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第16章:逃避行

第3話:売国奴

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 エーリカたち血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団がアデレート王家軍に追われるよになってから1週間ほどさかのぼる話をする。この日、エーリカたち血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団に殿しんがりを任せたシュウザン将軍率いるアデレート王家軍は、命からがらアデレート王家が頼りにするカイケイのみやこへと逃げ帰っていた。

 シュウザン将軍とケンキ将軍はカイケイのみやこに到着するなり、アデレート王家の代表者であるオウロウ=ケイコウに、南ケイ州であったことを報告するためにと王宮へと足を運ぶ。だが、王宮はシュウザン将軍たちの登城を拒んだのだ。王宮が彼らを拒んだ理由として、王家の一大事が起きていたと説明される。

「剣王が南ケイ州と手を結んだ可能性があるというのにっ! アデレート王家存亡の秋というのに、何故に天はオウロウ様の命を取り上げようとしているのだっ!」

「シュウザン将軍。わたくしが共にいなければ……。わたくしは腐っても、アデレート王家の末裔のひとりですわ。王宮では、シュウザン将軍がわたくしを次の代表に立てるかもしれないという危惧を抱いているのかもしれません」

「散々にケンキ殿をぞんざいに扱っておきながらっ! 今更に保身かっ!」

 シュウザン将軍は怒りが収まらず、自分の屋敷にある立派な壺を両手で抱え上げ、さらにはそれを床に叩きつけてみせる。彼が今割った壺はアデレート王家から褒美として、与えられたものであった。だが、その価値も無いとばかりに壺を叩き割ったのだ。

 だが、そんな怒れるシュウザン将軍をもっと怒らせる自体になる。その報を持ってきた王宮勤めの文官を危うく斬り殺してしまいそうになるシュウザン将軍であった。

「ホバート王国からの援軍を捕らえる……だと!? 貴様は何を言っているのか、わかっているのかっ!」

「ひ、ひぃぃぃ! 私はただ、新しくアデレート王家の代表になられるであろう、オウシュク=ケイロウ様の命をシュウザン将軍にお伝えしにきただけですぞ!」

 シュウザン将軍は腰に佩いた鞘から長剣ロング・ソードを抜き、それを右手で高々と振り上げる。だが、その長剣ロング・ソードを恥知らずな文官の頭のてっぺんに叩き落とす前に、シュウザン将軍の配下たちがシュウザン将軍の身体に纏わりつく。シュウザン将軍は放せ! と怒号を飛ばすが、配下の者たちは決して、シュウザン将軍の拘束を解こうとはしなかった。

「剣王と大賢者が喜ぶだけですぞっ!」

「然りっ! アデレート王家内で内紛を起こさせる。これが剣王と大賢者の企みに間違いありませぬっ!」

「黙れっ! 剣王と大賢者がそんなセコイことをするとは思えんわっ! 現に向こうから、ホバート王国の援軍を捕らえろとは言われていないではないかっ!」

 シュウザン将軍の言う通りであった。アデレート王家、いや、アデレート王家の現代表であるオウロウ=ケイコウの後継者の最有力候補であるオウシュク=ケイロウが剣王と大賢者に媚びを売るために、ホバート王国の援軍を剣王と大賢者に自発的に売り渡そうとしていたのである。

 だが、正しき言が通らない時代がアデレート王家にやってこようとしていた。シュウザン将軍はオウロウ=ケイコウ様自身も剣王たちに自発的に売られたのだと考えた。そもそもとして、オウロウ様が重病になったタイミング自体がおかしかった。

 南ケイ州との決着をつけるために、シュウザン将軍とケンキ将軍に併せて8千の兵を与えたのは、オウロウ様だったのだ。そして、シュウザン将軍たちがみやこから出立する際には、オウロウ様自らがシュウザン将軍に腰を抜かすほどの戦果を期待しているという言葉をかけてくれていた。その時のオウロウ様は精気に満ち溢れている顔をしていたのだ。

 そんな御方がこの3週間で、寝室にあるベッドから立ち上がるどころか、意識すらもまともにないほどの大病を患うとは、とてもでは無いが考えられない。シュウザン将軍は王宮に散々、オウロウ様との面会を求めたが、頑なに王宮側はシュウザン将軍の登城を認めなかった。

 自分の屋敷にて、憤慨する日々を送っていたシュウザン将軍に面会してきた文官が告げた一言で、シュウザン将軍の堪忍袋の緒が切れるどころか、爆ぜてしまったのだ。シュウザン将軍は怒りに震える身体を抑えつけようともせずに怒鳴り散らかした。しかしながら、自分の配下たちにより、その怒りはついにオウロウ様の後継者であるオウシュク=ケイロウにぶつけることは叶わなくなってしまう。

「自分がアデレート王家の将軍となってしまったことが間違いなのであろう。忠義を唱える者が牢に入れられる時代になっていく。お前たちは隙を見て、カイケイのみやこから脱出するのだ」

「あなた……。あなたはどうするの?」

「私はアデレート王家の最後の良心となろう。さあ、行くが良い。エーリカ殿の部下であるボンス=カレー殿に、お前たちのことは頼んである」

 シュウザン将軍はアデレート王家が堕ちるところまで堕ちたことで、ある覚悟を決める。嫁と息子たちをボンス=カレー殿に預ける決断を下す。そうした後、シュウザン将軍は王宮に登り、アデレート王家の新代表者であるオウシュク=ケイロウに臣下の礼をおこなう。

「父の代からの忠義。誠にありがたいばかりだ。これからはわれが、このアデレート王家の代表者となる。どうかわれを支えてくれ」

「はっ! このシュウザン。最後までアデレート王家と共に!」

 シュウザン将軍は片膝をつき、オウシュクに拱手きょうしゅする。しかしながら、決して顔をあげることはなかった。顔を下に向け続けるシュウザン将軍に対して、無慈悲にもオウシュクは王としての最初の命令をシュウザン将軍に与える。シュウザン将軍を総大将として、ホバート王国の援軍のことごとくを捕らえよと命じたのだ。

 シュウザン将軍はその命を受けると、その場で立ち上がる。オウシュクは玉座に座ったまま、ビクンッ! と身体を跳ね上がらせる。だが、シュウザン将軍は顔をあげないままで、王宮の外へと出ていってしまう。オウシュクは玉座に尻を乗せ直すと、胸を撫でおろす。そうした後、シュウザン将軍が出立した後、すぐに彼の家族を捕らえよと文官たちに命じるのであった。

「大魔導士:クロウリー様はエーリカ殿たちとは合流していないという話であったが、これまた見事な逃げっぷりよ。こちらが広く展開できぬ場所を選んで、交戦を開始しておるわ」

「シュウザン将軍。いいのですか? エーリカさんたちを捕らえよという命を下されているのに、配下の将に命令するだけでは……」

「気にするな、ケンキ将軍。誉れあるシュウザンはもうすでに過去の話ぞ。もう、いち両日すれば、いやでも軍を動かす。ケンキ将軍こそ、ミンミン殿の助太刀をしなくていいのか?」

「わたくしは迷っております。愛するミンミンさんの下に駆け寄るべきなのか、それとも腐ってもアデレート王家のために戦うべきなのかを」

「迷っている時間は、もう多くは残されていないぞ。自分が目をつむっている間に、答えを出すが良い。自分が目を開けた時にケンキ殿が居ないことを祈ろうではないか」

 シュウザン将軍はそう言った後、両目を閉じる。耳には馬の足音が遠ざかっていく音が聞こえる。シュウザン将軍は3分間ほど、じっくりと眼を閉じ続けた。そして、目を開けた時、自分の隣に居たケンキ将軍は居なくなってしまっていた。

「全軍に通達する! これより、血濡れの女王ブラッディ・エーリカの団を捕縛する! だが、優先順位を間違えるなっ! 他の者を取り逃がしても、首魁であるエーリカだけは絶対に逃がすなっ!!」
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