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第16章:逃避行

第2話:双璧

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 ゴコウの町の住人たちと最後の挨拶を交わした後、エーリカは用意された馬に飛び乗る。彼女の脇を固めるように、拳聖:キョーコ=モトカードとアイス=キノレが馬を並べる。エーリカは血濡れの女王ブラッディ・エーリカの双璧であるブルース=イーリンとアベルカーナ=モッチンにそれぞれ400の兵と2千の流民をあてがう。

 エーリカたちはアデレート王家が直轄領としているヨク州を3つの隊で横断していく。エーリカ率いる本隊が先行し、その後をブルース隊、アベル隊と続く。ゴコウの町を出立したエーリカはその二日後にはアデレート王家の仮のみやこであるカイケイのみやこの10キュロミャートル西を進軍していた。

「あの軍旗はシュウザン将軍。そして、ケンキ将軍ね。キョーコ。彼らはあたしたちの敵だと思う?」

「軍の配置のさせ方を見るに、戸惑っているというところだなぁ。各将軍がそれぞれ4千の兵を率いておるぅ。こちらは兵400に流民2千じゃぁ。やる気があるなら、あんな防御に適した布陣はせんじゃろうてぇ」

 キョーコ=モトカードの言う通り、シュウザン将軍とケンキ将軍が率いている軍団を長方形に並べていた。ここから先にあるカイケイのみやこには絶対行かせないという意思を感じさせてくれる。エーリカたちは彼らを横目に身ながら、兵と流民を北西へと回り込むように移動させていく。

 その間、シュウザン将軍とケンキ将軍の軍は、少しだけ軍団の向きを北西、北、北東に向けるだけであった。エーリカはシュウザン将軍とケンキ将軍に対して、心の中で感謝を述べる。しかしながら、エーリカたちがカイケイのみやこから北東に15キュロミャートルほどの地点へ到達した時であった。血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の最後方に居るアベル隊がカイケイのみやこから出立していた他の将軍率いる軍団に急襲されることになる。

「このまま見逃してくれるとは、こちらも思っていなかったわ! ミンミン、レイ! できる限りのことをするぞ!」

「おいら、ケンキさんが襲ってこなかっただけでもありがたいんだべ! ケンキさんじゃないなら、遠慮はまったくしないんだべさ!」

「アベル隊長に初めてをあげる約束はまだ果たしていないのです! ひとの恋路を邪魔する奴らは、私が全員ぶっとばしてやるのです!」

 アベルたちはエーリカから預けられた400の兵で、向かってくる2千の兵と対峙する。流民2千を先に行かせ、アベル隊は強固な壁となる。アベル隊は奮戦し、戦力差5倍と言えども、対等に戦うことになる。

 アベル隊によって、セイレイ将軍が進軍を阻まれたことを知ったアデレート王家所属のケイヨ将軍は血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の首魁を捕らえるべく、その戦場を東へ迂回する。しかしながら、ケイヨ将軍が向かった先には血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の別動隊が存在した。その隊を率いるのはブルース=イーリンであった。

「道を塞ぐように難民を広げさせているか! 難民を盾にするとは言語道断の奴らよ!」

 ケイヨ将軍はそう言って、エーリカを罵倒してみせる。だが、これはエーリカが命じたことではない。流民たちがエーリカを信じたがゆえの自発的な行動であった。ブルース率いる流民2千が山のあい路を塞ぐように道いっぱいに広がってみせたのだ。ただでさえ狭い場所だというのに流民が広がれるだけ広がることでケイヨ将軍が率いる2千の進軍の邪魔をする。

「ええい! これではらちがあかぬ! あからさまに進軍を邪魔する者はアデレート王国の民草と言えども、斬り払え!」

 ケイヨ将軍は無理やりに道を開けようとした。兵士たちに邪魔者たちを排除しろと厳命する。だが、そうすればそうするほど、流民たちは死体になってでも、その場所から動こうとはしなかった。頭に血が昇ったケイヨ将軍は馬を降りて、道で岩のように動かなくなっている流民たちのひとりを無理やりに起こし、さらには腰に佩いている長剣ロング・ソードでめった斬りにしようとした。

「おいおい……。それはいただけないぜ。通行の邪魔だと思っても、何の罪も無い流民たちを斬ろうってか?」

「ボクたちにも責任があるのですぅ。ほら、皆、立ち上がるのですぅ。エーリカお姉たまは皆を盾にしたいなんて、言った覚えは無いのですぅ」

 ブルースの補佐であるケージ=マグナがケイヨ将軍に向かって、皆朱槍を突き出し、蛮行を止める。ケイヨ将軍が難民から手を離すと、またもや、その難民が岩になろうとした。だが、それを止めるようにとラン=マールがその流民を立ち上がらせる。流民たちは渋々であるが、ラン=マールに促されて、その場で立ち上がり、エーリカたちが向かっている目的地へと移動を再開する。

「いやあ、すまねえ。あいつらはあいつらで血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の役に立とうとしてたんだ」

「ふんっ! 感謝はせぬぞっ! 流民たちは見逃しても、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団員たちには、剣王との交渉材料にさせてもらうからなっ!}

 ケイヨ将軍は眼の前のケージ=マグナにそう言うと、兵士たちに奴を捕らえよと命じる。兵士たちは槍を手に持ち、ジリジリとケージとの距離を縮めていく。そんなケージの傍らでランが目をキラキラさせながら抜刀する。

「ひとり30人っていったところだな」

「ボクは50人でも構いませんよぉ? たくさん斬れば斬るほど、後でエーリカお姉たまに褒めてもらえるのですぅ」

「大きく出たねぇ~~~。んじゃ、俺っちは100人斬りといこうかぁぁぁ!」

 ケージとランはそれぞれに武器を手に持ち、ケイヨ将軍率いる2千と真っ向から勝負する。ケージとランの配下である300の兵たちもケージたちと共に奮戦する。それにより、ケイヨ将軍もまた、足止めを喰らうことになる。

 業を煮やしたアデレート王家のショウシ将軍はそのあい路を東へと迂回する。しかしながら、そのショウシ将軍率いる2千の兵もまた、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団の別動隊とかち合うことになる。

「ここが死に場所と覚悟を決めるでござる! あい路はケージとランに任せたのだ! ケージたちに奮戦させておいて、自分たちだけが生き延びれると思うなでござる!」

 ブルースはエーリカに預けられた400の兵の内、300をケージとランに任せた。自分は100の兵を率いて、あい路を迂回してくるであろう敵軍を待ち構えていた。ブルースは右手に持つ斧槍ハルバートを振り回し、馬に跨ったまま、戦力差20倍の敵軍へと突っ込んでいく。ブルースに遅れまいと100の兵がブルースを追いかける。

 横腹を急襲されたショウシ将軍は兵の混乱を最小限に抑える。ブルース率いる100の最初の突撃で、あわや崩壊しそうになっていたショウシ将軍の軍隊であったが、すぐさま体勢を整え直し、こちらに一撃を入れて逃げていくブルース100を地の果てまで追いかけていくのであった。
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