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第3章:石造りの楽園

第10話:利用しあう関係

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 紅を基調とした部分鎧を装着し、さらにその上からフード付きの白いロングコートを羽織っているリリベル=ユーリィは背中にゾクリと悪寒を感じ、足を止めてしまう。そんな彼女の兄であるフィルフェン=クレープスがどうかしましたか? とリリベル=ユーリィのほうを振り向く。現在、彼女らは東の塔にある狭い螺旋階段を降りている真っ最中であった。塔自体の高さは20ミャートルほどもあり、その塔の端にある螺旋階段は居住区を広げるためにも大人ふたりが横にならぶのがギリギリといった狭さであった。

 そんなところでリリベル=ユーリィが立ち止まるものだから、彼女の後ろに続いていた白衣の者たちが彼女を突き飛ばしそうになってしまう。そうならなかったことに白衣の者たちがほっと安堵しした後、彼女に急ぐようにと促す。リリベル=ユーリィはフードを頭に被ったままでコクリと頷く。だが、下腹へ軽く電流が走るたびに彼女はうぅん! という声をあげて、たびたび足を止めてしまう。後ろに続く白衣の者たちにとってはたまったものではなかった。いっそ、彼女を抱え上げてしまったほうが楽なのでは? とすら考えてしまう。

「大丈夫ですか? ご気分が優れないようでしたら、肩をお貸ししますが」

「え、ええ……。大丈夫よ。ちょっとビリってくるだけだから、慣れればいいだけだから」

 リリベル=ユーリィは自分の身体に装着してもらった紅を基調とした部分鎧が身体に合わないだけかと思うことにする。身体のどこかに不具合が生じ、それが下腹に響いているのだという結論に無理やり至る。それでも下腹部から発生する熱は増すばかりであった。リリベル=ユーリィは自分の身体に何が起きているのか不思議でたまらなかった。しかし、足をこれ以上、止められていられないとばかりに頭を左右に振り、レオへの愛を一時、シャットダウンする。

 リリベル=ユーリィが一歩進むたびに、愛しのレオへ近づいているという思いが頭のかすめていた。それも影響しているのだろうと予測を立てたのだ、彼女は。だからこそ、一旦、レオのことを頭の中から追い出し、無理やりに憎たらしい兄の後頭部を睨みつけながら、兄の普段のおこないを思い出すという暴挙に出る。すると、不思議なことに下腹部を走る電流は気にならなくなり、代わりに兄の頭を右手で小突きたい気持ちのほうが上となる。

「ねえ、お兄様。しばらく会えなくなるかもだから、今までの分を含めて、お兄様の頭をはたいていいかしら?」

「ちょっと待ってください、妹よ……。先生はキミのことを思って、ここまで手を尽くしているのです。感謝されることはあっても、頭を殴られる謂われは無い……はず?」

 そうは反論するものの、さすがはカエルの面に小便がよく似合うフィルフェン=クレープスである。彼は足止めずに東の塔にある螺旋階段をどんどん降りていく。その様にリリベル=ユーリィと化したアイリス=クレープスは面白くないといった表情を顔に浮かべるが、それ以上、文句を言わずに兄の後ろを続く。

 ようやく東の塔から脱した面々が次に目指した場所は城自体と城壁の間の広場の一角にある馬車置き場であった。その馬車置き場で、あまり目立たない箱馬車にフィルフェン=クレープス、リリベル=ユーリィ、そして白衣の者2名が乗り込み、さらに白衣の者もう1名が御者ぎょしゃとなり、2頭の馬が繋がれた箱馬車をゆっくりと前進させる。

 白衣の者に操縦されている箱馬車は城の裏手にある小さめの城門をくぐり抜け、城外へと出る。ここまでやってくるのにある程度の邪魔が入ってくるのでは? と覚悟していただけに、リリベル=ユーリィにとっては少し面白味に欠けてしまっていた。その心情を察したのか、自分の横に座るフィルフェン=クレープスが解説を開始する。

 兄が言うには国王が発布したアイリス=クレープスの結婚に関して、反対する者が城内に多いことを今更にして知るリリベル=ユーリィであった。自分はかなり自由奔放に生きている。それゆえに自分のほうへ反感を持つ者のほうが多いという認識であった。だが、王族を始め、貴族たちやそれに関係する者は窮屈な生活を強いられているゆえに、アイリス=クレープスの生き方は憧れに近いものであると。

 そして、自由の象徴としてアイリス=クレープスは崇められる存在に変わりつつあると。その羽ばたきを無理やりに抑えつけようとする国王のほうが悪いという流れに変わりつつあるのだと兄から説明を受けたのであった、彼女は。

「なんだか気持ちが軽くなってきた……。わたしは間違ってないのね?」

「いいえ……。あくまでも流れがこっち側に傾きかけているるだけです。今はまだただの同情心からの影ながらの応援です。しかしながら見て見ぬフリをしてくれているだけでもありがたいのですが……」

 フィルフェン=クレープスは現実はまだまだ厳しいという認識を改めて、リリベル=ユーリィに告げる。希望を持たせることは大切だが、その彼女が夢想に走ってもらっても困るのがフィルフェン=クレープスなのだ。だからこそ、現状をしっかりと知ってもらうために、厳しい口調になるのも構わずに妹にしっかりと認識させる。だが、リリベル=ユーリィにとって、兄の言わんとしていることはこの際、どうでも良くなっていた。もう少しで愛しのレオに会えると思うだけで、全てを捨ててしまっても良いとさえ考えてしまうリリベル=ユーリィである。それは若さゆえと言えばそれまでだ。

 現実が残酷であることをしっかりと告げる役目を担っているフィルフェン=クレープスは、決してレオナルトくんにリリベル=ユーリィがアイリス=クレープスであることは告げぬようにと再三、言い続ける。レオナルトくんがそれを知ったら、今まで積み上げてきたモノが全て崩壊してしまうと。リリベル=ユーリィは何故、それをしてはダメだと言われているのか、よくわからなかったが、兄の言いつけをしっかり守ろうと思った。

 兄自身の為そうとしていることに関わるからこそ、自分とレオとのお膳立てをしてくれていることはそれとなく理解しているリリベル=ユーリィである。そして、兄からの助力を最大限に利用してくれれば良いと兄自身が言ってくれるので、リリベル=ユーリィはコクコクと力強く頷いて、『是』という意思を示して見せる。

 やがて、箱馬車が市街の一角にある宿屋の前で止まる。馬車が止まったというのに、リリベル=ユーリィの心音は口から心臓自体が飛び出してしまうのか? と錯覚しそうなほどにその音を高めていた。箱馬車から降りたリリベル=ユーリィたちは、宿屋の扉を開けて、中に入る。そして、宿屋の中をどんどん奥へと進み、木製の扉を開けて、部屋へと入る。

 その部屋では、車椅子に座る男と、その男の介護をしている蒼髪オカッパの背の低い女の子がいた。リリベル=ユーリィはその蒼髪オカッパの女の子を嫉妬心そのままに突き飛ばし、車椅子に座る男に抱き着きそうになるのを必死に抑える。

「クルスくん、お待たせしました。キミのご要望通り、レオナルトくんを護衛する任務に就かせる騎士を用意させてもらいました。彼女の名はリリベル=ユーリィ。さらに困難な旅路を行く、レオナルトくんの盾となり、剣となってくれるはずです」
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