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7.ポンコツ・シンデレラ
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翌日、あたしとギルは揃って王都を訪れた。
今日のあたしは可愛い。
プラチナブロンドの髪にはアホ毛1本なく、顔には可憐な薄化粧。
腰回りを引き絞った薄水色のワンピースは、さながら異世界のシンデレラ。
ヒール靴のかかとを打ち鳴らして、王都の街を風のように歩く。
「気味が悪いくらい気合が入ってるね、今日のアリアンナは」
と棘のあるコメントをくれる者はギル。
お姫様のような装いのあたしとは対照的に、ギルはいつも通りの服装だ。見慣れたシャツとズボン、ポケットに突っ込んだ革財布。
「そりゃあ気合も入るってもんよ。今日のあたしが天使並みに可愛くないと、物語は先に進まないんだから!」
「……どういうこと?」
ギルが眉をひそめたとき、通りすがりの男性がちらりとあたしの方を見た。
ほらね、今日のあたしは超絶可愛い。元々あたしはママン譲りで美人だからね、中身はポンコツだけどさ。
ギルの質問に答えるべく、あたしはコホンと咳払いをした。
「あたしとレドモンド様の出会いは、最高とは言い難かった。何せあの時のあたしはお世辞にも可愛いとは言えなかったからね」
「夕焼け空の下で鼻水ダバダバだったもんね」
「ギル、シャラップ」
あたしはゴホン、と大袈裟な咳払いをする。
「しかしこの世には『ギャップ萌え』という言葉が存在する。つまり今日のあたしが可愛ければ可愛いほど、レドモンド様はギャップにやられちゃうってこと! 『あの鼻水娘がこんなに実は可愛かっただなんて……!?』ってさ」
「鼻水娘……」
「それであたしに一目惚れ、ならぬ二目惚れをしちゃったレドモンド様は、あたしの手を握ってこう言うんだ。『可憐なお嬢様。この後、私と2人でお食事でもいかがですか』って。2人きりになれば後はこっちのもんよォ! 一気に婚約までこぎつけたるわ!」
「そんなに上手くいくかなぁ? そもそもアリアンナは、レドモンド卿がどこで働いているのかを知っているの」
至極真っ当なギルの質問である。
ふわふわと揺れるプラチナブロンドの髪を片手で押さえ、あたしは「んー……」と唸る。
「知らない……から、とりあえず王宮に行ってみようかなって。騎士団の団員さんが1人でもいれば、レドモンド様の居場所はきっとわかるよ」
ここが現代日本ならねぇ。『騎士団長 勤務場所』でググれば居場所なんて一発でわかるんだけどさ。
あたしが転生したこの異世界には、スマホはおろかテレビもラジオも存在しないのである。知りたいことがあれば人に尋ねるか、図書館に行って調べるしか方法がない。
つまりレドモンドに会うためには、地道に聞き込みを行うしか方法はないということだ。うーん、ヒロインは大変。
「王宮と言ったってさぁ。部外者がそう簡単に中に入れるわけがないでしょう……」
ぐちぐちと文句を連ねるギルの手を引き、あたしはルンルン気分で王都の街を歩く。
◇◆◇
人通りの多い王都の街を歩くこと30分。
あたしとギルはストージニア王国の王宮へと辿り着いた。
ストージニア王国の王族および側近が住まう王宮は、王都の中心部に位置している。王宮を中心として、王都と呼ばれる巨大な街が築かれている、と言い換えてもいい。
だからストージニア王国の王宮といえば、国内では有名な観光地のひとつなのだ。もちろん、一般人が王宮内に立ち入ることはできないのだけれど。
王宮の門扉前には2人の門番がいた。レドモンドの着ていた革鎧とは違う、仰々しい鉄鎧をまとっている。
手には鉄槍、あれでつつかれたら相当痛そうだ。いや、痛いぐらいじゃ済まないわ。
「あのぉ……こ、こんにちは」
門番からは3メートルも離れた場所で、あたしはそう挨拶をした。
何でもっと近くで挨拶をしないのかって? だって怖いんだもん。あんなぶっとい槍でつつかれたら、あたしドーナッツになっちゃうよ! ポン・デ・アリアンナになっちゃうよ!
鉄製兜の内側で、門番の瞳が動く。
「どちら様でございましょう」
「あ、あ、あたしアリアンナ・ローガンと言います。レドモンド・テイラー卿にお会いしたいんですけれど……」
「レドモンド卿にどのようなご用件でしょう」
「えっと……以前お借りしたハンカチをお返ししたくて……」
あたしは肩掛けカバンをかさこそと漁り、綺麗に折り畳んだハンカチを取り出した。もう1週間も前に、レドモンドから借りた物だ。
門番は感情のない瞳で、そのハンカチを見下ろした。
「ではそのハンカチは私がお預かり致します」
「いえ、あの。できればあたしが自分で返したいんですけれど……」
「それは何故」
強い口調でそう問い詰められれば、あたしは答えを返すことができない。
あたしとレドモンドの関係にまだ名前はない。『友人』ですら『知り合い』ですらない。ただ『偶然ハンカチを貸し借りしただけの関係』だ。
そしてその『名前のない関係』に名前を付けることが、今日あたしが王宮を訪れた目的でもある。その事実を、どうやって門番に説明すればいいのだろう。
あたしは助けを求めるようにギルの方を見た。
しかしその時のギルと言えば、あたしと門番の会話になどまるで興味がないのだというように、ボケーッと空を見上げているのである。
……ねぇ、最近のギルちょっとあたしに冷たいんじゃない? びっくりするくらい塩対応じゃない? 真面目に婚活しろって言ったのはギルの癖にさ、ひどいや!
心の中で地団太を踏むあたしの耳に、パカポコと軽やかな蹄の音が聞こえてきた。
見るからに高級そうな馬車が、王宮の門扉前にすいと滑り込んでくる。
あたしははっと息を飲んだ。
もしかしてこの馬車はレドモンド様の――
今日のあたしは可愛い。
プラチナブロンドの髪にはアホ毛1本なく、顔には可憐な薄化粧。
腰回りを引き絞った薄水色のワンピースは、さながら異世界のシンデレラ。
ヒール靴のかかとを打ち鳴らして、王都の街を風のように歩く。
「気味が悪いくらい気合が入ってるね、今日のアリアンナは」
と棘のあるコメントをくれる者はギル。
お姫様のような装いのあたしとは対照的に、ギルはいつも通りの服装だ。見慣れたシャツとズボン、ポケットに突っ込んだ革財布。
「そりゃあ気合も入るってもんよ。今日のあたしが天使並みに可愛くないと、物語は先に進まないんだから!」
「……どういうこと?」
ギルが眉をひそめたとき、通りすがりの男性がちらりとあたしの方を見た。
ほらね、今日のあたしは超絶可愛い。元々あたしはママン譲りで美人だからね、中身はポンコツだけどさ。
ギルの質問に答えるべく、あたしはコホンと咳払いをした。
「あたしとレドモンド様の出会いは、最高とは言い難かった。何せあの時のあたしはお世辞にも可愛いとは言えなかったからね」
「夕焼け空の下で鼻水ダバダバだったもんね」
「ギル、シャラップ」
あたしはゴホン、と大袈裟な咳払いをする。
「しかしこの世には『ギャップ萌え』という言葉が存在する。つまり今日のあたしが可愛ければ可愛いほど、レドモンド様はギャップにやられちゃうってこと! 『あの鼻水娘がこんなに実は可愛かっただなんて……!?』ってさ」
「鼻水娘……」
「それであたしに一目惚れ、ならぬ二目惚れをしちゃったレドモンド様は、あたしの手を握ってこう言うんだ。『可憐なお嬢様。この後、私と2人でお食事でもいかがですか』って。2人きりになれば後はこっちのもんよォ! 一気に婚約までこぎつけたるわ!」
「そんなに上手くいくかなぁ? そもそもアリアンナは、レドモンド卿がどこで働いているのかを知っているの」
至極真っ当なギルの質問である。
ふわふわと揺れるプラチナブロンドの髪を片手で押さえ、あたしは「んー……」と唸る。
「知らない……から、とりあえず王宮に行ってみようかなって。騎士団の団員さんが1人でもいれば、レドモンド様の居場所はきっとわかるよ」
ここが現代日本ならねぇ。『騎士団長 勤務場所』でググれば居場所なんて一発でわかるんだけどさ。
あたしが転生したこの異世界には、スマホはおろかテレビもラジオも存在しないのである。知りたいことがあれば人に尋ねるか、図書館に行って調べるしか方法がない。
つまりレドモンドに会うためには、地道に聞き込みを行うしか方法はないということだ。うーん、ヒロインは大変。
「王宮と言ったってさぁ。部外者がそう簡単に中に入れるわけがないでしょう……」
ぐちぐちと文句を連ねるギルの手を引き、あたしはルンルン気分で王都の街を歩く。
◇◆◇
人通りの多い王都の街を歩くこと30分。
あたしとギルはストージニア王国の王宮へと辿り着いた。
ストージニア王国の王族および側近が住まう王宮は、王都の中心部に位置している。王宮を中心として、王都と呼ばれる巨大な街が築かれている、と言い換えてもいい。
だからストージニア王国の王宮といえば、国内では有名な観光地のひとつなのだ。もちろん、一般人が王宮内に立ち入ることはできないのだけれど。
王宮の門扉前には2人の門番がいた。レドモンドの着ていた革鎧とは違う、仰々しい鉄鎧をまとっている。
手には鉄槍、あれでつつかれたら相当痛そうだ。いや、痛いぐらいじゃ済まないわ。
「あのぉ……こ、こんにちは」
門番からは3メートルも離れた場所で、あたしはそう挨拶をした。
何でもっと近くで挨拶をしないのかって? だって怖いんだもん。あんなぶっとい槍でつつかれたら、あたしドーナッツになっちゃうよ! ポン・デ・アリアンナになっちゃうよ!
鉄製兜の内側で、門番の瞳が動く。
「どちら様でございましょう」
「あ、あ、あたしアリアンナ・ローガンと言います。レドモンド・テイラー卿にお会いしたいんですけれど……」
「レドモンド卿にどのようなご用件でしょう」
「えっと……以前お借りしたハンカチをお返ししたくて……」
あたしは肩掛けカバンをかさこそと漁り、綺麗に折り畳んだハンカチを取り出した。もう1週間も前に、レドモンドから借りた物だ。
門番は感情のない瞳で、そのハンカチを見下ろした。
「ではそのハンカチは私がお預かり致します」
「いえ、あの。できればあたしが自分で返したいんですけれど……」
「それは何故」
強い口調でそう問い詰められれば、あたしは答えを返すことができない。
あたしとレドモンドの関係にまだ名前はない。『友人』ですら『知り合い』ですらない。ただ『偶然ハンカチを貸し借りしただけの関係』だ。
そしてその『名前のない関係』に名前を付けることが、今日あたしが王宮を訪れた目的でもある。その事実を、どうやって門番に説明すればいいのだろう。
あたしは助けを求めるようにギルの方を見た。
しかしその時のギルと言えば、あたしと門番の会話になどまるで興味がないのだというように、ボケーッと空を見上げているのである。
……ねぇ、最近のギルちょっとあたしに冷たいんじゃない? びっくりするくらい塩対応じゃない? 真面目に婚活しろって言ったのはギルの癖にさ、ひどいや!
心の中で地団太を踏むあたしの耳に、パカポコと軽やかな蹄の音が聞こえてきた。
見るからに高級そうな馬車が、王宮の門扉前にすいと滑り込んでくる。
あたしははっと息を飲んだ。
もしかしてこの馬車はレドモンド様の――
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