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第12章:アデレート王国

第9話:コッサン=シギョウ

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 なおも食い下がるコッサンにエーリカは馬の足を止める。エーリカは遠巻きにこちらを見ている賊徒の騎馬兵に視線を送りつつ、コッサンにこう尋ねる。

「あなたの中のあたしは、あたしたちと並走を続ける賊徒をどう扱うと思っているのかしら?」

「これは面白いことを聞いてくれます。エーリカ様なら、自分に兵100を与え、あの賊徒を蹴散らしてこいと命じることでしょう」

「わかってるじゃない。じゃあ、さっき預けばかりの兵100を運用して、あたしたちの信頼を勝ち取ってきなさい。もちろん、こちらは1兵も死傷者も出さずにね」

 なかなか厳しいことを言ってくれるあるじだと思ってしまうコッサンであった。騎兵50に対して、歩兵100で挑むだけでも十分に難しいことだ。死者を出さないだけなら、まだなんとかしようがある。それなのに、自分のあるじは死傷者と言ってきた。ようは完勝してみせろということだ。

 コッサンは頭の中で策を練り上げる。賊徒は常にこちらよりも高い位置を陣取っている。そこに向かって、歩兵100を突っ込ませるのはただの無謀以外の何者でもなかった。しかしながら、コッサンはエーリカに拱手きょうしゅした後、馬の向きを変えて、与えられたばかりの兵100の先頭に戻ってくる。

「お手並み拝見ね。これで十分な結果を出せるようなら、コッサンにもっと兵を預けれると判断出来るし。死傷者とは言ったけど、死者を出さなければ良いわ」

 エーリカは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の先頭が自分に追いつくまで、その場で馬の足を止め続けた。その頃になると、コッサンは準備が終えたのか、兵100を率いて、賊徒の方向へと向かっていく。

「ん? あれはコッサンの隊か?」

「ええ、そうよ。ひとりも死傷者を出さずに、賊徒を蹴散らすって放言してたから、やれるもんならやってみなさいって、叱ってみせたの。そしたら、自分がそれを為せたのなら、エーリカ様のご寵愛が欲しいっていってきたわ」

「うへぇ……。エーリカが嘘を言っているのが丸わかりだが、歩兵100で騎兵50相手に完勝出来るのなら、それくらいの噂は流してやっても良いかもしれんな」

「実績を見せつけれるほどの腕前があるなら、あたしは重用するって宣伝にもなるからね」

 エーリカの言っていることは、コッサンにとっても有意義なことであった。新参者はその集団において、普通の実績よりも、特別な実績を上げなければ、なかなかに古参連中から認められることは無い。こういうのはどれほどのインパクトを一度にどれだけ与えられるかにかかっている。

 コッサン側もそれは承知であり、歩兵100を連れて、じわじわと賊徒との距離を縮めていく。距離を詰められたことに嫌気を感じた賊徒はじわりとその歩兵100から距離を空ける。だが、コッサン隊は空いた距離の分だけ、隊を賊徒に近づかせる。

 それを1時間ほど繰り返した後、賊徒たちはある現象に気づくのであった。知らず知らずに自分たちの首を自分たちの手で締める行動に出ていたことを。賊徒たちの進む方向には竹林があり、このまま馬に乗って、その竹林を進むことは騎兵の機動力をどうやっても自分から潰してしまうことになる。

 賊徒たちは選択を迫られる。このまま竹林の中に進むか、竹林を迂回するか、そもそもとして、自分たちと不気味な距離感を保っている歩兵100に突っ込むか? こういう状況に持っていかれた以上、バカでも歩兵100が何かしらの策を持っていることはわかった。

「おかしら。どうするんですかい? こりゃぁ、絶対に罠にちげぇねえ!」

「わかってるわい、そんなことはっ! あちらは従兄弟の隊を7騎で壊滅させたんだっ。ちっ! 従兄弟の仇討ちをしたかったが、ここは退くぞっ! 油断していい相手じゃねえからなっ!」

 賊徒のおかしらは部下にそう言うと、馬の向きを変えて、そのまま、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団が見えない位置へと消えていく。コッサンはフゥ……と長い息を吐き、それじゃああるじの下に帰るぞと歩兵たちに告げるのであった。

 歩兵たちは100で騎兵50と真正面から戦う危険が去っていったことで、胸を撫でおろすのであった。そんな歩兵たちにニッコリと微笑んだコッサンは自分の隊を血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団本隊へと合流させる。

「やるじゃない。蹴散らせと言ったけど、賊徒を皆殺しにしてこいって言わなかった、あたしの負けね」

「自分が勝ったと誇れることなど、何ひとつしていませぬ。自分はただ、あるじの威を借りただけですぞ。エーリカ様が先日、賊徒をたった7騎で蹴散らしてくれていたからこそ、身共の小賢しい策が成っただけにすぎませぬ」

「あたしとしては、もっとインパクトがある勝利を望んでいたから、そこだけ残念って感じ。でも、他の者が文句を言っても、あたしはコッサンのやり方は十分に評価しているわ。あたしの足を洗うご褒美をあげるわね」

「臣下の礼としては、いささか度がすぎる提案ですな。でも、個人的には脚フェチなので、あるじ様の生足に触れ、思う存分、洗いたいという欲望もあります。悩ましい話です」

 コッサンはそう言うと、エーリカに拱手きょうしゅし、その場から自分の隊の先頭に戻っていく。エーリカと馬を並べていたタケルはヤレヤレ……と頭を左右に振るのであった。

「俺なら、はい喜んでっ! って言っちゃうんだけどな。俺のプライドが無さ過ぎるだけか?」

「タケルお兄ちゃんはただの変態だから、そうするだけでしょ。コッサンはそもそも、アデレート王国民だわ。受け取り方がそもそも違うもん。でも、まだまだ若いんだなって印象。叔父のカキンなら、あたしのウケ狙いで、やってくれると思うもん」

「それは違いねえな。コッサンの目を見ていると、野心の焔が静かにその奥で燃えているのがわかる。だけど、真に大成したいのなら、こういうことはあいつに取っての試練になるんだろうな」

 アデレート王国発祥の言葉で『股肱の臣』という言葉がある。あるじにとって欠かせない存在として使われる言葉だ。エーリカは自分の足を洗わせることで、コッサンの忠誠心を計ろうとした。だが、コッサンは下男のような扱いをされてまで、エーリカに服従する姿勢を見せなかった。

 だからこそ、男らしいと思いつつも、もったいねぇ……と言ったのがタケルだった。自身の野望を叶えるためならば、一時の恥を恐れぬ覚悟が必要だ。現に歴史でも『カンシンの股くぐり』という有名なエピソードが残されている。今の世では国士無双の名と知られているカンシンは、若き時、自分のひ弱さをなじる町民に出くわし、その町民に自分の股をくぐるように命令された。

 だが、カンシンは怒りや悔しさをその表情に浮かべることは無く、笑みさえ零しながら、その町民の股をくぐってみせる。カンシンは戦うべき時と相手を知っていたからだと言われていた。まさに国士無双がゆえに取れた行動であったに違いない。
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