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第1章:罪には罰を
第6話:導きの白ネズミ
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「おい、気をしっかり持てでッチュウ。部隊全体が魔力を含んだ怪しげな霧に包まれたでッチュウ。レオン。お前にはまだまだ素戔嗚から呪力を引き出してもらうことになるのでッチュウ」
第十七部隊に所属するレオナルト=ヴィッダーの左肩にちょこんと乗っている蝙蝠羽が生えた白いネズミが彼にそう告げる。言われた側のレオナルト=ヴィッダーはただでさえ意識が朦朧としているのに、これまで以上に警戒心を強めろと言われ、空っぽであるはずの胃袋から胃液が食道を逆流しそうになってしまう。
「おえぇぇぇ……。がはげほっ! これ以上、呪力を引き出し続ければ、俺が俺でなくなる……」
他の者と同様、顔や剥き出しの肌に泥や枯れ葉でペイントを行っているレオナルト=ヴィッダーが槍を杖代わりにしゃがみ込んだ状態であった。だがその状態だというのに、ふらふらと身体を前後左右に揺り動かしており、見るからに危なっかしいこと、この上無い。彼の左肩に乗っている蝙蝠羽つきの白いネズミがやれやれといった表情のままに
「何を言っているのでッチュウ。隠形の術を1週間ほど展開する程度で、お前がお前でなくなるわけがないのでッチュウ。気をしっかり持てでッチュウ」
蝙蝠羽つきの白ネズミが前足でペシペシとレオナルト=ヴィッダーの左頬をはたく。その姿が愛らしいのか、レオナルト=ヴィッダーの周りにいる兵士がクスクスと笑いだす。
「我らに幸運を運んでくださるコッシロー=ネヅ殿。レオナルト=ヴィッダー殿にはしっかり務めを果たしてもらえるようにしてくだされよ?」
第十七部隊に所属する面々はレオナルト=ヴィッダーと共についてきた蝙蝠羽つきの白いネズミであるコッシロー=ネヅを歓待していた。彼? は見た目から明らかに精霊の類であることは一目瞭然である。そして、白い色をした動物はその飼い主や彼の周りの者にも幸運をもたらすとウィーダ王国ではよく言われていることだ。それゆえに見た目は不穏な印象を与えかねないコッシロー=ネヅであったが、それでもなお、第十七部隊ではレオナルト=ヴィッダー共々、コッシロー=ネヅも受け入れられているという現状であった。
そして、亜人族の兵士たち相手に1000人で構成されている第十七部隊がまったくもって発見されなかったのは、レオナルト=ヴィッダーが呪物である素戔嗚から呪力を引き出していたことも要因のひとつであった。第十七部隊に所属する兵士のほとんどは自分たちの潜伏力が優れているからこそ、敵兵に発見されなかったと思っている。しかしながら、コッシロー=ネヅは念には念を押して、レオナルト=ヴィッダーに、存在が希薄になる『隠形の術』を呪物である素戔嗚を通じて展開させておくようにと助言していたのだ。
レオナルト=ヴィッダーはコッシロー=ネヅに最初、そう言われた時、自分はただの衛兵上がりで魔術の類を使えないと訴えた。しかし、お前は左腕に装着している手甲に意識を集中しておくだけで良いと一蹴されてしまう。レオナルト=ヴィッダーは彼に言われるがままに、そうしてみせた。
するとどうだろう。レオナルト=ヴィッダーが紅い三つの波模様が走る黒色の手甲に意識を集中するや否や、その手甲はブブブ……という低音を奏で始めたのだ。それと同時にレオナルト=ヴィッダーは軽い怖気と片頭痛に悩まされることになるが、筋が良いでッチュウね、じゃあ、そのまま意識を集中し続けるでッチュウと言われてしまう。
レオナルト=ヴィッダーはそれが長くても十数分程度の時間だと思っていた。しかし、蓋を開いてみれば、第十七部隊が林や森に潜むたびにコッシロー=ネヅはレオナルト=ヴィッダーに隠形の術を使えと指示を出した。そして、ついにはこのウィーダ王国とバルト帝国との国境線から西北西に100キュロミャートル進んだ地点では、1週間近く集中をよぎなくさせられることとなる。
この1週間、レオナルト=ヴィッダーがまともに休息を取れたのは、気絶するように寝ている時のみであった。起きている時は、ずっと左腕に装着している素戔嗚に意識を集中しつづけていたのだ。ニンゲン族の集中力が霧散してしまわない最大時間は90分間だと言われている。しかしながら、レオナルト=ヴィッダーはこの1週間、起きている時間の全てを、何かの拷問を受けさせられているのか? と思ってしまうほどに集中に費やされ、彼は心と身体を疲弊しきっていた。
審問官が罪人と疑わしき者に罪を自白させるために、決して被疑者を眠らせないように水を頭からぶっかけ続けたり、身体に痛みを与え続けるといった拷問がある。その苦しみに似たことをレオナルト=ヴィッダーは精神的に喰らい続けたのだ、この一週間。そして、眼の前で展開していた敵軍がどこかへ行ってくれたことに安堵しきっていたところに、コッシロー=ネヅがさらに気を引き締めろと言われ、ついに胃液が食道を駆け上り、レオナルト=ヴィッダーはゲホッガハッ! と少量の血液混じりの胃液を口の外へと吐き出したのだ。
そんなレオナルト=ヴィッダーが地面に伏してしまわぬように、コッシロー=ネヅから事情を聞かされていた周りの少数の兵士たちがレオナルト=ヴィッダーに肩を貸すことになる。そして、ご苦労さんと労いの言葉をかける。しかしながら、まるで豚ニンゲンのような体型をしている兵士がベッ! と地面に唾を吐き、レオナルト=ヴィッダーを部隊のお荷物であるかのような侮蔑の視線を飛ばし、レオナルト=ヴィッダーの身体を支えるようなことを決してしなかった。
「そんな1週間如きの潜伏でまいっちまってる貧弱坊やを構ってる暇なんかあると思ってるのか? 今、おいらたちは謎の霧に包まれてんだぞ?」
「まあまあ。そんな風に邪険に扱ってやるなっての、デーブ。お前さんはこいつの尻を掘ろうとして、袖にされたのが気に喰わないだけだろうが……」
兵士にデーブと呼ばれた巨漢の男はまたしてもベッ! と唾を地面に吐き捨てる。彼の名はデーブ=オクボーン。最初は新兵のレオナルト=ヴィッダーに色々と兵士のイロハを教えこんでいたが、それには理由があった。デーブ=オクボーンは見返りをレオナルト=ヴィッダーに求めていたのだ。しかしながら、レオナルト=ヴィッダーは彼に対して、その気は無いと一蹴してしまった。愛憎は表裏一体と言われるように、デーブ=オクボーンはその一件から、レオナルト=ヴィッダーにつらく当たるようになってしまったのだ。
「チッ! 最初は可愛い坊やだと思っていたからこそ、人一倍、可愛がってやったってのに。おい、役立たず。その呪物の呪力で、さっさとこの薄気味悪い霧を晴らせってんだよ!」
第十七部隊に所属するレオナルト=ヴィッダーの左肩にちょこんと乗っている蝙蝠羽が生えた白いネズミが彼にそう告げる。言われた側のレオナルト=ヴィッダーはただでさえ意識が朦朧としているのに、これまで以上に警戒心を強めろと言われ、空っぽであるはずの胃袋から胃液が食道を逆流しそうになってしまう。
「おえぇぇぇ……。がはげほっ! これ以上、呪力を引き出し続ければ、俺が俺でなくなる……」
他の者と同様、顔や剥き出しの肌に泥や枯れ葉でペイントを行っているレオナルト=ヴィッダーが槍を杖代わりにしゃがみ込んだ状態であった。だがその状態だというのに、ふらふらと身体を前後左右に揺り動かしており、見るからに危なっかしいこと、この上無い。彼の左肩に乗っている蝙蝠羽つきの白いネズミがやれやれといった表情のままに
「何を言っているのでッチュウ。隠形の術を1週間ほど展開する程度で、お前がお前でなくなるわけがないのでッチュウ。気をしっかり持てでッチュウ」
蝙蝠羽つきの白ネズミが前足でペシペシとレオナルト=ヴィッダーの左頬をはたく。その姿が愛らしいのか、レオナルト=ヴィッダーの周りにいる兵士がクスクスと笑いだす。
「我らに幸運を運んでくださるコッシロー=ネヅ殿。レオナルト=ヴィッダー殿にはしっかり務めを果たしてもらえるようにしてくだされよ?」
第十七部隊に所属する面々はレオナルト=ヴィッダーと共についてきた蝙蝠羽つきの白いネズミであるコッシロー=ネヅを歓待していた。彼? は見た目から明らかに精霊の類であることは一目瞭然である。そして、白い色をした動物はその飼い主や彼の周りの者にも幸運をもたらすとウィーダ王国ではよく言われていることだ。それゆえに見た目は不穏な印象を与えかねないコッシロー=ネヅであったが、それでもなお、第十七部隊ではレオナルト=ヴィッダー共々、コッシロー=ネヅも受け入れられているという現状であった。
そして、亜人族の兵士たち相手に1000人で構成されている第十七部隊がまったくもって発見されなかったのは、レオナルト=ヴィッダーが呪物である素戔嗚から呪力を引き出していたことも要因のひとつであった。第十七部隊に所属する兵士のほとんどは自分たちの潜伏力が優れているからこそ、敵兵に発見されなかったと思っている。しかしながら、コッシロー=ネヅは念には念を押して、レオナルト=ヴィッダーに、存在が希薄になる『隠形の術』を呪物である素戔嗚を通じて展開させておくようにと助言していたのだ。
レオナルト=ヴィッダーはコッシロー=ネヅに最初、そう言われた時、自分はただの衛兵上がりで魔術の類を使えないと訴えた。しかし、お前は左腕に装着している手甲に意識を集中しておくだけで良いと一蹴されてしまう。レオナルト=ヴィッダーは彼に言われるがままに、そうしてみせた。
するとどうだろう。レオナルト=ヴィッダーが紅い三つの波模様が走る黒色の手甲に意識を集中するや否や、その手甲はブブブ……という低音を奏で始めたのだ。それと同時にレオナルト=ヴィッダーは軽い怖気と片頭痛に悩まされることになるが、筋が良いでッチュウね、じゃあ、そのまま意識を集中し続けるでッチュウと言われてしまう。
レオナルト=ヴィッダーはそれが長くても十数分程度の時間だと思っていた。しかし、蓋を開いてみれば、第十七部隊が林や森に潜むたびにコッシロー=ネヅはレオナルト=ヴィッダーに隠形の術を使えと指示を出した。そして、ついにはこのウィーダ王国とバルト帝国との国境線から西北西に100キュロミャートル進んだ地点では、1週間近く集中をよぎなくさせられることとなる。
この1週間、レオナルト=ヴィッダーがまともに休息を取れたのは、気絶するように寝ている時のみであった。起きている時は、ずっと左腕に装着している素戔嗚に意識を集中しつづけていたのだ。ニンゲン族の集中力が霧散してしまわない最大時間は90分間だと言われている。しかしながら、レオナルト=ヴィッダーはこの1週間、起きている時間の全てを、何かの拷問を受けさせられているのか? と思ってしまうほどに集中に費やされ、彼は心と身体を疲弊しきっていた。
審問官が罪人と疑わしき者に罪を自白させるために、決して被疑者を眠らせないように水を頭からぶっかけ続けたり、身体に痛みを与え続けるといった拷問がある。その苦しみに似たことをレオナルト=ヴィッダーは精神的に喰らい続けたのだ、この一週間。そして、眼の前で展開していた敵軍がどこかへ行ってくれたことに安堵しきっていたところに、コッシロー=ネヅがさらに気を引き締めろと言われ、ついに胃液が食道を駆け上り、レオナルト=ヴィッダーはゲホッガハッ! と少量の血液混じりの胃液を口の外へと吐き出したのだ。
そんなレオナルト=ヴィッダーが地面に伏してしまわぬように、コッシロー=ネヅから事情を聞かされていた周りの少数の兵士たちがレオナルト=ヴィッダーに肩を貸すことになる。そして、ご苦労さんと労いの言葉をかける。しかしながら、まるで豚ニンゲンのような体型をしている兵士がベッ! と地面に唾を吐き、レオナルト=ヴィッダーを部隊のお荷物であるかのような侮蔑の視線を飛ばし、レオナルト=ヴィッダーの身体を支えるようなことを決してしなかった。
「そんな1週間如きの潜伏でまいっちまってる貧弱坊やを構ってる暇なんかあると思ってるのか? 今、おいらたちは謎の霧に包まれてんだぞ?」
「まあまあ。そんな風に邪険に扱ってやるなっての、デーブ。お前さんはこいつの尻を掘ろうとして、袖にされたのが気に喰わないだけだろうが……」
兵士にデーブと呼ばれた巨漢の男はまたしてもベッ! と唾を地面に吐き捨てる。彼の名はデーブ=オクボーン。最初は新兵のレオナルト=ヴィッダーに色々と兵士のイロハを教えこんでいたが、それには理由があった。デーブ=オクボーンは見返りをレオナルト=ヴィッダーに求めていたのだ。しかしながら、レオナルト=ヴィッダーは彼に対して、その気は無いと一蹴してしまった。愛憎は表裏一体と言われるように、デーブ=オクボーンはその一件から、レオナルト=ヴィッダーにつらく当たるようになってしまったのだ。
「チッ! 最初は可愛い坊やだと思っていたからこそ、人一倍、可愛がってやったってのに。おい、役立たず。その呪物の呪力で、さっさとこの薄気味悪い霧を晴らせってんだよ!」
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