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第10章:里帰り
第4話:娘と父親
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春の優しい日差しの下、エーリカとタケルは気持ちよく昼寝をし、仲良くふたり一緒に目を覚ます。示し合わせたかのように起きた2人は笑いがお腹からこみ上がってしまう。のんびり休息を楽しんだエーリカたちは我が家へと帰る。エーリカの母親が夕飯の仕込みを行っていたので、エーリカたちは母親の手伝いを買ってでる。
「忙しい中、里帰りしてるってのに、何だか手伝わせちゃったみたいね?」
「ううん。気にしなくていいよ。ママの手伝いは娘の権利なんだからっ」
「それはありがたいわぁ。ママ、エーリカちゃんをこんなに良い子に育てられて、誇りに思えちゃう!」
「やめてよぉ。危ないじゃない。包丁を持ったまま、頬ずりはやめて??」
そんな仲の良い親子を横目にタケルはタケルで出来ることをやっていた。あぶねぇなあと思いつつも、親子水入らずの肌のふれあいを止めることはしなかった。タケルはまるで我が家の調理場で動いているかのように、その動きが滑らかすぎた。
タケルはエーリカのお兄ちゃんとして、エーリカの母親が用事で出かけいる時に、エーリカの面倒を見ることがあった。エーリカは放っておくと、家から飛び出し、木刀をブンブン振り回して、稽古の時間よっ! と悪ガキ集団を引き連れ回す、まさにお転婆姫と名付けても良いほどの健康体であった。
だが、それでも家でお留守番をしなければならない時もある。エーリカは豚のようにブーブーと不平不満をタケルお兄ちゃんに言ってみせる。タケルは苦笑しながら、エーリカの機嫌を取るために、何か小腹に収まりそうなものを調理場を借りて、作っていたという経歴持ちだ。
「あっれ。確か、ここに締まってあったと思ったのに。タマキさん。違う場所に移動させちゃったんです?」
「ああ、そうね。タケルくんがエーリカと共に王都へ行っちゃったから、高い場所に置いておくと、わたしがいざという時に、取り出せなくなっちゃもの」
「ああ……。ブリトリーさんって、調理場に立つのは女の仕事だ。男が入り込んじゃいけない聖域だって、意味わからないこと言ってますもんね」
「そうなのよ。それで、鍛冶場の工房は男の聖域だからって、私でも足を踏み入れると、あからさまに嫌な顔をするのよ?」
「パパって、職人らしく、ほんと頭が固いよねっ。刀を槌で打つ前に、自分の頭を槌で打てばいいのにって思っちゃうことがあるもん」
エーリカたち3人は談笑しながら、夕食の支度をしていた。エーリカが戦で鍛えた炊事の腕を見せようと、母親の前に進み出る。母親のタマキ=スミスは大丈夫なのかしら? と思いながらも、食材を切るのを任せてみる。
母親の懸念は当たる。エーリカの料理の腕前はまだまだねと母親は軽くため息をついてみせる。確かに、以前と比べれば、野菜などをサクサク切れるようになっていた。だが、それはただ単に切っただけである。一見、キレイに切っているものの、切ったもののサイズがばらばらだったのだ。
(たぶん、戦場での調理に慣れすぎちゃった感があるわね。美味しさの追求の前に、まずは腹を満たすって感じ。これじゃあ、相手の胃袋を掴むなんて、何年後になるか、わからないわね)
タマキは娘に色々と助言を与えたい気分になってしまうが、それら全てを腹の奥へとしまい込み、黙って、エーリカが切ってくれた食材を鍋の中に入れていく。味付けでごまかしをしておこうと、タマキは思うのであった。しかし、タマキの気遣いは工房から母屋に戻ってきたパパの一言で無駄になってしまう。
「ママ。調理場にエーリカを立たせただろ?」
「ええ。いくら味付けでごまかしてみたけど、パパにはすぐわかっちゃった?」
「そんなの触感ですぐわかる。味付けこそママのだが、この不揃いな噛み心地。気づかなかったら、逆にママが激怒するだろ?」
そこまでわかっているなら、娘のためにも黙っておけと言いたくなってしまうタマキであった。でも、このひとはいつまで経っても、昔からの職人なんだと思ってしまう。ずけずけと言いたいことを口走ってしまい、それによって、周りとぶつかってしまう。だが、純心がゆえに、自分の主張を簡単に曲げようとはしなかった。
「エーリカ。戦飯ってのは、第一に喰えればいいからってのがあるから、食材を切った時のサイズなんか、気にしちゃおられん。しかしだ。ママをしっかり見習わないとダメだぞ」
「もう、パパはいちいち一言多いのよっ! 久しぶりのママと娘の共同作業なんだら、べた褒めしなさいよっ!」
「ダメだ。それだと将来、エーリカの旦那になった奴が困ることになる。エーリカ、よく聞きなさい。本当に美味しいごはんを食べてもらって、心の底から美味しいと言ってもらえるのと、そうではない場合の口先だけの美味しい。エーリカはどちらが欲しいんだ?」
ブリトリー=スミスのこの言葉には、ママですらグゥの音が出ない。しかしながら、ママはにんまりと笑顔になってしまう。
「パパ。私が作るごはんは美味しい?」
「当たり前だろ。何年、ママが用意してくれたごはんを食べていると思う。しかも、今でも日に日に美味しくなるばかりだ。俺はママと結婚できたことが幸せでたまらん」
「ああ、熱い! タケルお兄ちゃん。まだ4月だってのに、うちの食卓だけ、真夏の太陽も裸足で逃げ出すくらいに熱いわっ!」
「まあまあ。両親の仲が良いのは良いことだらけじゃねえか。でも、いくら仲が良くても、その歳で新しい家族を作って大丈夫だったんですか?」
タケルが雰囲気の良い食卓にポロっと爆弾を投下してしまった。だが、エーリカは頭の上にクエスチョンマークを浮かべるのみであった。エーリカはタケルが何を言っているのか、最初はわからなかったのだ。だからこそ、首を傾げるのみだった。
「タケル。お前が何故、それを知っている? ママから聞いたのか?」
「え? 特に聞いてませんけど、もしかして、内緒の話でし……た? 俺、エーリカが知っているとばか……り」
エーリカは箸でごはんを口の中に運び、もぐもぐとそれを噛む。そうしながら、なんで、パパとタケルお兄ちゃんは変な空気を醸し出しているのか、わからないという表情であった。しかし、そんなエーリカもママの発言を受けて、ブフー! と口の中にあったごはんを噴き出しそうになった。
「えええ!? ママ、妊娠してたの?? 何でそれをあたしに教えてくれないわけ? しかも3カ月って、どういうことなのよっ!!」
「ママはエーリカに教えたかったんだけど、ほら、タケルさんも居ることだし、生々しい話はちょっと……ね?」
エーリカのママであるタマキは、エーリカが家から出ていってしまって、家が広く感じてしまっていた。それで、つい、パパにべったりと甘え過ぎたと釈明するのであった。確かに生々しすぎる話だ。親が年頃の娘にいつ言っていいか、タイミングにすごく悩むべき話だ。だが、タケルは教えてもらってもいないのに、何故か、タマキの妊娠に気づいていたのである。
「忙しい中、里帰りしてるってのに、何だか手伝わせちゃったみたいね?」
「ううん。気にしなくていいよ。ママの手伝いは娘の権利なんだからっ」
「それはありがたいわぁ。ママ、エーリカちゃんをこんなに良い子に育てられて、誇りに思えちゃう!」
「やめてよぉ。危ないじゃない。包丁を持ったまま、頬ずりはやめて??」
そんな仲の良い親子を横目にタケルはタケルで出来ることをやっていた。あぶねぇなあと思いつつも、親子水入らずの肌のふれあいを止めることはしなかった。タケルはまるで我が家の調理場で動いているかのように、その動きが滑らかすぎた。
タケルはエーリカのお兄ちゃんとして、エーリカの母親が用事で出かけいる時に、エーリカの面倒を見ることがあった。エーリカは放っておくと、家から飛び出し、木刀をブンブン振り回して、稽古の時間よっ! と悪ガキ集団を引き連れ回す、まさにお転婆姫と名付けても良いほどの健康体であった。
だが、それでも家でお留守番をしなければならない時もある。エーリカは豚のようにブーブーと不平不満をタケルお兄ちゃんに言ってみせる。タケルは苦笑しながら、エーリカの機嫌を取るために、何か小腹に収まりそうなものを調理場を借りて、作っていたという経歴持ちだ。
「あっれ。確か、ここに締まってあったと思ったのに。タマキさん。違う場所に移動させちゃったんです?」
「ああ、そうね。タケルくんがエーリカと共に王都へ行っちゃったから、高い場所に置いておくと、わたしがいざという時に、取り出せなくなっちゃもの」
「ああ……。ブリトリーさんって、調理場に立つのは女の仕事だ。男が入り込んじゃいけない聖域だって、意味わからないこと言ってますもんね」
「そうなのよ。それで、鍛冶場の工房は男の聖域だからって、私でも足を踏み入れると、あからさまに嫌な顔をするのよ?」
「パパって、職人らしく、ほんと頭が固いよねっ。刀を槌で打つ前に、自分の頭を槌で打てばいいのにって思っちゃうことがあるもん」
エーリカたち3人は談笑しながら、夕食の支度をしていた。エーリカが戦で鍛えた炊事の腕を見せようと、母親の前に進み出る。母親のタマキ=スミスは大丈夫なのかしら? と思いながらも、食材を切るのを任せてみる。
母親の懸念は当たる。エーリカの料理の腕前はまだまだねと母親は軽くため息をついてみせる。確かに、以前と比べれば、野菜などをサクサク切れるようになっていた。だが、それはただ単に切っただけである。一見、キレイに切っているものの、切ったもののサイズがばらばらだったのだ。
(たぶん、戦場での調理に慣れすぎちゃった感があるわね。美味しさの追求の前に、まずは腹を満たすって感じ。これじゃあ、相手の胃袋を掴むなんて、何年後になるか、わからないわね)
タマキは娘に色々と助言を与えたい気分になってしまうが、それら全てを腹の奥へとしまい込み、黙って、エーリカが切ってくれた食材を鍋の中に入れていく。味付けでごまかしをしておこうと、タマキは思うのであった。しかし、タマキの気遣いは工房から母屋に戻ってきたパパの一言で無駄になってしまう。
「ママ。調理場にエーリカを立たせただろ?」
「ええ。いくら味付けでごまかしてみたけど、パパにはすぐわかっちゃった?」
「そんなの触感ですぐわかる。味付けこそママのだが、この不揃いな噛み心地。気づかなかったら、逆にママが激怒するだろ?」
そこまでわかっているなら、娘のためにも黙っておけと言いたくなってしまうタマキであった。でも、このひとはいつまで経っても、昔からの職人なんだと思ってしまう。ずけずけと言いたいことを口走ってしまい、それによって、周りとぶつかってしまう。だが、純心がゆえに、自分の主張を簡単に曲げようとはしなかった。
「エーリカ。戦飯ってのは、第一に喰えればいいからってのがあるから、食材を切った時のサイズなんか、気にしちゃおられん。しかしだ。ママをしっかり見習わないとダメだぞ」
「もう、パパはいちいち一言多いのよっ! 久しぶりのママと娘の共同作業なんだら、べた褒めしなさいよっ!」
「ダメだ。それだと将来、エーリカの旦那になった奴が困ることになる。エーリカ、よく聞きなさい。本当に美味しいごはんを食べてもらって、心の底から美味しいと言ってもらえるのと、そうではない場合の口先だけの美味しい。エーリカはどちらが欲しいんだ?」
ブリトリー=スミスのこの言葉には、ママですらグゥの音が出ない。しかしながら、ママはにんまりと笑顔になってしまう。
「パパ。私が作るごはんは美味しい?」
「当たり前だろ。何年、ママが用意してくれたごはんを食べていると思う。しかも、今でも日に日に美味しくなるばかりだ。俺はママと結婚できたことが幸せでたまらん」
「ああ、熱い! タケルお兄ちゃん。まだ4月だってのに、うちの食卓だけ、真夏の太陽も裸足で逃げ出すくらいに熱いわっ!」
「まあまあ。両親の仲が良いのは良いことだらけじゃねえか。でも、いくら仲が良くても、その歳で新しい家族を作って大丈夫だったんですか?」
タケルが雰囲気の良い食卓にポロっと爆弾を投下してしまった。だが、エーリカは頭の上にクエスチョンマークを浮かべるのみであった。エーリカはタケルが何を言っているのか、最初はわからなかったのだ。だからこそ、首を傾げるのみだった。
「タケル。お前が何故、それを知っている? ママから聞いたのか?」
「え? 特に聞いてませんけど、もしかして、内緒の話でし……た? 俺、エーリカが知っているとばか……り」
エーリカは箸でごはんを口の中に運び、もぐもぐとそれを噛む。そうしながら、なんで、パパとタケルお兄ちゃんは変な空気を醸し出しているのか、わからないという表情であった。しかし、そんなエーリカもママの発言を受けて、ブフー! と口の中にあったごはんを噴き出しそうになった。
「えええ!? ママ、妊娠してたの?? 何でそれをあたしに教えてくれないわけ? しかも3カ月って、どういうことなのよっ!!」
「ママはエーリカに教えたかったんだけど、ほら、タケルさんも居ることだし、生々しい話はちょっと……ね?」
エーリカのママであるタマキは、エーリカが家から出ていってしまって、家が広く感じてしまっていた。それで、つい、パパにべったりと甘え過ぎたと釈明するのであった。確かに生々しすぎる話だ。親が年頃の娘にいつ言っていいか、タイミングにすごく悩むべき話だ。だが、タケルは教えてもらってもいないのに、何故か、タマキの妊娠に気づいていたのである。
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