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第10章:災厄の兆し

第3話:こりないコボルト

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「あ、あの……、差し出がましいことを言ってしまい、すみまんでしたァ!」

 クルス=サンティーモは海皇:ポセイトス=アドンにペコペコとと三度、頭を下げて平謝りする。しかし、海皇はさして気にもしないといった様子で、クルス=サンティーモに優しい口調で次のことを言う。

「なーーーに、気にするな。娘のエクレアの腹が大きくなっていれば、もしかすると、三叉槍を譲り渡していた可能性は少なからずあったのだ。それよりも、どんどんあやつらが行ってしまうぞ」

「うゥ……。レオン様は頑固なのですゥ。海皇様、またお会いできましたら、今度はゆっくり話をするのですゥ」

 クルス=サンティーモはそう言うと、肩下げカバンをふたつ揺らしながら、そそくさと海皇の前から去っていく。先を行くレオナルト=ヴィッダーたちに向かって、待ってくださいよォと声をかけながらだ。そんな愛しくるしいクルス=サンティーモの後ろ姿を目で追いながら、海皇は何かを懐かしむように目を細める。

われが火傷を負ったかの男の娘は、今、去っていく男の娘のような純心ピュアさをも兼ね備えていたな……。しかし奴と彼は違うのであろう。クルス=サンティーモには邪気が無い。それがどう作用するか……。レオナルト=ヴィッダー。しかとおぬしの行く先を見極めさせてもらおう)

 海皇は眼の前から去っていくレオナルト=ヴィッダーたちが港町の奥の方へと消えていくまで、波止場に留まり続けた。そして、彼らが完全に見えなくなってしまった後、くるりと身体を半回転させる。そして、随分、重たそうなヴァイキングの王さながらの恰好をしているというのに、そのままの恰好で波止場から波間へ向かって、頭からダイブしてしまう。しかしながら、さすがは海皇といったところである。彼は毛皮と金属が織りなす部分鎧を着こんだままだというのに、海中を優雅に泳ぎ続け、ついには自分が住まう海皇神殿へと到達する。

 海皇神殿は大理石で出来た太い柱が森の木々のように土台から生えており、その太い柱がこれまた大理石で出来た大きな屋根を支えている。海皇はその太い柱の右手でさすり、どれが良いかと探りを入れる。

「ふーーーむ。この柱辺りが良さそうだ。さて、三叉槍を渡せるほどの男には育ってないのは確かだが、手ぶらで帰路に就かせるにはもったいなき男よ。海皇神殿の柱の1本でも贈ってやろうぞ」



 海皇が自分が住まう海皇神殿にたどり着いた頃、レオナルト=ヴィッダーたちは休息も惜しいと言った感じで、港町:モンドロールで一泊もせずに、ショートアイランドを幌付き荷馬車に揺れながら、横切っている最中であった。もちろん、この幌付き荷馬車は行きの時に利用したあれが最後に到達した駅馬車で借りたモノだ。帰りはエクレア=シュー、そして豚ニンゲンオークのような大柄なデーブ=オクボーンが増えたことで、行きに使われた幌付き荷馬車よりもひとまわり大きいサイズの幌付き荷馬車を駅馬車で借りることとなる。

 しかしながら、それでも荷台は満席御礼状態であり、いっそのこと、デーブ=オクボーンには荷台から降りて、走ってもらいたい気分のエクレア=シューであった。こう手狭だと、身体を横にすることも出来ず、藁を椅子代わりに座った状態を維持し続けなければならない。さすがに素戔嗚スサノオ呪力ちからに身体を蝕まれているレオナルト=ヴィッダーは足を放り投げた状態で背中を藁の塊に預けている恰好になってもらっている。

 体重的なバランスから、デーブ=オクボーンが荷台の片側にひとりどっすりと椅子代わりの藁の上に尻を乗せている。もう片側でリリベル=ユーリィ、クルス=サンティーモ、エクレア=シューが陣取っている。そして、その4名の真ん中で足を投げ出しているのがレオナルト=ヴィッダーであった。明らかに女性衆たちは不満を募らせるしかなかった。

(レオが半分横になった状態で荷台のど真ん中を占拠するのは構わないけど、デーブはもっとやせるべきだわ)

(あたしも横になる~~~とか言い出したら、絶対にリリベル様に蹴りを入れられるのです~~~)

(荷馬車のバランスが崩れちゃいますけどォ、ぼくはデーブさんの横に移動すべきなんでしょうかァ?)

 三者三様、思い思いのことを抱くが、口にすることはついになかった。それよりも、大きな荷台を持つ幌付き荷馬車である。大層、物資を積み込んでいるであろうということで、行きの時にも現れたコボルトたちが、いつ荷馬車を襲い掛かってやろうかという猟犬のような鋭い視線を飛ばしてきていた。リリベル=ユーリィはその視線を感じ取り、ますますピリピリとしたオーラを醸し出す。それゆえに、終始、荷台の上は緊張感に包まれていたために、誰かが誰かに話しかけるといったことは決してなかった。

「いい加減、遠巻きに監視され続けるのはこりごりね。エクレア。ちゃちゃっと追い返しましょうか」

「そうしますか~~~。この二日間、にらみ合いが続いて、疲労が貯まる一方なのです~~~。デーブさんを囮にして、釣り出しましょう~~~」

 荷馬車は二日間の行程でショートアイランドのど真ん中をやや過ぎ去った地点までやってきていた。そろそろ夕日が地平線の向こう側へと消えていく時間帯にさしかかろうとしている。完全に暗くなる前に、荷馬車の周りに増え続けるコボルトたちを駆逐してしまおうと、リリベル=ユーリィとエクレア=シューはふたりで話し合う。

 結果、デーブ=オクボーンには立ちションをする振りをしてもらい、荷馬車から少々、離れた位置に移動してもらうことになる。デーブ=オクボーンはあいよっ! と軽やかに答え、止まった荷馬車から手ぶらで降りて、15ミャートル離れた位置でズボンを降ろしてみせる。これ以上無い隙をデーブ=オクボーンはコボルトたちに見せつける。しかし、コボルトたちは未だに警戒を解かず、デーブ=オクボーンはパンツの前部分をずらし、そこからおちんこさんを取り出し、実際に小便を出す直前までの恰好をしなければならなかった。

 豚ニンゲンオークが身動きしづらい状況になったのを視認した後、ようやくコボルトの群れは動きを見せる。デーブ=オクボーンにはコボルト10匹が襲い掛かっていき、荷馬車の方には残りの20匹が一斉に襲い掛かる。しかし、奴らの動きはリリベル=ユーリィとエクレア=シューにとっては予定通りの動きであった。

 コボルトたちはあちからか分断してしまう動きにほくそ笑むが、自分たち10匹に囲まれようが、平然とし続ける豚ニンゲンオークのようなデーブ=オクボーンに千切っては投げ、千切っては投げるといった感じで、豪快に投げ飛ばされてしまう。この時点でコボルトたちは判断を見誤っていたとしか言いようがなかった……。
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