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続編 愛くらい語らせろ
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「この男に近づいたのは、何が目的ですか?」
日浦は沸々とした俺の疑問を澱みなく口にした。
「……意味がわかりませんが?」
四ノ宮さんは、可愛らしく小首を傾げる。わざとらしい。幾ら繕おうったって、目が笑ってないぞ。
「そのままの意味ですよ」
日浦の目が据わる。
「あなたほどの美人が、堂島と見合いしたがるとは。何かあると思って当然でしょう?」
おい、コラ。言い方くらい考えろよ。つい握り込んだ拳に青筋が立つ。四ノ宮さんも図星を突かれたと言わんばかりに、一歩後退りするな。確かに俺みたいな鉄仮面のどこを気に入って見合いなんかしたいんだか、疑問だけどよ。
「私は純粋に堂島さんに惹かれて」
「本当に?」
やかましいわ、日浦。
四ノ宮さんも奥歯を噛んで黙るな。
彼女は鼻に皺を寄せ、前髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。それから、肩を大きく上下させ、微かにチッと舌打ちする。
ん?舌打ち?
まさか。
「騙されないやつもいるのね」
不意に四ノ宮さんの声色が変わる。トーンが落ちた。
ギロリと睨みつけてくる双眸は、すでに聖女のそれではない。聖女どころか悪女。艶めかしく舌を覗かせ、唇を舐める。そんな仕草だけで、雰囲気は妖艶なものに一変する。おいおい、本当に同一人物か。
「これでも女を見る目はあるからな」
動揺一つ見せず、日浦は鼻を鳴らした。
「な、あっちゃん」
馴れ馴れしく肩に手を回して顔を覗き込んできた日浦は、軽くウィンクすると、フフンと口端を吊った。
「篤司も篤司よ」
四ノ宮さんは俺へと流し目を呉れると、唇を尖らせる。
いきなり呼び捨てかよ。
百八十度の豹変に、さすがの俺も黙っちゃいられない。
「あんたに呼び捨てされる謂れはねえよ」
自分でも驚くくらい喉奥からの低い声は、まるで唸っているみたいだ。笠置あたりなら、膝をがくがく震わせて顔面蒼白だろうな。
この女は余程、肝が据わっている。
ピクリとも反応せず、表情一つ変わらない。
「最っ悪」
独特の言い回し。聞き覚えがある。
いらいらしたときの、前髪を掻き乱して、鼻に皺を寄せる癖も。
覚えてるぞ。
会ったことがある。
知っている。
で、誰だっけ。
随分、前だ。まだ消防士になる前の……。
今や霞となった彼方の記憶を掻き分け、掻き分け、その断片を引っ張り出した。
「篤司」
赤茶色の巻き髪を肩下で揺らしながら、盛った睫毛が瞼で重々しく瞬く。濃いファンデーションのせいで病的にさえ見える白い肌からは、吐き気がするくらいのブランドモノの甘ったるい香水の匂いがぷんぷんする。
「今日はどのラブホにする?」
情緒もへったくれもない女は、俺の腕に自分の腕を絡めると、しなだれかかって媚びを売ってきた。
「んなもん、どこだっていいだろ」
「よくない。新しいとこ開拓したいじゃん」
「めんどくせーな」
高校二年の三ヶ月だけ付き合っていた、『ミイちゃん』としか知らない名前の女。
たぶん同い年。紫の制服のリボンから、二駅先の布袋山女子校在学と推測。週二回、カラオケでバイトしている。そのバイトで女の方からナンパしてきて、軽いノリで付き合いが始まった。
それしか情報のない女。
気ぃ強くて、機嫌が悪くなるとすぐ前髪をぐしゃぐしゃにして鼻に皺を寄せて、この台詞。
「最っ悪」
頭に雷が落ちた。
脳内が真っ白になり、火花が散った。
「ミ、ミイちゃん?」
まさか、まさか。まさか、だぞ。
あの頃のエロくて生意気な彼女と、目の前の聖女もどきが、同じ人物だと?
いや、まさか。なんて否定しようにも、些細な仕草や声、丸っこい鼻の形はまさしく『ミイちゃん』だ。幾ら細い目を化粧で大振りに誤魔化そうとも。俺の目は騙せない。いや、騙されたけど。
「やーっと思い出した?バカ篤司」
語尾にむかつく名称をつけ、ミイは腰に手を当てて胸を反らすと、いらいらと足を踏み鳴らした。
日浦は沸々とした俺の疑問を澱みなく口にした。
「……意味がわかりませんが?」
四ノ宮さんは、可愛らしく小首を傾げる。わざとらしい。幾ら繕おうったって、目が笑ってないぞ。
「そのままの意味ですよ」
日浦の目が据わる。
「あなたほどの美人が、堂島と見合いしたがるとは。何かあると思って当然でしょう?」
おい、コラ。言い方くらい考えろよ。つい握り込んだ拳に青筋が立つ。四ノ宮さんも図星を突かれたと言わんばかりに、一歩後退りするな。確かに俺みたいな鉄仮面のどこを気に入って見合いなんかしたいんだか、疑問だけどよ。
「私は純粋に堂島さんに惹かれて」
「本当に?」
やかましいわ、日浦。
四ノ宮さんも奥歯を噛んで黙るな。
彼女は鼻に皺を寄せ、前髪をぐしゃぐしゃと掻き乱した。それから、肩を大きく上下させ、微かにチッと舌打ちする。
ん?舌打ち?
まさか。
「騙されないやつもいるのね」
不意に四ノ宮さんの声色が変わる。トーンが落ちた。
ギロリと睨みつけてくる双眸は、すでに聖女のそれではない。聖女どころか悪女。艶めかしく舌を覗かせ、唇を舐める。そんな仕草だけで、雰囲気は妖艶なものに一変する。おいおい、本当に同一人物か。
「これでも女を見る目はあるからな」
動揺一つ見せず、日浦は鼻を鳴らした。
「な、あっちゃん」
馴れ馴れしく肩に手を回して顔を覗き込んできた日浦は、軽くウィンクすると、フフンと口端を吊った。
「篤司も篤司よ」
四ノ宮さんは俺へと流し目を呉れると、唇を尖らせる。
いきなり呼び捨てかよ。
百八十度の豹変に、さすがの俺も黙っちゃいられない。
「あんたに呼び捨てされる謂れはねえよ」
自分でも驚くくらい喉奥からの低い声は、まるで唸っているみたいだ。笠置あたりなら、膝をがくがく震わせて顔面蒼白だろうな。
この女は余程、肝が据わっている。
ピクリとも反応せず、表情一つ変わらない。
「最っ悪」
独特の言い回し。聞き覚えがある。
いらいらしたときの、前髪を掻き乱して、鼻に皺を寄せる癖も。
覚えてるぞ。
会ったことがある。
知っている。
で、誰だっけ。
随分、前だ。まだ消防士になる前の……。
今や霞となった彼方の記憶を掻き分け、掻き分け、その断片を引っ張り出した。
「篤司」
赤茶色の巻き髪を肩下で揺らしながら、盛った睫毛が瞼で重々しく瞬く。濃いファンデーションのせいで病的にさえ見える白い肌からは、吐き気がするくらいのブランドモノの甘ったるい香水の匂いがぷんぷんする。
「今日はどのラブホにする?」
情緒もへったくれもない女は、俺の腕に自分の腕を絡めると、しなだれかかって媚びを売ってきた。
「んなもん、どこだっていいだろ」
「よくない。新しいとこ開拓したいじゃん」
「めんどくせーな」
高校二年の三ヶ月だけ付き合っていた、『ミイちゃん』としか知らない名前の女。
たぶん同い年。紫の制服のリボンから、二駅先の布袋山女子校在学と推測。週二回、カラオケでバイトしている。そのバイトで女の方からナンパしてきて、軽いノリで付き合いが始まった。
それしか情報のない女。
気ぃ強くて、機嫌が悪くなるとすぐ前髪をぐしゃぐしゃにして鼻に皺を寄せて、この台詞。
「最っ悪」
頭に雷が落ちた。
脳内が真っ白になり、火花が散った。
「ミ、ミイちゃん?」
まさか、まさか。まさか、だぞ。
あの頃のエロくて生意気な彼女と、目の前の聖女もどきが、同じ人物だと?
いや、まさか。なんて否定しようにも、些細な仕草や声、丸っこい鼻の形はまさしく『ミイちゃん』だ。幾ら細い目を化粧で大振りに誤魔化そうとも。俺の目は騙せない。いや、騙されたけど。
「やーっと思い出した?バカ篤司」
語尾にむかつく名称をつけ、ミイは腰に手を当てて胸を反らすと、いらいらと足を踏み鳴らした。
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