薔薇の令嬢と守護騎士の福音歌(ゴスペル)

ももちく

文字の大きさ
81 / 81
第8章:反旗

おまけ

しおりを挟む
「ヌレバっ! 今夜はどんなお話を聞かせてくれるのっ?」

 天幕付きの豪奢なベッドの上でシルクの寝巻に包まれた白い肌のクォーターエルフの少女が手足をばたつかせて、ベッドの脇の椅子に座る屈強なる男に寝る前のいつものお伽噺をせがむ。

 筋肉の鎧をまとった男が剃り上げた頭を右手で撫でながら、やれやれとため息をつく。

 夜の21時を過ぎても寝ようともせずベッドの上で手足をばたつかせる齢6歳の少女が属するオベール家にこの屈強なる男が再び仕えるようになってから、早10年以上の月日が経とうとしていた。理由はよくわからないが、眼の前の少女は元・武人であるヌレバ=スオーによく懐くようになってしまった。

 少女は蒼穹の右眼と狐色の左眼をきらきらと輝かせて、まだかまだかとヌレバ=スオーに話をするように催促するのであった。ヌレバ=スオーは、ふむっと息を整えて、お伽噺を語り出す。

「昔々。この世界は始祖神:S.N.O.Jが降臨して再び混沌に包まれてしまったのでもうす」

「あっ、S.N.O.J再降臨の話よねっ! わたし、その話は聞き飽きたっ!」

 少女の悪気の無い一言に、ヌレバ=スオーは、うぐっと喉を詰まらせる。幼い子供にこの手の話をするのは、この神聖ローズ帝国の成り立ちとそれに関わる宗教を理解してもらうのにはうってつけの話題であった。しかし、彼女は公然とそれを拒否するのであった。ヌレバ=スオーはまたしても、やれやれとため息をつく。

「では、今夜は別の話をするのでもうす……。今より15年ほど前に、水の国:アクエリーズにて、年頃の若い男女が居たのでもうす」

「おおー。それは面白そうな話だねっ。もうその2人はキスを済ませてしまったの?」

 ませているでもうすな、スミレ殿は……。まだ6歳なのに、仲良き男女が接吻せっぷんを交わしあうことを知っているとは思っていなかったのでもうす。もしかして、その先のことも知っているのもうすか? とヌレバ=スオーは考えてしまうが、まあ、それは無いだろうと、話の続きをするのであった。

「この神聖ローズ帝国にはヤオヨロズ=ゴッドという神たちが君臨しているのでもうす。男女は婚約する際に、この神たちに誓約を宣言するのでもうす」

「知ってるー。男女が結婚するためには、まず婚約をして、そして、誓約を交わしあうってー。わたしも、誰かと結婚する時には同じことをするんだって、パパとママから聞いたよー?」

 ふむ。スミレ殿に入れ知恵をしたのは旦那さまと奥方さまでもうすか。しかし、接吻せっぷんうんぬんは他の者でもうすな? あとで犯人を見つけて、叱りとばさなければならないでもうすな? とヌレバ=スオーは考える。

 ヌレバ=スオーはオベール家に仕える従者・侍女をまとめ上げる筆頭執事であった。そのため、要らぬ知恵をオベール家の一人娘に吹き込んだやからを注意する立場にあるのだ。彼はエイコー大陸1の武人であったと同時に執事としての仕事にも忠実な男であった。

「さすがスミレ殿でもうすな……。ごほん。さて……、その水の国:アクエリーズの若い男女は、婚約をして、誓約を交わしたのでもうすが、その誓約が制約となり、接吻せっぷんが出来ない間柄になってしまったのでもうす」

「ほほー。それは難儀だねー? わたしなら、好きな男性とキスできないのは、つらいかもー?」

 少女の言いに、ヌレバは思わず、ガハハッ! と笑ってしまう。

「まだ6歳だというのに、スミレ殿はませているでもうすな? しかし、誓約は絶対なのでもうす。もし、それを破れば、最悪、婚約を破棄されてしまい、さらにはヤオヨロズ=ゴッドから『罰』を受けてしまうのでもうす」

「それは怖いなー。ヤオヨロズ=ゴッドって、融通が利かなすぎじゃないのー? 若い男女がキスしたがるのは仕方が無いって、チワさんが言っていたよー?」

(チワ=スオー! お前かっ! 宮廷の侍女たちをまとめ上げる役目にありながら、何をスミレ殿に吹き込んでいるのでもうすかっ! あとできつく説教するのでもうす!)

「あっ。口が滑っちゃったー。チワさんが特にヌレバには言わないように。あのヒトは、そんな経験、私にしかありませんのでってー」

 少女の言いにヌレバはビキッ! とこめかみに青筋を立ててしまう。しかし、眼の前の少女を怖がらせてはならぬと、顔面の筋肉を操作し、顔を若干、引きつらせながらも努めて笑顔を作り出す。そして、ごほんと一度、咳払いをし

「ま、まあ、婚約時に誓約を交わすのは互いに責任をしっかりと取らせる意味があるのでもうすよ。神たちも心苦しいのでもうす。この帝国を守ってくれているヤオヨロズ=ゴッドたちは、帝国に住む民を愛しているのでもうす。そんな神たちが民に『罰』を与えるのは、神たちも嫌なのでもうす」

「ふーーーん。神様たちも大変なんだねー? もし、わたしが誓約を交わした時に、制約でキスを禁止しても、見逃してほしいところかなー?」

「それは無理でもうすな。ヒトが交わす『誓約と制約』は同時に『神とヒトとの約束』でもあるのでもうす。スミレ殿がもし、婚約中に相手の殿方とキスをしたいのであれば、『誓約と制約』の内容には十分に気をつけることでもうす」

 ヌレバの言いに、はーーーい! と元気よく応える少女であった。その色よい返事にヌレバはうんうんと満足気にうなずくのであった。

「ところで、そのアクエリーズに住む若い男女はどうなったわけー?」

「さあ、どうなったのでもうすかなあ? まあ、スミレ殿がこの世に生まれている以上、『誓約と制約』をきっちり守ったのではないのか? と想像するのでもうす」

「なんだー。あたしのパパとママの話なんだねー? ロマンチックでもなんでもないじゃないのよー!」

「ガーハハッ! バレてしまったのでもうす。さて、そろそろ寝ないと、スミレ殿の母上が寝室に怒鳴りこんでくるのでもうすよ?」

 ヌレバがそう言うと、うげーーーとあからさまに嫌そうな顔をする少女である。6歳児にとって、夜21時就寝は遅いくらいだ。なかなか寝付かないスミレの身を心配して、奥方のローズマリーが策を講じ、その結果がヌレバのお伽噺をスミレに子守歌として聞かせることになったのだ。

「ママが怒鳴り込んできたら大変だから、そろそろ寝ることにするー……。ヌレバ。わたしが寝るまで手を握っててねー?」

「わかったのでもうす。スミレ殿が怖い夢を見たら、すぐに起こすのでもうす。だから、安心して眠ってほしいのでもうす」

 少女は右手をヌレバに握ってもらい、そっと眼を閉じる。そして5分も経たない内にクークーと寝息を立ててスヤスヤと眠りにつくのであった。そんな少女の顔にヌレバは優しげな視線を送る。

「難儀な少女でもうすな……。ローズマリーさまも幼き頃は、意味不明な恐ろしい夢を見たと言っていたのでもうすが、スミレ殿は1カ月前から形容しがたい怪物に襲われる夢を見るようになったと言っていたのでもうす。我輩が側に居るから安心するのでもうすよ? 我輩がスミレ殿の夢の中に入って、その怪物を退治してやるのでもうす」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

中身は80歳のおばあちゃんですが、異世界でイケオジ伯爵に溺愛されています

浅水シマ
ファンタジー
【完結しました】 ーー人生まさかの二週目。しかもお相手は年下イケオジ伯爵!? 激動の時代を生き、八十歳でその生涯を終えた早川百合子。 目を覚ますと、そこは異世界。しかも、彼女は公爵家令嬢“エマ”として新たな人生を歩むことに。 もう恋愛なんて……と思っていた矢先、彼女の前に現れたのは、渋くて穏やかなイケオジ伯爵・セイルだった。 セイルはエマに心から優しく、どこまでも真摯。 戸惑いながらも、エマは少しずつ彼に惹かれていく。 けれど、中身は人生80年分の知識と経験を持つ元おばあちゃん。 「乙女のときめき」にはとっくに卒業したはずなのに――どうしてこの人といると、胸がこんなに苦しいの? これは、中身おばあちゃん×イケオジ伯爵の、 ちょっと不思議で切ない、恋と家族の物語。 ※小説家になろうにも掲載中です。

後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~

菱沼あゆ
キャラ文芸
 突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。  洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。  天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。  洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。  中華後宮ラブコメディ。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

物置部屋に追いやられた伯爵令嬢ですが、公爵様に見初められて人生逆転しました〜妹の引き立て役だったのに、今では社交界の花と呼ばれています〜

丸顔ちゃん。
恋愛
伯爵家の令嬢セレナは、実母の死後、継母と義妹に虐げられて育った。 与えられた部屋は使用人以下の物置、食事は残飯、服はボロ。 専属侍女も与えられず、家の運営や帳簿管理まで押し付けられ、 失敗すれば鞭打ち――それが彼女の日常だった。 そんなある日、世間体のためだけに同行させられた夜会で、 セレナは公爵家の跡取りレオンと出会う。 「あなたの瞳は、こんな場所に閉じ込めていいものではない」 彼はセレナの知性と静かな強さに一瞬で心を奪われ、 彼女の境遇を知ると激怒し、家族の前で堂々と求婚する。 嫁ぎ先の公爵家で、セレナは初めて“人として扱われ”、 広い部屋、美味しい食事、優しい侍女たちに囲まれ、 独学で身につけた知識を活かして家の運営でも大活躍。 栄養と愛情を取り戻したセレナは、 誰もが振り返るほどの美しさを開花させ、 社交界で注目される存在となる。 一方、セレナを失った伯爵家は、 彼女の能力なしでは立ち行かず、 ゆっくりと没落していくのだった――。 虐げられた令嬢が、公爵の愛と自分の才能で幸せを掴む逆転物語。

お兄様、冷血貴公子じゃなかったんですか?~7歳から始める第二の聖女人生~

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 17歳で偽りの聖女として処刑された記憶を持つ7歳の女の子が、今度こそ世界を救うためにエルメーテ公爵家に引き取られて人生をやり直します。  記憶では冷血貴公子と呼ばれていた公爵令息は、義妹である主人公一筋。  そんな義兄に戸惑いながらも甘える日々。 「お兄様? シスコンもほどほどにしてくださいね?」  恋愛ポンコツと冷血貴公子の、コミカルでシリアスな救世物語開幕!

〖完結〗終着駅のパッセージ 

苺 迷音
恋愛
過去、使用人に悪戯をされそうになった事がきっかけとなり、分厚い眼鏡とひっつめた髪を編み帽で覆い、自身の容姿を隠すようになった女性・カレン。 その事情を知りながらも夫ローランは、奇妙で地味な姿の妻を厭い目を逸らし続けた。 婚姻してからわずか三日後の朝。彼は赴任先の北の地へと旅立ちその後、カレンの元へと帰省してきたのは、片手で数えるほどだった。 孤独な結婚生活を送る中。 ある冬の日に、ローランの上官であり北の地を治める領主ハルシオン公爵が、カレン夫妻の邸にやってきた。 始まりは、部下の家族を想う上司としての気遣いだった。 他愛もない会話と、節度を守ったやり取り。ほんの僅かな時間を重ねていく。 そのうちに、お互いに灯り始めた小さな心の想い。 だが二人は、それを決して明かさず語ることはなかった。 それから一年ほどたった冬の夜。 カレンから届いた手紙に、たった一度だけハルシオンは返事を書く。 そこには彼の想いが書かれてあった。 月日は流れ、カレンとローランが婚姻して三年目の冬の日。 カレンはひとつの決意と想いを胸に、北へ向かう汽車に乗った。 ※微さまぁか、もしくはざまぁになっていないかもしれないです。 ※舞台は近世・産業革命初頭を基にした架空世界だと思っていただけましたら有難いです。 稚拙な作品ではありますがご覧くださいましたら凄く嬉しいです。よろしくお願い致します。

処理中です...