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船の生活

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「おいっ。見習いっ。酒持ってこい。」
「エールでいいですか?」
「何でもいい。」
「すぐ取ってきます。」


一礼して船長室から出ると俺は出来るかぎり急ぎ足で船の上中央にある食堂に向かった。
何で急ぎ足かって?


走ったら怒られるんだよ。
走るのは出向・停泊と有事の際だけらしい。


他にもガラスの器なんかは特別な時しか使っちゃいけないとか、汚いなりで食堂に出入りは禁止とか細かい決まり事がたくさんある。


もちろん、それをメモなしでいきなり覚えられるわけもなく、俺の日常は怒られることで始まり、怒られることで終わっている。
見習いとなって一週間くらいだろうか、俺の仕事は雑用全般と船長の世話だ。


何で入ったばかりの見習いが船長の傍にいられるのか不思議だったが、船長曰く「お前の細腕じゃ、ナイフどころか銃でも俺を殺すのは無理だな。」とのことで…。ちくしょう。


悔しいがその通りで、船長や他の船員の体つきは現代日本の平均的な若者だった俺とは比べものにならない。
腕の太さなんて倍くらい違う気がする。


それに、船長はあれで気難しい人らしく、特定の人間以外が傍に寄るのを嫌がる。
まあ、海賊なんてやってりゃ、命狙われるのも日常茶飯事だろうしな。


警戒っつうのか?そういうのはあるだろ。
俺なら寝首かかれそうになっても何とか出来るし、俺自身が行くとこなんてどこにもないんだ。裏切る心配も無いってもんだ。


まあ、力仕事が出来ないから、一番怒鳴られる仕事を回されたって気もするけどな。
すげえ怒鳴られるけど、お姉や銀髪以外の船員からもいじめられなくて済んでるから、これはこれでありだと思うことにしている。


たまに、船長の命令がわからなくて困ってると教えてくれるしな。
食事にありつけなかった時に、こっそりパンをくれた奴もいたし。


まあ、悪いことばかりじゃない。
その分、船長が怖いけどな。


「すみません。エールもらいに来ました。」
「おう。サイ。船長のお使いかい?…ほらよ。」
「ありがとうございます。」
「いいって。それより早く持ってけ。ぬるくなっちまう。あ。つまみは無しだって船長に言っといてくれ。もうすぐ昼だしな。」


エールをついでくれた渋い雰囲気の船員に頭を軽く下げて元来た道を戻る。
酒を揺らさないようにしながら、なるべく急ぐ。


酒は冷たい専用の部屋に入れてあるが、そこから出すと途端にぬるくなっていく。
スピードが勝負だ。


ちなみに、俺は船の皆に「サイ」って呼ばれてる。
船長だけは「見習い」って呼ぶけどな。


「ハジメ」は呼びにくいらしく、「ジーメ」とか「ハ・ジメ」になったので、斉藤から取った「サイ」の方でお願いした。


「サイ」ならまだかっこいい気がして許せる。
名前の方を区切ったり、じめじめしたような呼び方されるより何倍もマシだ。


「ただいま戻りました。」


船の一番後ろにある船長室のドアをノックして、返事も待たずに入る。
船長が酒を欲しがる時は待たせてはいけない。


でないと、酒がぬるいだのおめぇがトロいからだの難癖をつけられ始めるのだ。
場合によっては蹴りがくる。マジ理不尽。


まあでも、それで衣食住を保証してもらえてんだ。
笑って耐えてみせるっての。
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