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第8章:在りし日の感傷
第4話:姉妹弟子
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「なんだか冬なのに春の匂いを感じるのぉ……。おいおい、血濡れの女王の団は来年の今頃には倍増しているんじゃないのかぃ?」
「う~~~む。あの堅物が女連れで愛し合う宿に入っていったわ。しかし、相手が相手にだけ、少し心配だわい。エーリカに一応、報告しておくかね」
「やめたれ、やめたれ。やけぼっくりに火がついて、血濡れの女王の団全体を巻き込む大火事になってしまうわぃ。好き合う男女を無理やり離して、悲劇が起きるのは世の常じゃぃ」
拳王:キョーコ=モトカードに色恋沙汰について、説教される日がやってくるとはアイス=キノレは夢にも思わなかった。互いに武を極めるためにセーゲン流の門をくぐった日から、女であることを捨てたアイスたちである。しかしながら、アイスは今や、血濡れの女王の団全員が我が子のように愛おしくて仕方が無い。
「わしゃはただ、ロビンのお相手がくノ一ゆえにロビンの身を案じているんじゃわい。どこぞの普通の女の子相手なら、ここまで心配せんよ」
「ふんっ。嫌われ役の小姑にでもなる気かぃ? 確かにおぬしの言う通り、くノ一は情報を引っ張ってくるためには好きでもない男と同じベッドで寝ることは軽々としてみせる。だが、あのくノ一はまだ乙女だぞ。まあ、あの愛し合う宿から出てきた時はしらんけどなっ!」
キョーコがアイスの心配を吹き飛ばしてくれる。自分も知らぬ間に歳を取ってしまったのかとさえ思えてしまう。感傷に浸っているアイスの肩に腕を回してくるキョーコ=モトカードであった。キョーコとは去年の夏に十数年振りに再会を果たしたというのに、三日ぶりとばかりにアイスに打ち解けてきていた。
(ヒトは年月を経て変わるというのに、キョーコはいつまでもあの頃のキョーコのようじゃわい)
アイスはじゃれついてくるキョーコをうっとおしいと思いつつも、彼女のおもちゃにされるがままであった。これが華も恥じらう乙女同士なら少しは絵になるのだろうが、如何せん、どちらも40代という熟女真っ盛りだ。どちらか片方が20代の男であったなら、まだいかがわしい噂を流されていたに違いない。
「んで、心の準備はできたんかぃ? うちの修行場に一緒に潜り込むってのは。生きて帰れる保証はないから、今のうちに心残りのことは全部済ませておけぃ」
「もしもの場合の遺言状はクロウリー殿に託してきた。じゃが、わしゃはここで死ぬつもりは毛頭ないわ。エーリカ嬢のために失った力を手に入れるための修行じゃぞ?」
「その意気や良しっ! 久方ぶりにタッグを組むぞぃ! おめえが一緒ならば、今度こそダンジョン最奥の裏ボスを倒せるはずじゃぁ!」
元気いっぱいに声を張り上げるキョーコに対して、ん? と頭にクエスチョンマークを浮かべるアイスであった。アイスは拳王のキョーコが修行場にしているだけはあり、キョーコならそのダンジョンをとっくの昔に攻略済みだとばかり思っていた。だが、問われた側のキョーコのほうがキョトンとした顔つきになっている。アイスは少し話が違う気がしてならなかった。
「まさかとは思うが、とんでもない高難易度のダンジョンを修行場にしておるんか?」
「いや? 難易度で分けるならば、下から2番目くらいだわぃ」
アイスの問いかけにキョーコはぶんぶんと力強く首を左右に振り、アイスの言葉を否定する。ならば、さらに疑問が沸いてきて仕方が無い。世の中に存在するダンジョンには、それぞれに難易度が設定されている。全部で10段階あり、最高峰難易度SSSクラスのダンジョンには、神話に登場するレベルの魔物がわんさかと湧いて出てくる。
さすがの拳王でも、リハビリを行う予定のアイスをそんなところに連れていくわけがないだろうと、内心ホッとするアイスであった。落ち着きを取り戻したアイスを見たキョーコはヤレヤレ……とばかりに嘆息してみせる。
かつての妹弟子が身体だけでなく、剣の腕前まで錆びついたと嘆いていた。それもそうだろう。キョーコと袂をわかった後のアイスはホバート国のとある辺境の村の守り人風情で収まっていたのだ。それはそれでアイス個人にとってはもったいない話である。だが、アイスはその地で家族とも呼べる同胞に迎え入れられていた。
ヒトの幸せはどこにあるのかと尋ねられたら、それこそ、ヒトそれぞれの価値観に準じるとしか言いようが無い。アイスは守る者を手に入れることが幸せであった。そして、拳王のキョーコは戦いに身を投じることが幸せと感じていた。だが、どちらもこのままでは足りぬと感じ、どちらからともなく自然とふたりが集まった。
そして、2人が行きついた幸せの形とは、エーリカにエーリカ自身の野望を成し遂げさせたいことであった。その一助になれればと、かつての姉妹弟子は目標をひとつにしていた。エーリカの夢を実現させる一歩として候補にあがったのが、アイスとキョーコは現時点以上の力を手に入れることであった。
キョーコは拳王のみが創り出すことが出来る領域を介して、この世界に点在するダンジョンと無理やりにリンクする。キョーコが両手を前へと突き出し、眼の前の空間を無理やりに捻じ曲げていく。眼をカッと見開き、無理やりにあちらとこちらを繋げてしまうのであった。
「ほれっ。すぐ閉まってしまうぞぃ。尻込みしている暇なぞ無い」
「う、うむ。年甲斐もなく、ドキドキしてきたんじゃ。フーフー! よっし、カチコミをかけてやるわっ!」
アイスはパンパンと両手で頬を叩き、気合を入れる。鼻息をフンスフンス! と勢いよくまき散らしながら、キョーコが開けてくれたゲートの奥へと身体を進ませる。アイスが先に入った後、キョーコはチラリとその辺りにあった木箱の上に視線を移す。
「んじゃ、監視役のコッシロー殿。1週間に1回は、こちらの世界に帰ってくるからと、クロウリー殿に伝えておいてくれぃ! 妹弟子が命を落とさんように、姉弟子がしっかりと守ってやるからのぉ」
キョーコはそう言うと、誰もいないはずである木箱の上に向かって、ひらひらと軽く右手を振る。そうしながらキョーコもまた、ゲートを強引にくぐるのであった。
「チュッチュッチュ。またしても覗き見がバレたのでッチュウ。しっかし、ボクの隠形術を軽々と見破ってくるのでッチュウ。あのレベルに到達している拳王をホバート王国へと追い出した剣王という存在を未だに信じられないのでッチュウ」
コッシロー=ネヅが月に1回程度、血濡れの女王《ブラッディ・エーリカ》内の強さランキング分けを行っている。そのランキングにおいて、不動の一位はクロウリー=ムーンライトだ。こればかりは仕方が無いとしても、その次に続く拳王:キョーコ=モトカードという存在が厄介であった。
「う~~~む。あの堅物が女連れで愛し合う宿に入っていったわ。しかし、相手が相手にだけ、少し心配だわい。エーリカに一応、報告しておくかね」
「やめたれ、やめたれ。やけぼっくりに火がついて、血濡れの女王の団全体を巻き込む大火事になってしまうわぃ。好き合う男女を無理やり離して、悲劇が起きるのは世の常じゃぃ」
拳王:キョーコ=モトカードに色恋沙汰について、説教される日がやってくるとはアイス=キノレは夢にも思わなかった。互いに武を極めるためにセーゲン流の門をくぐった日から、女であることを捨てたアイスたちである。しかしながら、アイスは今や、血濡れの女王の団全員が我が子のように愛おしくて仕方が無い。
「わしゃはただ、ロビンのお相手がくノ一ゆえにロビンの身を案じているんじゃわい。どこぞの普通の女の子相手なら、ここまで心配せんよ」
「ふんっ。嫌われ役の小姑にでもなる気かぃ? 確かにおぬしの言う通り、くノ一は情報を引っ張ってくるためには好きでもない男と同じベッドで寝ることは軽々としてみせる。だが、あのくノ一はまだ乙女だぞ。まあ、あの愛し合う宿から出てきた時はしらんけどなっ!」
キョーコがアイスの心配を吹き飛ばしてくれる。自分も知らぬ間に歳を取ってしまったのかとさえ思えてしまう。感傷に浸っているアイスの肩に腕を回してくるキョーコ=モトカードであった。キョーコとは去年の夏に十数年振りに再会を果たしたというのに、三日ぶりとばかりにアイスに打ち解けてきていた。
(ヒトは年月を経て変わるというのに、キョーコはいつまでもあの頃のキョーコのようじゃわい)
アイスはじゃれついてくるキョーコをうっとおしいと思いつつも、彼女のおもちゃにされるがままであった。これが華も恥じらう乙女同士なら少しは絵になるのだろうが、如何せん、どちらも40代という熟女真っ盛りだ。どちらか片方が20代の男であったなら、まだいかがわしい噂を流されていたに違いない。
「んで、心の準備はできたんかぃ? うちの修行場に一緒に潜り込むってのは。生きて帰れる保証はないから、今のうちに心残りのことは全部済ませておけぃ」
「もしもの場合の遺言状はクロウリー殿に託してきた。じゃが、わしゃはここで死ぬつもりは毛頭ないわ。エーリカ嬢のために失った力を手に入れるための修行じゃぞ?」
「その意気や良しっ! 久方ぶりにタッグを組むぞぃ! おめえが一緒ならば、今度こそダンジョン最奥の裏ボスを倒せるはずじゃぁ!」
元気いっぱいに声を張り上げるキョーコに対して、ん? と頭にクエスチョンマークを浮かべるアイスであった。アイスは拳王のキョーコが修行場にしているだけはあり、キョーコならそのダンジョンをとっくの昔に攻略済みだとばかり思っていた。だが、問われた側のキョーコのほうがキョトンとした顔つきになっている。アイスは少し話が違う気がしてならなかった。
「まさかとは思うが、とんでもない高難易度のダンジョンを修行場にしておるんか?」
「いや? 難易度で分けるならば、下から2番目くらいだわぃ」
アイスの問いかけにキョーコはぶんぶんと力強く首を左右に振り、アイスの言葉を否定する。ならば、さらに疑問が沸いてきて仕方が無い。世の中に存在するダンジョンには、それぞれに難易度が設定されている。全部で10段階あり、最高峰難易度SSSクラスのダンジョンには、神話に登場するレベルの魔物がわんさかと湧いて出てくる。
さすがの拳王でも、リハビリを行う予定のアイスをそんなところに連れていくわけがないだろうと、内心ホッとするアイスであった。落ち着きを取り戻したアイスを見たキョーコはヤレヤレ……とばかりに嘆息してみせる。
かつての妹弟子が身体だけでなく、剣の腕前まで錆びついたと嘆いていた。それもそうだろう。キョーコと袂をわかった後のアイスはホバート国のとある辺境の村の守り人風情で収まっていたのだ。それはそれでアイス個人にとってはもったいない話である。だが、アイスはその地で家族とも呼べる同胞に迎え入れられていた。
ヒトの幸せはどこにあるのかと尋ねられたら、それこそ、ヒトそれぞれの価値観に準じるとしか言いようが無い。アイスは守る者を手に入れることが幸せであった。そして、拳王のキョーコは戦いに身を投じることが幸せと感じていた。だが、どちらもこのままでは足りぬと感じ、どちらからともなく自然とふたりが集まった。
そして、2人が行きついた幸せの形とは、エーリカにエーリカ自身の野望を成し遂げさせたいことであった。その一助になれればと、かつての姉妹弟子は目標をひとつにしていた。エーリカの夢を実現させる一歩として候補にあがったのが、アイスとキョーコは現時点以上の力を手に入れることであった。
キョーコは拳王のみが創り出すことが出来る領域を介して、この世界に点在するダンジョンと無理やりにリンクする。キョーコが両手を前へと突き出し、眼の前の空間を無理やりに捻じ曲げていく。眼をカッと見開き、無理やりにあちらとこちらを繋げてしまうのであった。
「ほれっ。すぐ閉まってしまうぞぃ。尻込みしている暇なぞ無い」
「う、うむ。年甲斐もなく、ドキドキしてきたんじゃ。フーフー! よっし、カチコミをかけてやるわっ!」
アイスはパンパンと両手で頬を叩き、気合を入れる。鼻息をフンスフンス! と勢いよくまき散らしながら、キョーコが開けてくれたゲートの奥へと身体を進ませる。アイスが先に入った後、キョーコはチラリとその辺りにあった木箱の上に視線を移す。
「んじゃ、監視役のコッシロー殿。1週間に1回は、こちらの世界に帰ってくるからと、クロウリー殿に伝えておいてくれぃ! 妹弟子が命を落とさんように、姉弟子がしっかりと守ってやるからのぉ」
キョーコはそう言うと、誰もいないはずである木箱の上に向かって、ひらひらと軽く右手を振る。そうしながらキョーコもまた、ゲートを強引にくぐるのであった。
「チュッチュッチュ。またしても覗き見がバレたのでッチュウ。しっかし、ボクの隠形術を軽々と見破ってくるのでッチュウ。あのレベルに到達している拳王をホバート王国へと追い出した剣王という存在を未だに信じられないのでッチュウ」
コッシロー=ネヅが月に1回程度、血濡れの女王《ブラッディ・エーリカ》内の強さランキング分けを行っている。そのランキングにおいて、不動の一位はクロウリー=ムーンライトだ。こればかりは仕方が無いとしても、その次に続く拳王:キョーコ=モトカードという存在が厄介であった。
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