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第11章:上陸

第9話:帳簿

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 タケルはエーリカに対して、ヤレヤレ……と息を吐く。そうした後、ポンポンと軽くエーリカの頭に自分の手を乗せ、困っている時にはいつでも頼りにしてくれと言い、自分も部屋から退室していくのであった。エーリカはエヘへッと嬉しそうに自分の頭を右手で軽く撫でるのであった。

 ブルース隊が仮の王都:カイケイに到着してから、瞬く間に夜になってしまう。エーリカ本人はブルースやアベルに休息しておけと言いながら、自分はクロウリーと共に遅くまで帳簿のチェックをしていた。クロウリーは少し休みましょうと言って、調理室に何かないか探してくると言って、離席する。

 エーリカは椅子に座ったまま、う~~~ん! と思いっ切り身体を伸ばす。そして、ふぅ~~~と思いっ切り息を吐き、足を投げ出した格好で椅子に体重を預けるのであった。

「根を詰め過ぎないようにとはお互い、注意しあっているけど、ボンス=カレーが居ないのは厄介よねぇ。ホバート王国に残って、アデレート王国に物資を届ける役目を任せたけど」

 こういう事務的な仕事は本来ならクロウリーとボンス=カレーの役目であった。しかしながら、ボンスを仕事で本土に残してきた以上、彼の代わりをやらなければならないのがエーリカであった。こういうことになるのであれば、もっと事務方の団員を増やしておけば良かったと思ってしまう。

 しかし、問題はクロウリーの方にあった。彼の重箱の隅をつつくような精査なチェックは、ボンスでなければ相方が務まらないほどに、緻密であった。帳簿の数字が合わなければ、最初からチェックをし直す。エーリカはそれくらい良いじゃないのと言うが、クロウリーは頑なに首を縦に振ろうとはしなかった。

「調理場に果物がありましたので、失敬してきました」

「うん、ありがと。このバナナっての、クセになるわね。甘さが控えめでありながらも、食べやすいし、さらには意外とお腹に残ってくれるから、夜食には最適だわ」

「気候の問題で、ホバート王国では栽培されていませんからね、バナナは。バナナって焼いても美味しいんですよ?」

「それって本当? あたしはちょっと試す勇気がないかも。タケルお兄ちゃんに試食させて、それでタケルお兄ちゃんが美味しいって言うのなら、考えなくもないかな?」

「エーリカ殿の毒見役であるなら、タケル殿も喜んでやってくれることでしょう。ちなみに、昔のバナナは今のバナナと違って、甘味が無いどころか、柔らかい植物の茎をそのまま食べているような味わいだったそうです」

 クロウリーがバナナに関するうんちくをエーリカに披露する。エーリカはバナナを行儀悪く咥えながら、ふむふむとクロウリーの話を聞く。クロウリーはそんなエーリカに苦笑しつつも、楽しく談笑を続けるのであった。

「さて……と。おやつの時間は終わり。あと1時間くらいは頑張りましょうか」

「そうですね。22時過ぎになったら、今日はここまでってことで〆ましょう。エーリカ殿、新しい帳簿を取ってくれますか?」

 エーリカは促されるままにクローリーに分厚い帳簿を渡す。この帳簿には、今日、到着したブルースがクロウリーに手渡したものだ。兵の名前、兵の数、兵の装備品だけでなく、持ち込んだ兵糧や資材などがずらずらびっしりと帳簿に書き込まれていた。

「船10隻の船団で一度に兵500と兵糧、資材。これまたとんでもない数ですね」

「ほんと、帳簿を開いただけで、閉じて窓から放り投げたい気分になっちゃう。いい加減、数字とにらめっこは卒業したいわ」

「本国にいるボンス殿の後釜が決まりさえすれば、彼もアデレート王国にやってくることが出来ます。それまでの辛抱でしょうね」

「なるべく早く決まってほしいわ。マグナ商会のツテも頼っているって聞いてるけど、なかなかクロウリーのお目に叶う人材が見つからないって、報告書にはあったわね」

 ホバート王国からアデレート王国への支援役を担当するからには、最低でもボンスレベルでなければ、安心して任せられない。ボンスは激務の中でも、自分に代わる人物を探していてくれているだけでもありがたい。ホバート王国からの支援が途切れるようになれば、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は為す術もなく、アデレート王国内で立ち往生してしまう。

 時間は無いが、だからと言って、人選を見誤ってしまっては、元も子もない話だ。エーリカはこっちはこっちでなんとか凌ぐと、ボンスに連絡している。

「アベルには悪いけど、レイの手を借りようかしら?」

「真面目さで言えば、信頼出来ますけど、あちらはあちらでアベル隊のまとめ役をしなければなりません。真面目がゆえに頭がパンクする危険性があるんですよね」

「難しい問題だわ。セツラお姉ちゃんを後続隊に回しちゃったのが失敗だったかも」

「セツラ殿は血濡れの女王ブラッディ・エーリカの2枚看板のうちのひとりですから。ホランド将軍と一緒に渡海させるのが筋ってもんですよ」

 まさに無い袖は振れぬという状況であった、今の血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は。ホバート王国で着々と準備を進めてきたが、いざ、アデレート王国に到着してみれば、抜けていた部分が多々あった。そのしわ寄せが集中した先は、他ならないエーリカとクロウリーの両名であった。

 エーリカとクロウリーは帳簿の数字とにらめっこをし続け、予定していた22時過ぎとなる。エーリカは椅子から立ち上がり、これ以上、数字ばっかりを見ていられないとばかりに、フラフラとした足取りで執務室の外へと出ようとする。だが、エーリカがドアを開ける前に、そのドアがこちら側に迫ってくることになり、エーリカは身の危険を感じるのであった。

「おっと、すまねえっ! エーリカ、大丈夫か? すっごい音がしたけどさっ!」

「いったーーーい! これがセツラお姉ちゃんだったら、大惨事になってるわよっ! それこそ、傷物にされたから、タケルお兄ちゃんに責任を取ってもわらないといけませんっ! って言うくらいにっ」

 エーリカがおでこをさすりながら、尻餅をついている。涙目になっているエーリカに対して、どうしたらいいかわからないという感じになってしまっているタケルであった。何かおでこを冷やすものがないかと、クロウリーの方を向く。クロウリーはヤレヤレ……と言った表情で、ポケットからハンカチを取り出し、さらには何もない空間の向こう側から小さな氷塊を取り出す。

「はい、タケル殿。これでエーリカ殿の額を冷やしてやってください」

「さんきゅっ、クロウリー。ああ~~~、これまた扉にクリーンヒットしたな。エーリカのおでこが真っ赤だ。よしよし、今、冷やしてやるからな」

 タケルはハンカチで小さな氷塊を包み込み、それをエーリカのおでこへと軽く当てる。エーリカはタケルに身を任せ、おでこを冷やしてもらうことになる。じんじんと熱いおでこと氷の冷たさが混ざり合う。段々とおでこから痛みが取れていき、エーリカはようやく立ち上がれるようになる。

「念のため、もうしばらく俺がエーリカの様子を見ておくわ。じゃあ、良い夢を」

 タケルはそう言うと、エーリカの身体を支えつつ、執務室を出ていく。クロウリーはそう言えば、なんでこんな夜22時過ぎにタケル殿は執務室にやってきたのだろう? と考えるが、それは明日の朝にでも聞けば良いと思うのであった。
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