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友人以上恋人未満
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「承知しましたわ」
マーレイの気持ちは固まった。
サーフェスの視線はあくまでジゼルにしか向いていない。
幾らマーレイとのキスを繰り返そうとも、それはあくまで練習としかみなしていない。
それなら……。
マーレイはドレスの肩を抜いた。
今朝、ケアランが選んだのは、お決まりの首の詰まったものではない。襟ぐりの大きく開いた、胸の谷間を強調するようなドレスだ。
いつもクローゼットの奥に潜ませていたそれは、バルモアとの婚約が決まった際にデザイナーのバリー夫人が「婚約者がお悦びになりますよ」などと余計な気遣いでデザインしてくれたのだ。
二度と袖を通す機会はなかったはずなのに。
サーフェスを誘惑するため、ケアランが引っ張り出してきた。
「な、何をする! 」
サーフェスは目を見開き、声をひっくり返す。
マーレイはドレスの前をコルセットごと思い切り下げて、胸を露わにさせたからだ。
白くややふっくらした乳房がぽろんと揺れた。
誰にも触れさせたことのない乳首は、薄いピンク色だ。
そのピンクを前に、サーフェスがごくりと生唾を飲んだ気がした。
「朝っぱらからレディの取る行いではないぞ! 早く襟ぐりを直せ! 」
どうやらマーレイの勘違いだったらしい。
サーフェスは不機嫌に鼻から息を吐き出すと、早口で命令した。
マーレイは深呼吸すると、おもむろに体を反転させ、背筋を正した。
「背中のボタンをお外しになって」
「は、話を聞いているのか! 」
「背中に手が届かないのです。お願いしますわ、公爵」
「マーレイ! いい加減にしたまえ! 」
「公爵。お願いしますわ」
だんだん声を荒げるサーフェスに対し、マーレイは至って落ち着き払っている。
「ジゼル様のために、私を練習台にお使いくださいな」
途端にサーフェスの顔がこの上なく苦悶に歪んだ。
「こ、これ以上は駄目だ。マーレイ。私は君を貶めるつもりはない」
「私は社交界でも評判の悪女なのでしょう? 」
「わ、私を他の低俗な男共と同じにするな! 」
「つまらない言い訳はおやめになって」
「よさないか、マーレイ」
唐突にサーフェスから肩を掴まれたと思えば、彼が真正面にくるよう、またしても体の向きを変えられていた。
琥珀の眼差しとぶつかる。
マーレイの喉が小さく鳴った。
「きゃっ」
視界がぼやけたかと思えば、鼻先に硬い感触。
あっと気づいたときには、当たったのは彼の鍛え抜かれた胸板であることがわかった。
サーフェスにきつく抱きしめられていた。
やけに速い鼓動が伝染する。
マーレイの拍動がどんどん数値を上げていく。
「自分を安売りするのはよせ」
低い響きが鼓膜を揺する。
「所詮、私は淫乱女ですもの」
拗ねた物言いになってしまったのは、突発的な状況に、脳が上手く働かないから。
背中に回っていた手が皮膚に食い込む。
抱き潰されてしまうのではないかと思うくらい、強い力だ。
苦しくて身じろぎしても、力は緩まない。
「すまない。言い過ぎた。許せ」
マーレイの首筋に顔を埋めたサーフェスの声がくぐもる。
「公爵? 」
何故、いきなり抱きしめられているのか。突然の状況に思考が追いつかない。彼の背に手を回して良いものかどうかさえ、わからない。行き場のないまま、両手が宙ぶらりんだ。
「名前で構わない」
「え? 」
「サーフェスと呼べ」
何故かいきなり、ファーストネーム呼びを強いる。
爵位のある男性を馴れ馴れしくファーストネームで呼ぶのは、普通、家族以外にはあり得ない。
余程の親しい友人同士を除いては、敬称が一般的だ。
たかだか伯爵令嬢が許されるわけがない。
「で、ですが」
「君とは友人以上の関係ではないか」
「恋人未満ではありますが」
「それでもだ。今更、よそよそしい呼び方はしなくて良い」
彼とはキスや、それ以上の物凄いことをする仲ではあるが。
「で、でしたら。サーフェス様……とお呼びしてよろしいの? 」
「勿論だ」
サーフェスは白い歯を覗かせ、抱きしめていたマーレイを引き剥がした。
マーレイから敬称で呼ばせないことに、満足したようだ。すっかり機嫌を取り戻している。
めまぐるしい状況についていけず、取り残されたマーレイの両手は、未だ不自然に宙に浮いたまま。
「今日の指南は取り敢えず、これで仕舞いにしよう」
「次は? 」
「明日だ」
断言される。
明日も彼とキスするのか。ほんのり、マーレイの頬が色づく。
「そ、それより。早くドレスの襟ぐりを直したまえ」
サーフェスはぶっきらぼうに言うなり目を逸らした。
「きゃっ! 」
すっかり乳房を露わにしたままであったことに気づき、たちまちマーレイの顔に火がつく。
彼に背を向け、急いでずれ落ちた布地を引っ張り上げる。
乳房など父を筆頭に男性に見られたことなどない。マーレイの素肌を見るのは、レディーズメイドのケアランと、湯浴みのメイドに限られている。
恋人でもない男性など以ての外だ。
「こう毎日毎日では、お仕事に差し支えありませんの? 」
羞恥のせいで手元が震え、なかなか布地が上がらない。悪戦苦闘を誤魔化すように、マーレイは早口で話を振った。
「あ、ああ。ワインズマンへの脅しがきいたのか、このところの顧客はやけに行儀が良いからな。この屋敷での書類作成で事足りる」
女性の胸をまともに見てしまった経験値ゼロの男は、ゴホンゴホンとやけに咳払いを繰り返しながら、慌てて答えた。
「そ、そうですの」
マーレイはそう返すのがやっとだった。
マーレイの気持ちは固まった。
サーフェスの視線はあくまでジゼルにしか向いていない。
幾らマーレイとのキスを繰り返そうとも、それはあくまで練習としかみなしていない。
それなら……。
マーレイはドレスの肩を抜いた。
今朝、ケアランが選んだのは、お決まりの首の詰まったものではない。襟ぐりの大きく開いた、胸の谷間を強調するようなドレスだ。
いつもクローゼットの奥に潜ませていたそれは、バルモアとの婚約が決まった際にデザイナーのバリー夫人が「婚約者がお悦びになりますよ」などと余計な気遣いでデザインしてくれたのだ。
二度と袖を通す機会はなかったはずなのに。
サーフェスを誘惑するため、ケアランが引っ張り出してきた。
「な、何をする! 」
サーフェスは目を見開き、声をひっくり返す。
マーレイはドレスの前をコルセットごと思い切り下げて、胸を露わにさせたからだ。
白くややふっくらした乳房がぽろんと揺れた。
誰にも触れさせたことのない乳首は、薄いピンク色だ。
そのピンクを前に、サーフェスがごくりと生唾を飲んだ気がした。
「朝っぱらからレディの取る行いではないぞ! 早く襟ぐりを直せ! 」
どうやらマーレイの勘違いだったらしい。
サーフェスは不機嫌に鼻から息を吐き出すと、早口で命令した。
マーレイは深呼吸すると、おもむろに体を反転させ、背筋を正した。
「背中のボタンをお外しになって」
「は、話を聞いているのか! 」
「背中に手が届かないのです。お願いしますわ、公爵」
「マーレイ! いい加減にしたまえ! 」
「公爵。お願いしますわ」
だんだん声を荒げるサーフェスに対し、マーレイは至って落ち着き払っている。
「ジゼル様のために、私を練習台にお使いくださいな」
途端にサーフェスの顔がこの上なく苦悶に歪んだ。
「こ、これ以上は駄目だ。マーレイ。私は君を貶めるつもりはない」
「私は社交界でも評判の悪女なのでしょう? 」
「わ、私を他の低俗な男共と同じにするな! 」
「つまらない言い訳はおやめになって」
「よさないか、マーレイ」
唐突にサーフェスから肩を掴まれたと思えば、彼が真正面にくるよう、またしても体の向きを変えられていた。
琥珀の眼差しとぶつかる。
マーレイの喉が小さく鳴った。
「きゃっ」
視界がぼやけたかと思えば、鼻先に硬い感触。
あっと気づいたときには、当たったのは彼の鍛え抜かれた胸板であることがわかった。
サーフェスにきつく抱きしめられていた。
やけに速い鼓動が伝染する。
マーレイの拍動がどんどん数値を上げていく。
「自分を安売りするのはよせ」
低い響きが鼓膜を揺する。
「所詮、私は淫乱女ですもの」
拗ねた物言いになってしまったのは、突発的な状況に、脳が上手く働かないから。
背中に回っていた手が皮膚に食い込む。
抱き潰されてしまうのではないかと思うくらい、強い力だ。
苦しくて身じろぎしても、力は緩まない。
「すまない。言い過ぎた。許せ」
マーレイの首筋に顔を埋めたサーフェスの声がくぐもる。
「公爵? 」
何故、いきなり抱きしめられているのか。突然の状況に思考が追いつかない。彼の背に手を回して良いものかどうかさえ、わからない。行き場のないまま、両手が宙ぶらりんだ。
「名前で構わない」
「え? 」
「サーフェスと呼べ」
何故かいきなり、ファーストネーム呼びを強いる。
爵位のある男性を馴れ馴れしくファーストネームで呼ぶのは、普通、家族以外にはあり得ない。
余程の親しい友人同士を除いては、敬称が一般的だ。
たかだか伯爵令嬢が許されるわけがない。
「で、ですが」
「君とは友人以上の関係ではないか」
「恋人未満ではありますが」
「それでもだ。今更、よそよそしい呼び方はしなくて良い」
彼とはキスや、それ以上の物凄いことをする仲ではあるが。
「で、でしたら。サーフェス様……とお呼びしてよろしいの? 」
「勿論だ」
サーフェスは白い歯を覗かせ、抱きしめていたマーレイを引き剥がした。
マーレイから敬称で呼ばせないことに、満足したようだ。すっかり機嫌を取り戻している。
めまぐるしい状況についていけず、取り残されたマーレイの両手は、未だ不自然に宙に浮いたまま。
「今日の指南は取り敢えず、これで仕舞いにしよう」
「次は? 」
「明日だ」
断言される。
明日も彼とキスするのか。ほんのり、マーレイの頬が色づく。
「そ、それより。早くドレスの襟ぐりを直したまえ」
サーフェスはぶっきらぼうに言うなり目を逸らした。
「きゃっ! 」
すっかり乳房を露わにしたままであったことに気づき、たちまちマーレイの顔に火がつく。
彼に背を向け、急いでずれ落ちた布地を引っ張り上げる。
乳房など父を筆頭に男性に見られたことなどない。マーレイの素肌を見るのは、レディーズメイドのケアランと、湯浴みのメイドに限られている。
恋人でもない男性など以ての外だ。
「こう毎日毎日では、お仕事に差し支えありませんの? 」
羞恥のせいで手元が震え、なかなか布地が上がらない。悪戦苦闘を誤魔化すように、マーレイは早口で話を振った。
「あ、ああ。ワインズマンへの脅しがきいたのか、このところの顧客はやけに行儀が良いからな。この屋敷での書類作成で事足りる」
女性の胸をまともに見てしまった経験値ゼロの男は、ゴホンゴホンとやけに咳払いを繰り返しながら、慌てて答えた。
「そ、そうですの」
マーレイはそう返すのがやっとだった。
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