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第10章:里帰り

第3話:もうひとりのエーリカ

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「エーリカ。さすがに距離が近すぎる。誰も見てないからって、身体を密着させすぎだ」

「ん? 何を言ってるの? タケルお兄ちゃんはあたしのお兄ちゃんじゃない。それなのにもしかして照れてる?」

「ああ、もう可愛いなっ。そんな悪い妹にはおしおきが必要だなっ!」

 タケルはそう言うと、押し倒されている恰好から、逆にエーリカを押し倒す体勢へと瞬く間に身体の位置を変えてしまう。そして、タケルはこれでもかとばかりにエーリカの身体をくすぐりまくるのであった。エーリカは悶絶し、身体をクネクネとよがらせる。しかし、タケルはこの時ばかりは、容赦せぬとエーリカをくすぐり地獄へと落とす。

「それ以上はダ……メ。あたしたち、兄妹でいられなく……なる」

 エーリカはハァハァと熱くて甘い吐息を口から吐き出していた。照れくさいのか、エーリカは左腕で蒸気した顔を半分隠してしまっている。エーリカの湿っぽくて生暖かい声を耳にしたタケルはゴクリ……と喉奥へと押下してしまう。

 タケルはエーリカの左腕を右手で無理やり剥がし、エーリカの困っている顔を直視する。エーリカの甘い吐息が零れ落ちる唇が非常にいやらしく感じてしまう。エーリカとの間に引いた境界線を越えてしまいそうな衝動がタケルの心の底から沸き上がってくる。

 エーリカは見つめ合うタケルに向かって、そっと目を閉じる。エーリカは覚悟が決まったのか、タケルに対して、柔らかく湿りがある唇を気持ち前へと差し出す。タケルはそんな可愛らしいエーリカに向かって、自分の唇を近寄らせていく。

 その時であった。タケルの脳内にとてつもない大きさの鐘の音が響き渡ったのは。タケルは苦痛に顔を歪ませる。タケルはまたかと思ってしまう。エーリカとの境界線が曖昧になると、必ずと言っていいほどに鳴り響く頭痛を伴う鐘の音が。タケルは意識がいきなり寸断されていく感覚に襲われる。

 タケルはこの現象を『警鐘』と名付けていた。耐えきれぬほどの頭痛に襲われた。それでも、今回は抗いたい気分であった。エーリカの唇が触れるか触れないかの位置まで来ているのだ。この機会を逃せば、当分、やってこないという気持ちがあった。タケルは世界が終わりそうなほどの頭痛を乗り越えて、エーリカの唇に自分の唇を重ねる。

 エーリカは閉じている眼の隙間から涙を一筋流す。だが、タケルの唇はエーリカの唇から滑り落ちてしまう。タケルはそのまま意識が飛ばされてしまうことになる。エーリカは抱きしめているタケルの身体から力が抜けていくのを感じ取る。それゆえに、もっと涙が溢れてしまうのであった。

「コッシロー、お願い……。わたくしとタケルから、今のやり取りの記憶を消してほしい……」

「気づいていたのでッチュウか。記憶を消す前にエーリカちゃんが何者なのかを教えてほしいのでッチュウ」

 コッシローはエーリカとタケルの一部始終を観測し続けていた。今回のエーリカは暴走状態に陥っていなかった。しかし、それでも普段のエーリカとは違う存在を匂わせるほどには、エーリカのそのものの雰囲気が変わっていた。コッシローは訝しむ表情になりながら、エーリカを詰問する立場となる。

 エーリカはタケルを草地の上に起く。そして上半身を起こした後、フルフルと悲し気に頭を左右に振ってみせる。コッシローはエーリカが耐えがたい苦痛になんとか抗っていることを察する。コッシローはフゥ……と長いため息を吐き、これは貸しでッチュウよ? と、エーリカに言う。

 エーリカは悲しみの表情になりながらも、何かを諦めている表情も同時にその顔に浮かべる。コッシローは後ろ足で立ち上がり、前足で魔法陣を描き出す。それでも、コッシローは聞いておかなければならないとばかりに、エーリカに最後の質問を飛ばす。

「ちなみにボクが知らない間で、タケルとキスをしたのは何回目なんだッチュウ?」

「残念なことに、これが今のこの肉の身でのタケルとの初キッスよ。わたくしのことを淫乱だと思った?」

「いや、それを聞いて逆に安心したのでッチュウ。教えてもらったお礼に、二度目のキスも初キッスかのように思わせてやるでッチュウ。タケルと唇を重ねる日を恋焦がれておくといいでッチュウ。エーリカちゃんの魂の中で眠るがいいのでッチュウ」

 コッシローはそう言うと、エーリカに麗しの眠り姫スリーピング・ビューティを施す。エーリカの意識は朦朧となっていき、夜のとばりが降りてくる。そんなエーリカであったが、コッシローにバイバイと言いたげに、右手を軽く振ってみせる。コッシローはフンッと軽く鼻息を鳴らしてしまう。

 草地で気持ち良さそうに眠るエーリカとタケルであった。そんな2人の横でコッシローは、先ほどエーリカの表面に現れた人物が何者であるかを、自分のデータバンクにある情報と照合をかけるのであった。

「ダメでっちゅうね。クロウリー側の記録にアクセスしても、該当者らしき人物がヒットしないのでッチュウ。そもそも検索条件が間違えているのでッチュウ? いや、そんなことは無いはずなのでッチュウ。ここ3カ月近く、タケルとエーリカちゃんを観測し続けたことで絞り込んだ検索条件でッチュウよ?」

 コッシローは腕組みをしながら、左手の親指を軽く歯で噛んで見せる。コッシローが考えことをしている時によく見せる癖であった。いくら、データとにらめっこし、さらには他の検索条件でデータの洗い直しを行ってみても、先ほどのエーリカちゃんに繋がる記憶と該当人物が掘り起こせないのであった。

 これはさすがにおかしいと思ったコッシローは、眠っているタケルの額に前足を当てる。そうすると、タケルの額と自分の背中にぼんやりと痣のようなものが浮かび上がってくる。タケルとコッシローの身体に現れた痣は酷似していた。

 しかし、コッシローがタケル本人にアクセスしようとした瞬間、その場で小さな神鳴りが堕ちたかのような衝撃をコッシローが受けることになる。その衝撃でコッシローは草地に投げ飛ばされ、さらには全身を強く打ち付けれてしまうことになる。

「この方法はやっぱりダメで……ッチュウか。自分が施した封印だから、抜け道があるかと思っていたけど、さすがはボクなのでッチュウ。もうちょっと、都合が良いようにしておけと、あの時のボクに文句を言ってやりたいのでッチュウ」

 コッシローは現段階で出来ることは無さそうだと思うようになる。自分とクロウリーの記憶を探ってもダメ。タケルにアクセスすることも出来ない。手詰まり感がコッシローに忍び寄ることになる。

「これは考えるだけ無駄でッチュウね。ボクはまた、ただの観測者に戻るしかないのでッチュウ。エーリカちゃんの表面にまたアレが現れた時に、首根っこを捕まえることくらいしか思いつかないのでッチュウ」

 コッシローは下手な考え、休むに似たりという言葉を思い出す。それなら、自分も休んでおけばよいとばかりに、草地の上で気持ち良さそうに寝ている兄妹の横で居眠りを開始するのであった。2人と1匹はそれから2時間ほど、眠ることになる。
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