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第12章:アデレート王国

第1話:馬

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――竜皇バハムート3世歴462年 6月13日――

「ケージとランは後続隊に、あたしたちが先にロリョウの町のさらに先にある砦へと向かったと伝えておいて。1日休んだら、そちらに向かうようにと。頼んだわよ」

「おう、任せてくれ! エーリカ様は安心して、砦に入ってくれ!」

「うぅ……。せっかくエーリカお姉たまに再開したばかりなのに、エーリカお姉たま成分を補給する前に行ってしまわれるのですぅ。でも、エーリカお姉たまのために、しっかりと仕事をしておくのですぅ!」

 エーリカはブルース隊の補佐であるケージ=マグナとラン=マールをカイケイのみやこに残す決定を下す。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団1400はカイケイのみやこから出発し、戦乱で荒れ果てたヨク州を横断していく。

 このヨク州に限った話では無いが、アデレート王国はいくさだけでなく、日夜を問わずに出没する山賊、野盗により、エーリカたちが想像していた3倍、国土は荒れ果てていた。

「ひっどいものね。町と町を繋ぐ主要道路でさえ、この荒れ果て具合ってのは、さすがに想像していなかったわ」

「先生もこれには驚きです。アデレート王家はこの惨状をどうにかしようと思わなかったのでしょうか?」

 テクロ大陸本土はホバート王国と大きく違うことがあった。道という道は石を地面に敷き詰めることをおこない、しっかり『道路』として、整備されていたのだ。だが、せっかくの石畳の道路のすぐ脇には壊れた馬車が放置されている。それを為したのが山賊や野盗なのは調べなくても容易に想像できた。

 山賊や野盗によって、財産だけでなく命まで奪われてしまったひとたちが骨だけになって、散乱していた。誰も彼らを埋葬するようなことはしておらず、野に住む獣が魂が抜けてしまった彼らの身体を貪ったのだろうと推測できてしまう。

「弔いをしてあげたい気持ちは山ほどあるけど、いちいち足を止めていたら、今度はあたしたちが山賊たちの餌食になりかねないわね」

「そうですね。とてもじゃないですが、野宿はお勧めできません。いくらこちらが1千以上の兵数を抱えていようが、夜の暗闇に乗じられては、たまったものではありません」

 何故、アデレート王国のみやこだけでなく、町ですら石壁でぐるっと周囲を囲む必要があるのかという疑問は自然と解けることになる。アデレート王国の治安がそもそも悪いのもあるが、ホバート王国とアデレート王国では根本的な違いがあった。エーリカたちを遠巻きに観察している一団が、エーリカの疑問に対する答えを持っていた。

「隙あれば、いつでも急襲してやろうってのが見え見えね。こっちは1千以上の兵団だけど、ほぼ全員が徒歩かち。あっちは50程度だけど、全員、騎乗しているわ」

「さすがは大陸といったところですね。どこから盗んできたかはわからないですが、山賊や野盗如きが馬を揃えています」

 血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団では、隊長格のみが騎乗している。何故、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団にほとんど騎馬兵がいないかというと、馬は確保するだけではダメだからだ。

 馬は非常に神経質でデリケートな生き物である。騎乗訓練をほとんど受けていない血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団であるが、そもそもとして、馬の管理に長けた人材がいない。これはホバート王国全体の問題にも繋がる。テクロ大陸本土とは違って、地平線の彼方まで草原が続くような土地では無いからだ。

 テクロ大陸本土には遊牧民族という、平原から高原、高原から平原を渡り歩く部族が存在する。酪農を主体とするため、どうしても大移動のために馬が必須となる。馬が必須な環境に置かれれば、自然と馬の管理に長けた人物が登場してくる。

 エーリカとクロウリーはこの先のことを考えて、そういった人材をカイケイのみやこで確保しようとした。だが、彼らは一様にエーリカたちの誘いを鼻で笑って断る。それもそうだろう。エーリカたちはそもそも馬を保有していなかったからだ。

 先ほども言った通り、馬は非常に繊細でデリケートな生き物だ。そんな馬を船に乗せて、海上を渡ることなど出来ない。エーリカたちはそんな事情から、アデレート王国に渡る時には、保有する馬はゼロであった。馬の管理に長けた人物は、まずは数は少なくても、馬を手に入れることから始めろと助言する。

 そして、名馬と呼ばれるほどの素晴らしい馬を手に入れれるほどに馬の数を確保すれば、馬の管理に長けた人材はその名馬に惹かれて、向こうからやってくると言われた。エーリカはなるほど……と納得せざるをえなかった。今まで、そういう考えを頭の中によぎったことさえ無い。

「ああいうひとたちって、本当に馬を愛してるんだなって思っちゃう。しかも、親切なことに、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの隊長格と荷馬車を引く分だけでも、馬を売ってくれたし」

「向こうも商売なんだから、必要とされるならもっと馬を売ってくれたらよかったのですが。お前らではこの数がお似合いだっ! って、馬屋から追い出されましたね」

「でも、あたしは気づかされたわ。馬もそうだけど、ヒトもそうなんだって。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に良い人材が集まるかどうかは、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団そのものの在り方が問われてるんだって」

「それは良い気づきです。悪名高い人物にはそれに似合う人材が。そして、高名な人物にはそれに似合う人材が集います。エーリカ殿はくれぐれも、日頃からの振る舞いに気をつけておいてください」

 クロウリーはそう言いながら、ニッコリとエーリカに微笑む。エーリカはニカッと気持ち良い笑顔で返す。そんな2人に後ろから騎乗して現れる人物が居た。エーリカはその人物にどうしたの? と問う。

「賊と思わしき騎乗した50が、距離を保ったまま、ずっと私たちと並走しているのです! アベル隊長からあいつらは放置しておくのか? とのことで、私がエーリカ様に尋ねにきたのです!」

「アベルは戦いたがっているわけね。ありがと、レイ。相手は純粋な騎馬50よ。下手にちょっかいをかければ、徒歩かちしかいないあたしたちじゃ、ぼこぼこにされかねないってアベルに伝えてちょうだい」

「そんなに騎兵のみって強いのです? こちらの30分の1しかいませんけど……」

 レイはアベルと同じ意見であることは丸わかりであった。向こうはこちらから位置が丸見えな距離で、こちらと並走し続けていた。お前らなぞ、まったくもって怖くないと言いたげな態度である。そんな奴らの鼻っぱしらをボキッとへし折ってしまいたくなる。

「アベルとレイヨンの不満はわかるわ。でも、徒歩かちで純粋な騎兵集団に立ち向かうのはとっても愚かなことよ。だから、あたしたちもやるなら純粋な騎兵集団でやりあいましょ?」
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