【完結】婚約破棄された悪役令嬢は童貞公爵様の恋愛指南役となる

氷 豹人

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ケアランの気掛かり

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「お嬢様。随分とドレスの襟ぐりを伸ばしましたね」
 早速と呆れたようなケアランからの呟きを頂戴したマーレイは、鏡台の前でムスッと仏頂面になった。
「一体、何がありましたのかしら」
 朝の九時を回ってすぐに公爵邸へと向かったマーレイが、ほどなくして戻って来たのは、まだ昼にもならない時間帯。
 何事もなかったかのように平然としているが、ケアランはギラリと目を光らせた。
「な、何もないわ! 」
 などと答えつつ、声は上擦り、目元が赤い。
「そうでしょうか? ドレスがいつになく皺だらけになっておりますよ。所作の丁寧なお嬢様らしくありませんよ」
 ケアランは口にこそ出さなかったものの、マーレイからはどことなく情事の後の雄臭い匂いがほんのり漂っている。フローラルな香水で隠そうとしてはいるが、ケアランの嗅覚は敏感だ。
「ケアランは何でもお見通しね」
 ケアランの瞳の中には、不安げな色が見え隠れしている。今すぐにでも疑惑を払拭してほしそうに。
 マーレイは仕方なしに彼女に答えることにした。
「私の提案を実行なさったのですか? 」
 恐る恐る、ケアランが尋ねる。
 よもや、発情した公爵に襲いかかられたのではあるまいか。
 マーレイの話から、サーフェスが恋愛に関してかなり臆病であると推測したので、身は保証されていると踏んでいたようだが。
 よく考えれば、サーフェスもいっぱしの男。まだまだ若い。
 ケアランの気掛かりに、マーレイは困ったように眉を下げると、そっと耳元に唇を寄せた。
「それなんだけど」
 マーレイは声を低めた。


「まあ! お嬢様! 」
 ケアランは金切り声を上げ、真後ろに仰け反る。弾みで、手にしていたブラシを床に落とした。
「年頃のレディにあるまじき振る舞いを! 」
 てっきり股間を膝頭で押さえて、公爵を手洗いへと走らせていることとばかり。
 だが、この未熟な令嬢は、ケアランの想像を遥かに凌ぎ、とんでもないことを仕掛けていたのだ。無知な輩が生半可な知識をつけるのは、恐ろしい。
 信じられないと首を振るケアランに、マーレイはムキになり、前のめりになる。
「だ、だって。『或る愛の軌跡』のリシュエルがそうしていたから」
「あくまで、あれは小説です! 」
「だ、だけど」
「言い訳は無用でございます! 」
 ピシャリ、とケアランはマーレイの愚図愚図した言い訳を封じた。
「お嬢様はれっきとしたヴィンセント伯爵家のご令嬢です。そのように体を安売りなさるなんて」
「サーフェス様と同じことを言うのね」
「まあ! 公爵がそのようなことを! 」
 やはり高貴な身分だけあり、弁えてはいる。
 ケアランは、この危なっかしいレディの身持ちが守られている事実に、ほうっと胸を撫で下ろした。
 と、すぐさまカッと円らな目をかっ開く。
「このケアラン、聞き逃してはおりませんよ。今、敬称ではなくお名前で公爵をお呼びなさいましたね」
「ケアランの耳は物凄く発達しているのね」
「ええ。お嬢様の言動は一言一句、聞き漏らしませんよ」
 あくまで嫌味だったが、ケアランは当然のように頷く。
「そうですか。公爵をお名前でお呼びになる仲ですか」
 伯爵令嬢ゆえにお堅く振る舞うマーレイと、女性に接することに不慣れな、いざとなれば意気地のない男。
 互いにこれ以上の発展は見込めそうにないと踏んでいたが。
 どうやら、そうではないらしい。
 などと、ケアランはこっそりニヤけた。


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