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第14章:南ケイ州vsアデレート王家

第9話:逃げるカンショウ将軍

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――竜皇バハムート3世歴462年 8月7日――

 南ケイ州軍の総大将であるカンショウ将軍は日に日に薄気味悪さを感じていた。まるで真綿がゆっくりと首を締めていく感覚を覚えていた。カンショウ将軍は息が詰まるとばかりに、汗で濡れた首を手で拭う。

「北から3千の兵を率いて、突貫する! それに合わせてゲンシ将軍は南から挟み込むように渡河するのだ!」

「いいや! それでは結局いつも通りよっ! ここは一気に決着をつけるべく、ブンチョウ将軍とこちらで合わせて6千で真正面から、敵陣を切り裂こうぞっ!」

 カンショウ将軍は朝から本部に将軍たちを集めて、意見を交わさせていた。将軍たちもまた、遅々と進展せぬ戦場に嫌気がさしているのがわかる。将軍たちの意見はこの膠着状態を打破するためには突撃あるべし! と意見を集約させていく。

 カンショウ将軍から見れば、それは破れかぶれの突撃に思えた。現状の膠着状態を見る限りで言えば、突撃をおこなうことで、戦況の打開を見出すのはそれほど間違っていない。だが、そのきっかけがまるで無いのだ。だからこそ、破れかぶれだと思ったのである。

「あーーー。集まってもらったところ悪いがぁ。我輩の目から見て、すでに我が軍は勝機を失っているように見えるぞぉぉぉ」

 カンショウ将軍のこの一言で、本部に集まる将軍たちはドキリッと心に焦りを生じさせる。だが、心の中だけで納めていようとしたが、その動揺が声に乗ってしまった。カンショウ将軍はボリボリと後頭部を右手で掻く。

 勝機を失ったということは、即ち、これ以上、この地に留まり続けて戦うのは無駄ということである。それに気づいていたのはカンショウ将軍だけでは無かったのは、彼らのうわずった声からもわかる。カンショウ将軍は、どうしたものかと思い悩むことになる。

「ブンチョウ。このいくさを引き分けと見るか? それとも、我輩らの敗北と見るか?」

「ハッ! 引き分けと見るが良いかと。あちらは十分に損害を被っておりますゆえ。仕置きとしては十分かと……」

 ブンチョウ将軍がそう言うと同時に、カンショウ将軍はブンチョウ将軍を呪い殺すレベルの眼力で睨みつける。ブンチョウ将軍はカンショウ将軍の圧に押され、どんどんと声が尻すぼみに小さくなっていく。次にカンショウ将軍はゲンシ将軍に同じ質問をした。

「恐れながら……。このいくさは元々は南ケイ州からアデレート王家へ逃げ出した流民を捕らえることから始まったこと……」

「ふ~~~む。なかなかに面白いところに目をつけおるなぁ? では、最初から我輩らは負けていたということか?」

「勝敗の基準をどこに置くかになりますが……。拙者から言わせれば、流民を捕らえられなかった時点で、拙者たちの負けでした」

「くはっ! ブンチョウ。聞いたか? ゲンシは我輩の今回の指揮を頭から否定したぞぉぉぉ??」

 カンショウ将軍の目は笑っていなかった。ブンチョウ将軍の顔に顎髭が当たりそうなほどにカンショウ将軍が顔を接近させる。ブンチョウ将軍が顔を背けるが、カンショウ将軍はブンチョウ将軍の顔を追いかける。ブンチョウ将軍は逃げ場所が無くなり、その場で尻餅をついてしまう。そんなブンチョウ将軍相手にカンショウ将軍はフンッ! と鼻を鳴らすのであった。

「ゲンシよ。みやこに帰ったら、貴様を昇進させてやろう」

「ハッ! ありがたき幸せっ!」

 ゲンシ将軍は頭を下げつつ、カンショウ将軍に拱手きょうしゅする。だが、ゲンシ将軍はまったくもって喜ぶことなど出来なかった。自分は出世できるだけの功をこのいくさで示すことは出来ていないと思ったからだ。そして、カンショウ将軍の次の言葉で、ゲンシ将軍の背中に冷たい汗が吹きあがることになる。

「撤退準備を始めろぉぉぉ。勝てぬいくさで兵をいたずらに損耗させるのはバカでも出来るわぃ。殿しんがりはゲンシ。貴様が努めろぃ」

 ゲンシ将軍はカンショウ将軍の命令にすぐさま返事をすることが出来なかった。カンショウ将軍はジロリとゲンシ将軍を睨みつける。ゲンシ将軍は蛇に睨まれたカエルのように、その場で指一本、動かせなくなってしまう。

「ゲンシ将軍、もう一度、言うぅぅぅ。殿しんがりとなり、南ケイ州のみやこに1兵でも多く逃がせぇぇぇ」

「お、お言葉ですが! それは拙者に死ねと言っているのでしょうか!?」

「ん? 何も我輩は死ねとは言っておらん。ちゃんとゲンシ将軍のことは考えておるぅ。チンオウ将軍が敵に投降したというのに、向こう側で元気にやっとるじゃぁないかぁ? うぉん?」

 ゲンシ将軍はガクガクブルブルと身体を震えさせていた。命令に背けば、この場で死を賜うことになるは必定。命令通りに殿しんがりを務めれば、死ぬ可能性が大。もし、敵に投降でもしようものなら、みやこにいる自分の家族は死罪。どの道を選んでも、カンショウ将軍にこのいくさは負けだと言った時点で、ゲンシ将軍の未来は真っ暗だった。

「委細っっっ、承知っっっ……つかまりました。ですが、みやこに住む家族の面倒はカンショウ将軍がっ!」

 ゲンシ将軍はせめてもの情けをかけてもらいたいと思った。カンショウ将軍は震えあがるゲンシ将軍にこれでもかという笑顔を送ってみせる。カンショウ将軍は南ケイ州軍の絶対王者であった。この場においての命令権限は南ケイ州のチョウハン=ケイヨウよりも上であった。

 カンショウ将軍は行動が素早かった。撤退するとなれば、我先とばかりに馬に飛び乗り、誰よりも速くその馬を駆けさせた。無人の荒野をひとり爆走するカンショウ将軍はニヤニヤとした笑顔が止まらなかった。

「クハハ……。アデレート王家も存外にやりおるぅぅぅ。あちら側で戦う日が楽しみだなぁぁぁ!?」

 カンショウ将軍は腹から笑いが込み上がってきてしまう。アデレート王家軍は南ケイ州軍を蹴散らせば、その勢いをもってして、南ケイ州のみやこまで攻め上がるは必定だ。彼らをみやこの外で立ち往生させ、さらには隙を見て、南ケイ州のあるじを討つ。その首級くびを手土産に門を開けさせれば、自分は何ひとつ失わずに、次はアデレート王家に仕えれば良いと思っていた。

 だが、因果応報がカンショウ将軍の身に降りかかろうとしていことに彼は気付きもしなかった。カンショウ将軍はみやこに向かう道中において、とある1軍を見ることになる。カンショウ将軍はその1軍が掲げる軍旗を見るや否や、そんなバカなことがあってたまるかぁぁぁ! と絶叫してしまうのであった。

「我が軍師:ヨーコ=タマモよ。お前の策に従えば、われはどこまでも高く昇っていける。お前が我が傘下に入ったことで、われの運命の扉は開かれた」

「ほっほっほっ。もっと褒めてたもれ? アデレート王家が頑張れば頑張るほど、自分の首を自ら締めていると、気づかなかったようじゃ。大魔導士:クロウリー=ムーンライトも歳のせいでボケてしまったのかえ?」
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