げとなりますので、ご注意くださいませ。 愛されない皇妃『ユリアナ』 やがて、皇帝に愛される寵妃『クリスティナ』にすべてを奪われる運命にある。 夫も子どもも――そして、皇妃の地位。 最後は嫉妬に狂いクリスティナを殺そうとした罪によって処刑されてしまう。 けれど、そこからが問題だ。 皇帝一家は人々を虐げ、『悪逆皇帝一家』と呼ばれるようになる。 そして、最後は大魔女に悪い皇帝一家が討伐されて終わるのだけど…… 皇帝一家を倒した大魔女。 大魔女の私が、皇妃になるなんて、どういうこと!? ※表紙は作成者様からお借りしてます。 ※他サイト様に掲載しております。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

【完結】パパ、私は犯人じゃないよ ~処刑予定の私、冷徹公爵(パパ)に溺愛されるまで~

チャビューヘ
ファンタジー
※タイトル変更しました。 「掃除(処分)しろ」と私を捨てた冷徹な父。生き残るために「心を無」にして媚びを売ったら。 「……お前の声だけが、うるさくない」 心の声が聞こえるパパと、それを知らずに生存戦略を練る娘の物語。 ----- 感想送っていただいている皆様へ たくさんの嬉しい言葉や厳しい意見も届いており一つ一つがすごく嬉しいのと頑張ろうと感じています。ご意見を元に修正必要な部分は随時更新していきます。 成長のため感想欄を閉じませんが公開はする予定ありません。ですが必ず全て目を通しています。拙作にお時間を頂きありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

処理中です...