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第14章:南ケイ州vsアデレート王家

第7話:カンショウ将軍の一騎駆け

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 本陣から騎馬に乗り飛び出したカンショウ将軍を追いかけるように4千の歩兵が敵陣目がけて真っ直ぐに突っ込んでいく。カンショウ将軍を先頭にして、自然と4千の兵は鋒矢ほうしの陣をかたちどる。カンショウ将軍はちらりとだけ後ろを見て、ニヤリと口の端を歪ませる。

「目指すは敵本陣よぉ! 皆の者、邪魔する敵兵を蹴散らし、一気に駆け抜けよぉぉぉ!」

 カンショウ将軍は昂りを抑えないままに渡河をおこなう。両軍をくっきりと分けていた河の水深は浅く、カンショウ将軍と彼の後ろに続く4千の勢いを衰えさせることは無かった。カンショウ将軍は渡河し終えると、すぐさま眼の前に横長に展開している2千の軍団の真正面から突入していく。

「なん……だと? 海が割れるように、敵が散開していく? ふんっ! 面白いっ!」

 カンショウ将軍は戟を手に持ち、まずはひとり! と歩兵に向かって振り下ろす。だが、その戟が敵兵の身体に届く前に、敵兵は対抗する素振りも見せずに、横へと移動していく。カンショウ将軍は敵が作った誘いとも思える道の先を見る。

「くはぁ! 我輩が出張ってくることがバレているかと思えば、チンオウ将軍ではないかっ!」

「カンショウ将軍……。何も聞いてくれるなっ! 自分のあるじはエーリカ様よっ!」

 敵兵が横へと退いたことで、2千の軍を率いている将がカンショウ将軍の目に映ることになる。カンショウ将軍はとてつもない嬉しい顔になりながら、馬を操り、一直線にチンオウ将軍へと接近していく。チンオウ将軍も馬を操り、カンショウ将軍と並走する。カンショウ将軍は戟を振り回し、チンオウ将軍を殺そうとする。チンオウ将軍は殺されてなるものかと、槍を振り回して対抗する。

「貴様のしたり顔をぶっ飛ばしてやりたいと常日頃から思っておったわぁ!」

「その台詞はこちらが言うべき台詞ですぞぉ! 能力があるゆえに、散々、自分をなじってくれた過去をお忘れかっ!」

「若造が……、言うてくれるわぃ! 貴様を鍛え上げたのは我輩だぞぉぉぉ!」

「いつまでも若造扱いっ! まさに老害というべき存在だっ!」

 チンオウ将軍は南ケイ州の領主から1万の兵を与えらるほどに立派な将軍であった。エーリカたちによって、その1万を破られることは置いておいてだ。それでも南ケイ州の総大将であるカンショウ将軍から見れば、チンオウ将軍はひよっこ同然である。その態度はこの一騎打ちでも存分に発揮されることになる。

 カンショウ将軍は勢いそのままに戟をどんどん振り回す。チンオウ将軍は実直に自分の身に振り下ろさてくる戟を槍で弾く。カンショウ将軍はちょこざいなっ! と言いながら、チンオウ将軍を馬ごと押しまくる。チンオウ将軍は圧に耐えきれなくなり、馬ごと体勢を崩すことになる。

 それがチンオウ将軍の命を救ったとも言えよう。カンショウ将軍はトドメの一撃をチンオウ将軍に入れようとするが、戟はチンオウ将軍の乗っている馬に当たってしまう。チンオウ将軍はそのまま横倒れになりながら馬と共に地面を滑っていく。カンショウ将軍はフンッ! と鼻息を鳴らし、チンオウ将軍のトドメを取らずに次の敵を探し求める。

 カンショウ将軍が一騎打ちに勝ったことで、彼の後ろに続いていた4千の兵は勝鬨かちどきをあげる。カンショウ将軍は兵たちが発する熱に押されるように、眼の前に展開している新たな2千の軍団へと突っ込んでいく。

「またか……。性懲りも無く、我輩に一騎打ちをさせたいようだなぁぁぁ!」

「キョーコ、アイス師匠。あたしにあの敵を譲ってちょうだいっ!」

「えええ? うちが戦いたかったのによぉ……。まあ、エーリカの頼みとあれば、任せるぞぃ」

「えらく簡単に引き下がったのお。今日は槍の雨でも振るんじゃないかい?」

 カンショウ将軍は眼の前に騎乗した女侍が3人いることを視認していた。1対3とは面白いことをしてくれると思っていた。だが、真ん中に立つ女侍が両脇を固めていた2人を下がらせる。カンショウ将軍の血は一気に頭に上ることになる。

「貴様は我輩を舐めたっ!」

「舐めてなんかないわよっ! 敵の総大将の性格からして、単騎駆けを仕掛けてくる可能性があるってチンオウ将軍から一応、言われてたのよっ! そんなことあるわけないじゃないとあたしは思いつつもあなたを罠に嵌める準備をしっかりと整えておいたわっ!」

「ふんっ! チンオウ将軍めがっ! 我輩は道化ではないぞぉ!」

 カンショウ将軍は自分と並走する女侍に向かって、これでもかと戟を振り下ろす。女侍は身に合わぬほどの美しい太刀でカンショウ将軍の激を叩き落としていく。カンショウ将軍は驚いてしまう。戟と向こうの太刀がぶつかり合うことで独特な剣戟の音を奏でることになるが、奏でられる音よりも両手を伝わってくる衝撃のほうがよっぽど重かったのだ。

 カンショウ将軍は面白い……と思ってしまう。こんな小娘が自分よりも強き力を持っていると感じざるをえなかった。1万の兵を指揮できるチンオウ将軍ですら、ただの前座だということがわかってしまう。

 カンショウ将軍は10合、女侍と剣を交える。カンショウ将軍は最初、10合も経たぬ内に、この女侍を倒せると見込んでいた。だが、続く10合を重ねたところでも決着はつかなかった。それどころか、剣を交えてから22合目にカンショウ将軍はヒヤッとさせられることになる。

 剣を交えるごとに女侍の振るう太刀の鋭さが増していったのだ。22合目を数えた時、そこが攻防の節目となる。ここまでの攻め側はカンショウ将軍であった。だが、23合目からは女侍が一騎打ちの主導権を握っていた。カンショウ将軍は防戦一方となり、28合目には被っていた兜を宙高く舞い上がらされることになる。

「ちっ! 小娘如きに遅れを取るとはまさに恥ぃぃぃ。だが、これで頭が冷えた。感謝するぞぉぉぉ!」

「またのお越しをお待ちしているわよっ! 全軍、隊列を整えてちょうだいっ!」

 カンショウ将軍は攻め時を失ったと感じ、女侍に背中を見せる。自分に追従してきた4千の兵は戸惑っている。カンショウ将軍は兵たちを一喝し、ここは死地ぞっ! と宣言した。カンショウ将軍は閉じられていく道を馬に騎乗したまま走り抜ける。カンショウ将軍は一切、後ろを振り向くことは無かった。

 カンショウ将軍の転進に遅れてしまった兵たちは、左右から突っ込んでくる敵兵に対して、為すすべもなく囲まれ、さらには討ち取られていく。それでもカンショウ将軍は自分の命こそ大事とも言えるように、一直線に味方本陣へと馬を走らせる。カンショウ将軍が本陣に到着する頃には、率いていた4千の内、2千が壊滅するという大打撃を受ける。

 だが、カンショウ将軍はそのことにまったく興味がないかのよう振る舞う。本陣の天幕に到着するなり、酒樽に木椀を突っ込む。酒で満たされた木椀を仰ぎ、その中身を一気に飲み干し、ぷはぁぁぁ! と美味そうに呼吸をする。

「がーははっ! 敵本陣にまで到達できるかと思えば、面白き女侍に出会って、気付けば足を止めてもうたわぃ! これが作戦の一環であるならば、あいつは生きたまま捕らえ、我輩の配下として登用してやろうぞぉぉぉ!」
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