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第8章:在りし日の感傷

第3話:情報料

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「やっぱりやめましたニャン。クロウリー様にタカったところで、現場を見ていませんからと値切られるのがヲチですニャン」

「くっそぉぉぉ! 童貞をもてあそぶなぁぁぁ。そこまで来ていたのなら、ブッチュゥゥゥと自分のファーストキスを無理やり奪ってくれっっっ!」

 魂からの叫びを腹奥から発するロビンであった。大粒の涙をボロボロと流し、それでも悔しさがにじみ出て仕方無いのか、四つん這いの状態から汚い路地の地面を右のこぶしで殴り続けていた。そこまで悪さをするつもりがなかったアヤメはタハハ……と苦笑してしまう。

 アヤメは頭を揺らすことで足りない知恵を無理やりに転がしてみせる。彼女のこの癖は彼女特有のモノであり、こうすれば良い考えが不思議とポロリと足元に落ちて転がっていく感覚があった。それをただ自分は拾い上げ、その考えを読むだけで良い。そして、神からの天啓メッセージとも呼べるそれをアヤメは読んでみる。

「ふぅぅぅむ。さすがはアヤメちゃんですニャン。ロビンの旦那。アヤメちゃんからの素敵なご提案がありますニャン!」

「なんだ? しょげている男に追い打ちをかけるつもりか?」

「違いますニャン! 誰もが1銭も損しない方法を思いついたのですニャン。それどころか、皆さんがハッピーになって、アヤメちゃんのお財布はずっしり重くなるのですニャン!」

 ロビンはハァ……と生返事する他無かった。アヤメは商売人である。神に仕える聖職者では無い。自分が得するための情報なら無料分までなら惜しみなく、買い取ってくれる相手に提示する。その代わり、本当に大事な情報については、ここからは有料になりますニャンとロビンに告げる。ロビンは財布から銀貨を数枚取り出し、アヤメのお椀状にした手のひらに乗せていく。

「なるほど。さすがはクロウリー様だ。自分が成長出来ぬと悩んでいるのをわかっていてくださったのか。それで、アヤメが自分を鍛え直してくれていたと」

「毎度ありですニャン! ロビンの旦那は狩人ハンターを生業にしてましたので、ニンジャと同じ『感知センサー』の資質を持っていると予想していましたニャン。でも、アヤメちゃんは商売人ですニャン! …………。ありがとうございますニャン! クロウリー様についでだからロビンの旦那には先祖返りジュウジンモードも会得してもらいますニャンと契約したのですニャン!」

 ロビンはアヤメの口が動き続けるようにと財布からどんどん銀貨を取り出し、アヤメの手のひらに乗せていく。これで合点がいったロビンである。アヤメは依頼金を釣り上げるためにも自分に余分なスキルを会得させようとしたのだと。王都の喧騒の中においても、自然界と変わらぬように、自分の感知力を伸ばせるのはありがたい。

 これにはまったくもって異論はないのだが、何故、ここで先祖返りジュウジンモードが必要になってくるのかがわからない。先祖返りジュウジンモードは諸刃のつるぎだ。ニンゲンの身体能力並びに感応力を大幅に向上してくれることは間違いない。だが、それは先祖返りジュウジンモードを使いこなせていた場合においてだ。

 先祖返りジュウジンモードはメリットとデメリットがはっきりと分かれている。そして、常人が先祖返りジュウジンモード中に正気を保っていられることはまず不可能だ。なのに、何故、そんな危険なスキルを自分に会得させる方法があったのか? という素朴な疑問が湧いてくる。

「こ、ここから先の情報は料金が跳ね上がりますニャン……」

「うーーーむ。さすがに高い。まからんか?」

「まかりませんニャン。アヤメちゃんの秘密にも関わってくることですニャン。ロビンの旦那はアヤメちゃんの秘密を高く買い取るつもりはございませんかニャン??」

 ロビンは思い悩むことになる。アヤメが隠していることをなるべく暴いてやりたいと卑劣漢のような思いがひとつ。しかしならが、アヤメの様子からして、アヤメはあまりヒトには知られたくな秘密を隠し持っているといった雰囲気を感じることで、ここは紳士な対応をすべきなのかもしれないヘタレな思いがひとつ。

 ロビンは頭の中で喧嘩をしあっている天使と悪魔のどっちが勝つかをぼんやりと眺めていた。だが、ロビンの天使もロビンの悪魔も悩んでいることがある。アヤメが提示した情報量が高いのだ。その高い金を払ったことで得られる情報がどれほどのものかは、はっきり言ってわからない。

「もぅ! これはサービスですニャン。感知センサーの精度をあげていくことで、知りたい相手の情報量が増えるのですニャン」

 ロビンはなるほどと思ってしまう自然と一体になるあの感覚を、感知センサーの網にかけている相手にも同じ感覚にもっていけという理屈になる。この貧民街の路地において、感知センサーで調べる相手はアヤメだけだ。ロビンは貧民街の雰囲気と一体化するため、呼吸を整える。

 一度、発動できただけはあり、二度目はそこまで手こずることはなかった。だが、超感覚にひっぱられすぎたために、先祖返りジュウジンモードが発動しかける。ロビンはフゥフゥ! と荒めに呼吸を整える。激情が腰の付け根から頭の隅々まで波のように打ち寄せてくる。

 ロビンは改めて、エーリカやタケル殿、さらにはコタロー=モンキー殿がすごいと思ってしまう。冷静沈着を自分の使命のように心に着せているロビンですら、この腰から背中を駆け昇ってきて、さらには頭を突き抜けていく激情の波には、冷静沈着という表面上の薄っぺらい言いつくろいなぞ、簡単に吹っ飛ばされてしまう。

 自分の本質を問われているような気がしてならないロビンであった。ニンゲンの本能といった部分が肉体を飛び越して、外側へと己を解き放てと吠えているのだ。身と心を焼いてしまいかねない業火が吹き荒れていた。

 ロビンは本能が身体の外側に飛び出していかないようにと、自分で自分のみぞおちに手刀を叩きこむ。グヌゥ……と呻きながら、膝から崩れ落ちるロビンはアヤメに身体を支えてもらう。またもや情けない姿を見せてしまったと思うロビンだ。

 だが、アヤメが服をめくり上げ、露出しているおへそへとロビンの右手を誘導していく。彼女のおへそとロビンの右てがが重なった瞬間、ロビンの感知センサーがアヤメのお腹ををくまなくスキャンしたのだ。アヤメはこれ以上ないほどにゾクン! ビクン! と身体を跳ね上がらせる。対して、ロビンはドックン! と心臓が大きく跳ね上がってしまう。

「この情報は金貨4枚になるのですニャン。ロビンの旦那の1年分のお給金なのですニャン。でも、もうアヤメちゃんの重要機密を知ってしまった以上は必ず払ってもらいますニャン」

 アヤメは照れくさそうでありながら、何かを諦めた表情になっていた。ロビンは喉が渇いて仕方が無い。どう考えてもアヤメが秘密にしていた情報は自分の年収にあたる金貨4枚では安すぎた。アヤメは商売人以上の商売人である。いつものアヤメならその100倍の価値で売りつけてきたに違いない。絶対に自分が損するような行動に出るはずが無い。

 それゆえにロビンはアヤメに確認するために、次のような問いかけをしてみせた。

「あ、アヤメ。ちなみに聞きたいのだが、アヤメのファーストキスはいくらなのだ?」

「もう! ロビンの旦那は意地悪ですニャン! ロビンの旦那の言い値で良いに決まっていますニャン!」
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