薔薇の令嬢と守護騎士の福音歌(ゴスペル)

ももちく

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第1章:オベール家の娘

8:誇りと土下座

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――ポメラニア帝国歴256年 8月16日 オベール家の屋敷にて――

 1週間にも及ぶ宮中でのみかどの第1皇女とボサツ家の次男の婚約を祝うための酒宴がやっと終わり、宮殿に集まっていた貴族たちはそれぞれの仕事に従事するために各地の自分の領地へと戻っていく。

 オベール家の当主であるカルドリア=オベールもまた、奥方と共に自分の屋敷に戻ってきたのである。そして、帰ってきた矢先に、満面笑顔の愛娘から我が家に仕える従者との『婚約』を交わしたことを聞かされて、その場で立ち眩みを起こして卒倒し、さらには口から泡を吹いたのであった。

 カルドリア=オベールは丸1日を寝室のベッドで過ごした次の日、8月16日の午前9時半に、自分の妻:オルタンシア=オベール、愛娘であるローズマリー=オベール、そして問題を起こしたオベール家の従者であり、かつ、ローズマリーの護衛役でもあるクロード=サインを自分の執務室へと集めるのであった。

「ううむ……。それで、クロードくん。縛り首と磔刑、どちらが苦しんで死ぬと思うかね?」

 カルドリア=オベールが明らかに不満な表情を顔に映しながら、吸っていた葉巻を灰皿にギュッギュッと押し付けながら、ローズマリーの隣に立つクロードを責めるのである。

「あらあら。いきなりド直球な物言いですわね? そこはまず水責めか、熱く熱した焼きごてを背中に押し付けてからではないですか?」

 渋い顔の夫とは対照的に奥方のオルタンシアは笑みを浮かべながら、拷問の数々をつらつらと並べ立てるのである。

「ちょっと、パパ、ママ! クロにひどいことをしたら、わたしが許さないからねっ! クロはわたしの婚約者なのよっ! いくらパパとママがクロに処罰を与えたいからといって、わたしがクロを守るんだからっ!」

 ローズマリーは当然、両親の物言いに憤慨し、自分の相方であるクロードを庇う発言をする。

 渦中の中心であるクロードは3人から板挟みにあう状況下であるが、両足を肩幅程度に開き、両手を腰の裏の方にまわして、背中をピンっとまっすぐに伸ばし、大地にしっかり根を張った姿勢のまま、臆することなくカルドリア=オベールとオルタンシアに告げる。

「旦那さまや奥方さまには、今まで色々と面倒を見てもらい、数えきれない恩を感じています。そして、自分が後先考えぬ行動を取ったことも重々に承知しています。ですが、俺は『ロージー』のことが好きなのです! だからこそ、恩を仇で返すことになりましたが、俺はロージーと『婚約』を結ばせていただきました!」

 クロードの物言いは立派なものであった。自分の雇い主であるカルドリア=オベールに対して、堂々と彼の愛娘との『婚約』を認めてほしいと豪語したのである。さらには愛娘のローズマリーがクロードの姿勢に痛く感動したのか、左眼の眼尻をこすったあと、キッとした眼差しをカルドリア=オベールに向けてくる。

「パパ、わかっていると思うけれど、もし、パパがわたしのクロに何かひどいことをしようとするなら、わたしはパパと一生、口を利かないからねっ!」

 カルドリア=オベールはクロードの威風堂々とした物言いに気圧けおされる。そして追い打ちをかけるように愛娘からの精神攻撃『一生、口を利いてあげないんだから!』による波状攻撃を喰らう。

「あらあら? では、私はクロードさんが貴方にもしひどい目をあわされたら、私も貴方とは一生、口を利かないことにしますわ?」

 先ほどまでカルドリア=オベールの味方であったはずの妻があっさりと裏切って、クロードの味方となったのは、まさにトドメの一撃と言っても過言では無かった。

 いや、裏切ったという表現はおかしいだろう。ただ単に妻はこの状況を楽しんでいただけであることはカルドリア=オベールにはわかりきっていた。妻は常日頃から、ロージーとクロードくんの仲を認めていて、さらには影ながら応援してきている。

 爵位持ちの当主の娘と従者が恋仲に落ちるのは、街で売られている恋物語集では、よく題材にされていた。実際に士爵(騎士階級)のような身分の低い爵位の家では、より身分の低い者と結婚する事例はやまほどある。

 さすがに男爵位から上の階級では、同等に近しい身分のニンゲン同士で結婚するのが習わしになっているが、それでも身分の壁を越えて、結婚をする者は少なからず存在する。

 さらにカルドリア=オベールがローズマリーとクロードとの『婚約』を拒みきれない理由があったのだ。

「うふふっ。ロージーとクロードを見ていると、私とカルくんとの昔のことを思い出すわ……。カルくんが私の両親に土下座をして、私を嫁に迎えたいと言ってくれたことを……」

「えっ? パパって、ママを娶る時に土下座までしちゃったの!? わたし、パパからは、ママの両親には毅然とした態度で婚約を宣言したって聞いていたんだけど!?」

 クロードが仁王立ちでカルドリア=オベールにロージーとの仲を宣言したのは、ローズマリーの入れ知恵もあったからだ。

「あらあら。カルくんはそんなことをロージーに言っていたんでしたわね。私はカルくんの名誉を守るために微笑ましく黙っていましたけれど、カルくんはなかなか結婚を承諾してくれない私の両親に向かって、土下座を敢行したのですわよ?」

「へえええっ! クロっ! あなたもパパに土下座をしないさいよっ! パパがママを手に入れるために、パパは男の誇りを捨てたのよっ! クロも同じことをすべきだわっ!」

「くっ……。さすがロージーのお父さまなだけはあるな……」

 クロードはローズマリーの進言を渋々であるが聞き入れ、その場で正座をし、まっすぐ伸ばした背中を腰辺りから折り曲げて、カルドリア=オベールに対して深々と土下座をし、再び、自分とローズマリーとの『婚約』を認めてほしいと宣言をするのであった。

 男が男に向かって土下座をする。これは相手に自分の完敗を認めることであると同時に、相手への譲歩を導き出すための最終手段でもあった。

 カルドリア=オベールの眼から見て、クロードの土下座は見事としか言いようが無かった。年頃の青年が、いくら目上のニンゲンに対してでも、軽々しく土下座など出来ない。

 今世を治めるシヴァ帝の5代前に愚帝と呼ばれたみかどが居た。そのみかどは何の非も無い騎士に「自分に土下座をせよ!」と命じたのである。そのみかどは自分の身分が高貴であることを誇っていたのだ。

 だから、自分にひざまずくだけでは事足りず、誰しもがもっと自分を褒めたたえさせるためにも、騎士に『土下座』をせよと命じたのであった。

 しかし、その騎士は非も無く土下座をすることを『是』とせず、腰に佩いた長剣ロング・ソードを鞘から抜き出し、その愚帝を袈裟斬りにしたのであった。
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