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第1章:オベール家の娘
9:父親の涙
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ポメラニア帝国の帝はこの帝国領内において、ヤオヨロズ=ゴッドに次ぐ身分であった。その帝を斬り伏せた騎士は『帝殺し』の罪により、士爵をはく奪され、さらには牢獄に捕らわれ、死刑を待つ身となった。
しかし、帝国民はこの処罰を『否』と断じ、即刻、その元・騎士を釈放せよ! と声高に叫び、各地で帝国に対しての反乱を起こす一歩手前まで発展しかけたのであった。
時の四大貴族は、この事態を重く見て、次代の帝にその元・騎士の死刑を減刑するようにと陳情をしたのであった。第10代:ハスキー帝は、四大貴族からの陳情を受け、死罪から、10年の禁固刑へと減刑したのであった。
殺人罪は通常、10年から20年の禁固刑である。さらにそこに火付け強盗などが加われば死刑は免れない。帝殺しは死刑に値する重罪ではあるが、それは土下座を強要した愚帝に行われたことであることと、帝といえども、ヒトの子であるという帝国民の意識がそうさせたと言っても過言ではなかった。
神はヤオヨロズ=ゴッドのみであり、『神は神であり、ヒトは神とは並び立たず』とヤオヨロズ=ゴッドの信奉者たちが、ポメラニア帝国の黎明時期から、そう流布をし続けてきた。それにより、『帝の地位は神が保証しても、帝は神にあらず。ヒトの子に過ぎない』という認識が帝国民たちの意識に根付いていたのであった。
同時に、この事件は、帝殺しが『是』となるほど、『土下座』は『男の誇りを傷つける行為』だと、ポメラニア帝国ではそのような意味を持つようになったのであった。
その『土下座』を今、カルドリア=オベールの眼の前で敢行している男がいる。その者の名はクロード=サイン。かつて、オベール家に仕えていた武人:ヌレバ=スオーがその才を認め、カルドリアに彼の愛娘:ローズマリーの護衛役へと推された。
そして、カルドリア=オベール自身もクロード=サインの人柄と実直な仕事ぶりから、信頼を置いてきたのであった。クロードはカルドリア=オベールの信頼を今まで裏切ったことはなかった。その身を挺し、幾度となく、愛娘であるロージーの身を守ってきた。
しかしだ。そうだからと言って、一人娘のロージーをこの眼の前で土下座を敢行する男に譲るのは、親としては認めたくないものだ。まだ、ロージーは15歳なのだ……。
「お願いしますっ! ロージーは俺が死んでも守ってみせますからっ! だから、俺にロージーをくださいっ!」
クロードは額を執務室の木製の床に擦り付けて、カルドリア=オベールに懇願する。カルドリア=オベールは、ぐぬぬっと唸り、果たしてどうしたものかと逡巡する。
「クロードの分じゃ足りないなら、わたしも土下座をするっ! パパ! クロードとの婚約を認めてほしいのっ! お願いしますっ!」
ついには愛娘であるロージーまでもが、クロードの横で正座をし、頭を深々と下げて、土下座をしだしたのである。若い2人にここまでされた時点で、カルドリア=オベールの負けは確定したのであった。
カルドリア=オベールは新しい葉巻を金属製の葉巻入れから取り出し、葉巻の先を専用の器具で切り取る。そして、ラ・イターで葉巻の先端に火をつけて、スパスパと吸出し、プハアアアと天井に向かって紫色の煙を吐き出す。
「ううむ。わかった……。クロードくん。娘の、ロージーのことを頼む……。こいつは足りないところばかりだから、クロードくんがしっかり護ってやるんだぞ……」
カルドリア=オベールはそう言ったあと、仕事机に備え付けられている椅子に座り、背もたれに体重をかける。カルドリア=オベールは両肩に重くのしかかっていた何かが、ふっと軽くなったような気がした。その軽くなった両肩に優しく手を添えてくる人物が居た。それは妻であるオルタンシアであった。
その途端、カルドリア=オベールの両目から涙が溢れてくる。パパ、パパ、大好き! と言っていた娘が自分よりも大切な男を見つけてきたのだ。カルドリア=オベールは黒縁の眼鏡を外し、妻のオルタンシアから受け取ったハンカーチで溢れてくる涙を拭う。
それから10数分後、涙が止まったカルドリア=オベールが、これからのことについて、若い男女と話し合うこととなる。
「クロードくん。わかっていることだと思うが、オベール家の男爵位を継ぐのは自分の娘であるロージーになる。クロードくんにとっては肩身が狭いことになるが、そこは我慢してほしい」
「うふふっ。ボサツ家のご当主に働きかけて、クロードくん用に士爵をもらわないといけませんわね。後付けでも、士爵の地位でなければ、宮殿に呼ばれた時に困ることになりますわ。クロードくんはそれで良くて?」
「は、はい。自分のようなどこの馬の骨ともわからぬ身に士爵と言えども、過分だと思っています。でも、士爵を断れば、のちのちロージーが困ることになりますし……」
「わたしは別にクロがどんな身分でも構わないんだけど? いっそ、クロと駆け落ちをしても良かったんだけどなー?」
クロードは風の国:オソロシアの庶民の出であった。そのため、士爵を帝から受け賜わるには、ボサツ家に根回しをしたりなどしなければならない。実際に士爵を下賜されるのは少々時間が必要であろうことはカルドリア=オベールにも容易に想像できた。
まあ、すぐに結婚式を開けるわけでもないし、さらには、ポメラニア帝国では男女ともに16歳以上になった時に、各地の神殿にて『成人の儀』を受けていなければ、結婚を行うことは出来ない法律が存在する。
神殿で行なわれる『成人の儀』は、ヤオヨロズ=ゴッドに『大人になった』という証を受けるだけのことである。それでその人物の何かがガラリと変わるわけでもない。
しかし、これは慣例であり、同時に風習でもあった。『婚約』自体は何歳で行っても問題はない。だが、『結婚』は帝国の法律に従わなければならない。ヤオヨロズ=ゴッドとヒトとの『約束』とは別扱いなのであった。
「ううむ。ロージーの16歳の誕生日に、近くの神殿で『成人の儀』を行うことにしよう。結婚式の準備はいつ頃からやっておくべきかなあ? ママ」
「うふふっ。カルくん。気が早いわよ? まずは、クロードさんの士爵が確実にもらえることが決定してからにすべきと思うの」
「そうか……。オベール家とボサツ家の間柄を考えれば、クロードくんの士爵の話を無碍に断られることは無いと思うが、念には念を入れて、ボサツ家への根回しをじっくり行っておいたほうが良いというわけか……」
カルドリア=オベールは紫の煙を口からプハアアアと吐き出しながら、ロージーのこと、クロードのこと、そして、オベール家の将来のことを思案するのであった。
「クロードくん。わかってはいると思うが、腹に一物を抱える貴族たちが、きみに色々と吹き込んでくるかもしれぬが、惑わされぬようにな? 士爵を与えられるということは、同時にそういう厄介な連中と付き合うことになる……。きみはロージーと結婚しても、自分の眼からはロージーの護衛役なのだ。ロージーの夫してだけではなく、騎士として、ロージーを護るのだぞ?」
しかし、帝国民はこの処罰を『否』と断じ、即刻、その元・騎士を釈放せよ! と声高に叫び、各地で帝国に対しての反乱を起こす一歩手前まで発展しかけたのであった。
時の四大貴族は、この事態を重く見て、次代の帝にその元・騎士の死刑を減刑するようにと陳情をしたのであった。第10代:ハスキー帝は、四大貴族からの陳情を受け、死罪から、10年の禁固刑へと減刑したのであった。
殺人罪は通常、10年から20年の禁固刑である。さらにそこに火付け強盗などが加われば死刑は免れない。帝殺しは死刑に値する重罪ではあるが、それは土下座を強要した愚帝に行われたことであることと、帝といえども、ヒトの子であるという帝国民の意識がそうさせたと言っても過言ではなかった。
神はヤオヨロズ=ゴッドのみであり、『神は神であり、ヒトは神とは並び立たず』とヤオヨロズ=ゴッドの信奉者たちが、ポメラニア帝国の黎明時期から、そう流布をし続けてきた。それにより、『帝の地位は神が保証しても、帝は神にあらず。ヒトの子に過ぎない』という認識が帝国民たちの意識に根付いていたのであった。
同時に、この事件は、帝殺しが『是』となるほど、『土下座』は『男の誇りを傷つける行為』だと、ポメラニア帝国ではそのような意味を持つようになったのであった。
その『土下座』を今、カルドリア=オベールの眼の前で敢行している男がいる。その者の名はクロード=サイン。かつて、オベール家に仕えていた武人:ヌレバ=スオーがその才を認め、カルドリアに彼の愛娘:ローズマリーの護衛役へと推された。
そして、カルドリア=オベール自身もクロード=サインの人柄と実直な仕事ぶりから、信頼を置いてきたのであった。クロードはカルドリア=オベールの信頼を今まで裏切ったことはなかった。その身を挺し、幾度となく、愛娘であるロージーの身を守ってきた。
しかしだ。そうだからと言って、一人娘のロージーをこの眼の前で土下座を敢行する男に譲るのは、親としては認めたくないものだ。まだ、ロージーは15歳なのだ……。
「お願いしますっ! ロージーは俺が死んでも守ってみせますからっ! だから、俺にロージーをくださいっ!」
クロードは額を執務室の木製の床に擦り付けて、カルドリア=オベールに懇願する。カルドリア=オベールは、ぐぬぬっと唸り、果たしてどうしたものかと逡巡する。
「クロードの分じゃ足りないなら、わたしも土下座をするっ! パパ! クロードとの婚約を認めてほしいのっ! お願いしますっ!」
ついには愛娘であるロージーまでもが、クロードの横で正座をし、頭を深々と下げて、土下座をしだしたのである。若い2人にここまでされた時点で、カルドリア=オベールの負けは確定したのであった。
カルドリア=オベールは新しい葉巻を金属製の葉巻入れから取り出し、葉巻の先を専用の器具で切り取る。そして、ラ・イターで葉巻の先端に火をつけて、スパスパと吸出し、プハアアアと天井に向かって紫色の煙を吐き出す。
「ううむ。わかった……。クロードくん。娘の、ロージーのことを頼む……。こいつは足りないところばかりだから、クロードくんがしっかり護ってやるんだぞ……」
カルドリア=オベールはそう言ったあと、仕事机に備え付けられている椅子に座り、背もたれに体重をかける。カルドリア=オベールは両肩に重くのしかかっていた何かが、ふっと軽くなったような気がした。その軽くなった両肩に優しく手を添えてくる人物が居た。それは妻であるオルタンシアであった。
その途端、カルドリア=オベールの両目から涙が溢れてくる。パパ、パパ、大好き! と言っていた娘が自分よりも大切な男を見つけてきたのだ。カルドリア=オベールは黒縁の眼鏡を外し、妻のオルタンシアから受け取ったハンカーチで溢れてくる涙を拭う。
それから10数分後、涙が止まったカルドリア=オベールが、これからのことについて、若い男女と話し合うこととなる。
「クロードくん。わかっていることだと思うが、オベール家の男爵位を継ぐのは自分の娘であるロージーになる。クロードくんにとっては肩身が狭いことになるが、そこは我慢してほしい」
「うふふっ。ボサツ家のご当主に働きかけて、クロードくん用に士爵をもらわないといけませんわね。後付けでも、士爵の地位でなければ、宮殿に呼ばれた時に困ることになりますわ。クロードくんはそれで良くて?」
「は、はい。自分のようなどこの馬の骨ともわからぬ身に士爵と言えども、過分だと思っています。でも、士爵を断れば、のちのちロージーが困ることになりますし……」
「わたしは別にクロがどんな身分でも構わないんだけど? いっそ、クロと駆け落ちをしても良かったんだけどなー?」
クロードは風の国:オソロシアの庶民の出であった。そのため、士爵を帝から受け賜わるには、ボサツ家に根回しをしたりなどしなければならない。実際に士爵を下賜されるのは少々時間が必要であろうことはカルドリア=オベールにも容易に想像できた。
まあ、すぐに結婚式を開けるわけでもないし、さらには、ポメラニア帝国では男女ともに16歳以上になった時に、各地の神殿にて『成人の儀』を受けていなければ、結婚を行うことは出来ない法律が存在する。
神殿で行なわれる『成人の儀』は、ヤオヨロズ=ゴッドに『大人になった』という証を受けるだけのことである。それでその人物の何かがガラリと変わるわけでもない。
しかし、これは慣例であり、同時に風習でもあった。『婚約』自体は何歳で行っても問題はない。だが、『結婚』は帝国の法律に従わなければならない。ヤオヨロズ=ゴッドとヒトとの『約束』とは別扱いなのであった。
「ううむ。ロージーの16歳の誕生日に、近くの神殿で『成人の儀』を行うことにしよう。結婚式の準備はいつ頃からやっておくべきかなあ? ママ」
「うふふっ。カルくん。気が早いわよ? まずは、クロードさんの士爵が確実にもらえることが決定してからにすべきと思うの」
「そうか……。オベール家とボサツ家の間柄を考えれば、クロードくんの士爵の話を無碍に断られることは無いと思うが、念には念を入れて、ボサツ家への根回しをじっくり行っておいたほうが良いというわけか……」
カルドリア=オベールは紫の煙を口からプハアアアと吐き出しながら、ロージーのこと、クロードのこと、そして、オベール家の将来のことを思案するのであった。
「クロードくん。わかってはいると思うが、腹に一物を抱える貴族たちが、きみに色々と吹き込んでくるかもしれぬが、惑わされぬようにな? 士爵を与えられるということは、同時にそういう厄介な連中と付き合うことになる……。きみはロージーと結婚しても、自分の眼からはロージーの護衛役なのだ。ロージーの夫してだけではなく、騎士として、ロージーを護るのだぞ?」
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