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第14章:南ケイ州vsアデレート王家

第6話:狼煙

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――竜皇バハムート3世歴462年 7月16日――

 エーリカたち血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団は2千と、南ケイ州の投降兵2千の合わせて4千でヨク州と南ケイ州の州境を越える。続けて、ホバート王国のホラルド将軍が血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の後詰となる。

 エーリカたちは州境を越えると、どんどん軍の速度を上げる。州境から西に5キュロミャートル行った場所で、6千の流民が集っていた。エーリカたちはその流民たちと合流すると、エーリカの前にアヤメ=イズミーナとロビン=ウィルが流民の中から4人を連れてくる。

「ようやく到着ですニャン。エーリカ様から連絡を受けていたように、チンオウ将軍の家族はこちらですニャン!」

「おおっ! まさか生きて、そなたらと再会できるとは思わなんだぞっ!」

 チンオウ将軍は捕縛されたままであったが、彼の身体に彼の家族がしがみついてくる。そんなチンオウ将軍の後ろからエーリカが鞘から太刀を抜いたまま、近寄っていく。エーリカの接近に気づいたチンオウ将軍の家族は震えあがるが、果敢にもエーリカの前に立ちはだかる壁となる。

 そんな健気な家族に対して、エーリカはニッコリと微笑む。

「危害を加えるわけじゃないわ。チンオウ将軍の縄を斬ろうとしてるだけよ」

 エーリカはそう言うと、家族たちの壁を無理やり割る。そうした後、エーリカはチンオウ将軍の身体を拘束している縄を太刀で斬り落とす。チンオウ将軍はどういうことだ? という顔つきになっていた。エーリカは毅然とした態度でチンオウ将軍にこう告げる。

「チンオウ将軍。選びなさい。自由の身となったことで、南ケイ州の領主の下に戻るか。それとも、あたしに命を預けて、南ケイ州の領主と戦うか」

 チンオウ将軍は脱帽するしか無かった。敵対した相手を許すと言ってくれているのだ。さらには枷となるはずの家族も救ってくれている。ここまでされて、南ケイ州の領主を我があるじと仰ぐことは出来ない。

「わかりましたぞ。我が命、エーリカ様の好きなようにお使いください」

 チンオウ将軍は片膝をつき、さらには両手を合わせて拱手きょうしゅする。臣下の礼は終わったとばかりに、エーリカはチンオウ将軍に武具と兵士を返すのであった。エーリカたちが南ケイ州の投降兵2千をここまで連れてきたのは立派な理由があってこそだ。いくら投降兵と言えども、命令系統がまったくもって違う。エーリカたちが投降兵2千をすぐにでも有効活用するには、チンオウ将軍の協力が無ければならなかった。

 だが、そういう理由は確かにあるものの、エーリカが投降兵の家族を救おうとしたのは、エーリカの正しい意志があってこそだ。これがあるからこそ、真に投降兵はエーリカのために働くのである。

「まったくとんでもないものを見せつけられている。マーベル。お前は良い女の部下をもらったもんだ」

「くっそ! あんな光景を見せつけられたら、ブルースにまた嫉妬しちまうだろっ! 久方ぶりの再会でさっそく喧嘩しちまったってのにさぁぁぁ!」

 ホラルド将軍は大声でぼやく自分の補佐を軽快に笑ってみせる。自分の補佐であるマーベル女傑の彼氏は、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの双璧のひとりであった。昨日、ようやく再会したというのに、殴り合いの喧嘩をしてしまったとマーベル女傑は落ち込んでいた。

 しかしながら、あのエーリカの部下なだけはあり、マーベル女傑が落ち込んでいるところに、花束を持って参上してきた。そして、照れまくるマーベルはブルース=イーリンと喧嘩の第2ラウンドとなり、決着はハグからのキスと相成った。そんな感動的なドラマをしたばかりというのに、マーベルはブルースの直属の上司であるエーリカに嫉妬しまくりであった。

 マーベル女傑の気持ちはわからないでもない。それほどまでにエーリカは立派になっていた。ホバート王国で見ていた時のエーリカはまだまだ幼さを残していた。今でも、幼さたっぷりであるが、その幼さを残しつつも、大人の顔つきになっていた。これほど、不気味な存在を、ホランド将軍はお目にかかったことは無い。

(自分は何を見せつけられているんだろうな。稀代の英雄は、その英雄が居なくなった後に評価されると言う。エーリカ殿が英雄と並ぶのかはまだわからぬが、異質さだけは英雄と遜色無いのであろう)

 ホランド将軍から言わせれば、エーリカ殿の器の大きさがどれほどのものか、測定不能であった。ホランド将軍では、エーリカを推し量ることは出来なくなってしまっていた。そういう人物を英雄と呼ぶべきなのかもわからない。

 推し量ることが出来ぬでも、一緒に行動し、彼女を助けることは出来ようと思ったホランド将軍はエーリカとクロウリーに指定された場所へと2千の軍を進める。エーリカはホランド将軍の軍が移動を開始したのを確認すると、自分の軍も所定の場所へと移動させていく。

 南ケイ州のみやこからは2万の軍が出立していた。これだけの軍を動かせば、いくら流民を逃さぬためとは言えども、アデレート王家側が反発を示すのは必定であった。案の定、南ケイ州の領主であるチョウハン=ケイヨウの予想通り、向こうもそれなりの数を出してきた。

 南ケイ州の2万とアデレート王家の1万4千が浅い川を挟んで対峙することになる。どちらも川向こうに陣を作り、ここから一歩も退かぬという気構えを見せた。各陣営が陣を建設する間、各地で小競り合いが起きる。互いに罵倒し合う言葉の醜い応酬から始まった。

 その川を挟んで行き交う言葉の中に石が混ざる。言葉の量より、石の量が増え始めると、こんどはその石の中に矢が混じるようになる。罵倒し合う言葉が消える頃には、石と矢が半々の状態になっていた。だが、まだこれでも全軍が一斉に動くことは無かった。

 各方面の牽制が続き、早5日が経過しようとしていた。風に流された矢が南ケイ州軍の頭を飛び越え、さらには南ケイ州の本陣にある本部の天幕に刺さった。その矢はそこで勢いを止めることなく、南ケイ州軍の総大将であるカンショウ将軍の足元に突き刺さる。カンショウ将軍は床机しょうぎから立ち上がり、地面に突き刺さった矢を抜き取り、その矢を両手でベキッとへし折るのであった。

「これは吉兆。いくさを始めよという軍神:K.N.S.N様からの報せよっ! ブンチョウ将軍とゲンシ将軍に伝令しろぉぉぉ! 我輩自ら軍を率いて、アデレート王家の弱兵を蹴散らしてやるわぃ!」

 カンショウ将軍は本陣にある陣幕から外に出ると、自分の馬を用意せよと従者に伝える。従者は両膝をついて、拱手きょうしゅした後、立ち上がる。カンショウ将軍の馬を持ってくると、カンショウ将軍は馬の上へと飛び乗る。

 カンショウ将軍は動きが鈍いと怒号を発するや否や、部下が止めるのも振り切ってしまう。このままではカンショウ将軍ひとりで敵陣に切り込むのではないのか? という危惧に襲われる南ケイ州軍であった。彼らはカンショウ将軍に遅れまいと徒歩かちで追いかける。
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