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心の底
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「マーレイは? 」
聞いてはいけない。
きっと後悔するから。
脳が警告音を発していたが、それでもマーレイは聞かずにはいられない。
「マーレイのことは? 」
マーレイの問いかけに、サーフェスは緩く笑った。
「大切だよ。壊したくないと思う」
それは彼なりの優しさだ。
とても残酷な。
彼はマーレイを愛しているとも愛していないとも言わない。
「マーレイを愛する可能性はないのですか? 」
聞いてはいけないと、頭がわんわんと騒ぎ立てる。だが、マーレイはさらに詰め寄った。
「そうしたら、あの女と同じになってしまう」
サーフェスは瞼を閉じたままで、唇だけ吊り上げた。
「あの女? 」
「私を産んだ母だ」
マーレイの頭に、あの強烈な母親が過る。
「母は恋にのめり込む性質でね。王女でありながら、騎士や商人、宰相、関わる男らと常に浮き名を流していた」
派手な身なりや振る舞いは、だいぶと年季が入っている。おそらく、若い頃からあの調子なのだろうとは容易に想像出来た。
「第五王女という、後継から遠い存在だったからこそ、奔放に振る舞えたのだろうな」
サーフェスは丸切り他人事のように、実母を評する。
「ある夏の日、彼女は一年ばかり田舎で療養することとなった。療養とは表向きで、母の振る舞いによって、女王陛下の婚姻話に水を差すことのないようにと、城から追い出されたんだ」
急に語り始めたサーフェスに、マーレイは居住いを正した。
「その田舎で出会ったのが、高利貸しをしていた私の父だ」
いつものサーフェスなら絶対に語ろうとしない内容。熱で朦朧としている今は、一度口を開けば自制がきかないらしい。
「私が言うのも何だが、父は王都の舞台俳優にも負けないハンサムでな。商人にしておくには勿体無いくらいの」
マーレイは新しいタオルを絞ると、彼の額に乗っているものと取り替える。サーフェスを冷やしていたタオルは随分と温くなってしまっていた。
「浮ついた母が夢中にならないわけがない」
軽蔑そのものといったように、声が沈む。
「父も王族らしくない、自由奔放な母にどんどん惹かれて」
彼の言葉通り、淑女の嗜みなどおおよそ持ち合わせていなさそうなマルガリータは、見方を変えれば自由で生き生きと人の目には映るだろう。その都会的な快活さは、きっとどんな男も魅了されたはず。
「すぐに母の腹に私が宿った」
サーフェスの顎が震える。
「許されるわけがない。だが、恋に溺れている母は産むといって聞かない。そうして私は闇に葬られず、この世に生み落とされてしまった」
サーフェスは辛そうに奥歯を噛んだ。
マーレイは思わず彼の右手を握りしめてしまった。
熱を帯びた彼の手は、燃えるようだ。
「やがて母は王宮に戻り、私は母のいない子供として、父に育てられた」
氷水に浸されたマーレイの手に心地良さを感じたのか。幾分、サーフェスの顔が和らぐ。
「お、お母様はその後は? 」
「すっかり熱が冷めて、私達のことは忘れていたよ。あの女は何事もなかったように、公爵家に嫁いだ」
サーフェスは母に捨てられたようなものだ。
そして彼はその事実を諦めを持って受け入れている。
同じように母のいない子供としても、マーレイとサーフェスは随分と違う。
マーレイの胸がぎゅう、と絞られた。
「女性に失望したから、今まで誰とも付き合わなかったのですね? 」
「そうだ」
彼は断言する。
「付き合っても、すぐに心変わりするからな。女というやつは」
「全ての女性がそうであるとは限りませんわ」
「少なくとも、私の周りにいる女はそうだ」
彼は女性に失望していた。
だからこそ、ジゼルという幻影を愛した。幻影は彼を裏切ったりしない。君を利用した、と彼はジゼルに謝罪した意味がわかった気がする。
「マーレイは違います」
握りしめた彼の手に力を込める。
マーレイは彼の唇すれすれになるくらいに身を乗り出した。
「マーレイは、ずっとあなたを愛しますわ」
それは一時の感情ではない。
彼の過去を知り、ますます愛が強まったことを自覚する。
少女のような淡い恋から、慈しみのあるより深いものへと。
「彼女の口からそれが聞けたならな」
サーフェスは、あくまで彼女をジゼルと捉えている。
「だが、私は彼女には応えられない」
今にも口付けしそうな距離を彼は拒み、顔を背けた。
「ジゼル、君を愛すると口にした以上、心変わりは許されない。そうなれば、私もあの女と同類になってしまう」
サーフェスは、何が何でもジゼルへの気持ちを貫き通すつもりだ。
それは愛ではない。
最早、意地だ。
「愚かだわ。つまらない枷を自分で嵌めて」
彼は母と同じように、ふらふらとあちこち気持ちを傾けるようにはならないと、頑なだった。
「ああ。私が一番良くわかっている」
まるで全てを放り出したように、ヤケクソ気味でサーフェスは頷く。
「もしジゼルが、あなたと付き合えないと言えば」
「私は独身を貫くよ」
彼を覆う殻は硬い。
そこにヒビを入れることすら出来ない。
それほど彼の心の底は深く抉られていた。
聞いてはいけない。
きっと後悔するから。
脳が警告音を発していたが、それでもマーレイは聞かずにはいられない。
「マーレイのことは? 」
マーレイの問いかけに、サーフェスは緩く笑った。
「大切だよ。壊したくないと思う」
それは彼なりの優しさだ。
とても残酷な。
彼はマーレイを愛しているとも愛していないとも言わない。
「マーレイを愛する可能性はないのですか? 」
聞いてはいけないと、頭がわんわんと騒ぎ立てる。だが、マーレイはさらに詰め寄った。
「そうしたら、あの女と同じになってしまう」
サーフェスは瞼を閉じたままで、唇だけ吊り上げた。
「あの女? 」
「私を産んだ母だ」
マーレイの頭に、あの強烈な母親が過る。
「母は恋にのめり込む性質でね。王女でありながら、騎士や商人、宰相、関わる男らと常に浮き名を流していた」
派手な身なりや振る舞いは、だいぶと年季が入っている。おそらく、若い頃からあの調子なのだろうとは容易に想像出来た。
「第五王女という、後継から遠い存在だったからこそ、奔放に振る舞えたのだろうな」
サーフェスは丸切り他人事のように、実母を評する。
「ある夏の日、彼女は一年ばかり田舎で療養することとなった。療養とは表向きで、母の振る舞いによって、女王陛下の婚姻話に水を差すことのないようにと、城から追い出されたんだ」
急に語り始めたサーフェスに、マーレイは居住いを正した。
「その田舎で出会ったのが、高利貸しをしていた私の父だ」
いつものサーフェスなら絶対に語ろうとしない内容。熱で朦朧としている今は、一度口を開けば自制がきかないらしい。
「私が言うのも何だが、父は王都の舞台俳優にも負けないハンサムでな。商人にしておくには勿体無いくらいの」
マーレイは新しいタオルを絞ると、彼の額に乗っているものと取り替える。サーフェスを冷やしていたタオルは随分と温くなってしまっていた。
「浮ついた母が夢中にならないわけがない」
軽蔑そのものといったように、声が沈む。
「父も王族らしくない、自由奔放な母にどんどん惹かれて」
彼の言葉通り、淑女の嗜みなどおおよそ持ち合わせていなさそうなマルガリータは、見方を変えれば自由で生き生きと人の目には映るだろう。その都会的な快活さは、きっとどんな男も魅了されたはず。
「すぐに母の腹に私が宿った」
サーフェスの顎が震える。
「許されるわけがない。だが、恋に溺れている母は産むといって聞かない。そうして私は闇に葬られず、この世に生み落とされてしまった」
サーフェスは辛そうに奥歯を噛んだ。
マーレイは思わず彼の右手を握りしめてしまった。
熱を帯びた彼の手は、燃えるようだ。
「やがて母は王宮に戻り、私は母のいない子供として、父に育てられた」
氷水に浸されたマーレイの手に心地良さを感じたのか。幾分、サーフェスの顔が和らぐ。
「お、お母様はその後は? 」
「すっかり熱が冷めて、私達のことは忘れていたよ。あの女は何事もなかったように、公爵家に嫁いだ」
サーフェスは母に捨てられたようなものだ。
そして彼はその事実を諦めを持って受け入れている。
同じように母のいない子供としても、マーレイとサーフェスは随分と違う。
マーレイの胸がぎゅう、と絞られた。
「女性に失望したから、今まで誰とも付き合わなかったのですね? 」
「そうだ」
彼は断言する。
「付き合っても、すぐに心変わりするからな。女というやつは」
「全ての女性がそうであるとは限りませんわ」
「少なくとも、私の周りにいる女はそうだ」
彼は女性に失望していた。
だからこそ、ジゼルという幻影を愛した。幻影は彼を裏切ったりしない。君を利用した、と彼はジゼルに謝罪した意味がわかった気がする。
「マーレイは違います」
握りしめた彼の手に力を込める。
マーレイは彼の唇すれすれになるくらいに身を乗り出した。
「マーレイは、ずっとあなたを愛しますわ」
それは一時の感情ではない。
彼の過去を知り、ますます愛が強まったことを自覚する。
少女のような淡い恋から、慈しみのあるより深いものへと。
「彼女の口からそれが聞けたならな」
サーフェスは、あくまで彼女をジゼルと捉えている。
「だが、私は彼女には応えられない」
今にも口付けしそうな距離を彼は拒み、顔を背けた。
「ジゼル、君を愛すると口にした以上、心変わりは許されない。そうなれば、私もあの女と同類になってしまう」
サーフェスは、何が何でもジゼルへの気持ちを貫き通すつもりだ。
それは愛ではない。
最早、意地だ。
「愚かだわ。つまらない枷を自分で嵌めて」
彼は母と同じように、ふらふらとあちこち気持ちを傾けるようにはならないと、頑なだった。
「ああ。私が一番良くわかっている」
まるで全てを放り出したように、ヤケクソ気味でサーフェスは頷く。
「もしジゼルが、あなたと付き合えないと言えば」
「私は独身を貫くよ」
彼を覆う殻は硬い。
そこにヒビを入れることすら出来ない。
それほど彼の心の底は深く抉られていた。
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